上 下
8 / 19

歳の差なんて関係ないって言われても(シックスティイヤーズオールド) ⑧

しおりを挟む

       八

「ごめん、変なことをするつもりはないんだよ。苦しいだろうと思ってね」

「分かってます、すみません」

 私は不思議にタマコに対して「女」を感じておらず、キャミソールと布の切れ端のような白のショーツを目の前にしてもドキドキさえしなかった。

 おそらく年齢が親子以上も離れていることや、今夜の予期しなかった顛末に、そういった男の感情が出る余裕もないのだろうと思った。

「じゃあ俺はシャワーを浴びてくるから、タマコはどうする、俺のあとに入るか?」

「もうこのままでいいです。ごめんなさい」

 簡単にシャワーを浴び、出てからもタマコの上着についた嘔吐物の染みをウエットティッシュで拭いてやったが、なかなか綺麗には落ちなかった。

 部屋は軽く暖房が効いていて暖かく、上半身だけ裸になってベッドに身体を滑らせた。

 タマコは身体を仰向けにして口を半開きにしたまま眠っているようだった。

 ベッドの頭にある部屋のコントロールパネルで目覚まし時計を七時にセットし、照明を少し薄暗く落とした。

 ダブルベッドにタマコとふたりでいるというのに性欲というものが湧き出て来なかった。

 ただ、嘔吐を繰り返した苦しみから解放された彼女の疲れ切った寝顔を見ていると、次第に愛しさがこみ上げてきて、自然と手が彼女の頭や頬を撫ぜるのであった。

 そのときタマコのバッグの中のスマホのが鳴った。

 ゆっくり身体を起こしてバッグから携帯を取り出して電話に出るタマコ。
 さっきまで眠っていたわけではなかったようだ。

「はい、ごめんなさい。ちょっと飲みすぎてしまったの。はい、分かってる」

 おそらく家族からのものだろうと思ったが、途中から会話の内容がどうもおかしいのだ。

「大丈夫よ、会社の紳士的な上司なんだから。私が悪かったんだから、そんな言い方しないで。無理やりじゃないし、そんなに疑うんだったらもうあなたとは終わりにしてもいいよ」

 タマコはさっきまでのダラダラした口調ではなく、ハッキリとした物の言い方で「終わりにしてもいい」などと相手に厳しく言っていた。
 家族ではなく彼氏との会話のようだった。

「すみません、電話に出てもらえませんか」

「えっ、どうしたの?」

「彼氏が疑うんです。替わって欲しいって言って聞かないんです」

 やれやれ、どういう展開になるんだろうかとうんざりしながらも、タマコが差し出したスマホを受け取った。

 電話は無料アプリの電話からかかってきたものだった。

「はい、田中ですが」

「すみません、迷惑をおかけしているようで。サカイといいます」

 意外にも丁寧な応対であった。

「北村さんが酔いつぶれちゃったんでしょうか?」

「帰りに少しだけ立ち寄るつもりが、こんなことになってしまって・・・私がもっと気遣いをして早めに帰らせればよかったのですが、申し訳ありません。サカイさんはタマコ、いや北村さんの彼氏さんですか?」

「はい、まあそんな立場にあります。ともかくご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。すみません、もう一度北村さんと替わっていただけませんでしょうか?」

 タマコにスマホを戻した。

 受け取るとタマコは私に背を向け、「だから大丈夫だって。お父さんより年上の人だよ」などと苛立ちながら話をしているのが聞こえた。

 お父さんより年上だからと言っても私はまだまだ元気だし、酔いが少しずつ醒めるにしたがって、ほぼ半裸で横たわっているタマコに男としての感情がムックリと湧き出てくるのが分かった。

「じゃあね、おやすみ」

 電話を切ってスマホをバッグに仕舞い、それからタマコはこちらを向きなおして「ごめんなさい、ヤキモチ焼きなの」と言った。

「そりゃあ、どんな事情があるにしても、恋人がほかの男とホテルなんかにいたら誰だって心配するだろうよ。俺ならそのホテルに駆けつけて、相手の男をボコボコにしてやるかもな」

 タマコは「フフフッ」と笑い、「SVってそんなに情熱的なんですか~?」と笑った。

 ようやく酔いが覚めて来たようで、今度は横目で私を見る目が歳の割には艶っぽく、その視線とキャミソール姿のタマコをあらためて見ると、年甲斐もなく心臓が急にバクバク踊りだした。

「だからな、タマコ、SVなんて言うなって」

「はーい、田中さん」

 そう言ってタマコは再び背中を向けた。

 私はベッドの頭にあるややこしいコントロールパネルを操作して、流れていたBGMを消し部屋の照明をさらに暗く落とした。

 それからムックリと起き上がったタマコへの性の欲望をも抑えてから、「じゃ、寝ようか」と言った。

しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

調査報告“謎の4円”

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

寒稽古

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

カラフルマジック ~恋の呪文は永遠に~

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

永遠の片思い

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

ご要望の鍵はお決まりですか?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

処理中です...