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サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽 ㊳
しおりを挟む第一章 2001年 春
三十八
「ナジム」は、ビエンチャンにも店があり、ガイドブックにも紹介されている本格的なインド料理の店で、なかなかの評判らしい。
野外テーブルを囲んで、僕達三人とI氏とO村君の五人は、やはりカレーとナン、それとタンドリーチキンにインド風フライドライスなどを個々に注文し、ビアラオを飲みながら晩餐を始めた。
それぞれ初対面同士は自己紹介を行い、日本での個々のプライベートな事柄などを折りいれながら、とても楽しい会話が続いた。
N君は三十代前半、Hさんは二十代後半O村君はちょうど三十才と皆まだまだ若く、ちょっと年令の離れた感じのするI氏さえも三十六才とのことで、最年長の僕とは世代が異なるという表現が妥当である。
でも僕は年齢差を全く感じずに違和感なく会話に加わった。(この時の僕は四十七歳でした)
O村君以外はサラリーマンなので、年に二、三回の短期旅行を楽しみに仕事に励んでいるが、なかなか仕事との折り合いが難しく、いつまでこのような旅を続けられるか先行き分からないと言っていた。
「藤井さんのような年令でこのような旅をされるのは珍しいですね」
I氏は言う。
彼は身体全体から品の良さが感じられ、話し方も穏やかで丁寧であった。
僕は彼の言葉の意味が分からなくて、「えっ?」と絶句したあと言葉を探した。
「藤井さん位の年なら企業では中堅管理職で、ゴールデンウイークといってもなかなか休めないのじゃありませんか?それにご家族のこともあるでしょうし・・・」と彼は少し微笑みながら遠慮がちに言った。
「いや、訳あって今は独身なんですよ。それ程立派な会社に勤めているわけでもないし、責任ある立場の仕事もしていないんです」
僕はこの先またまた嫌な話の展開になることを心配した。
旅先で職業を訊かれて、探偵ですと正直に答えると、そこから先は相手が黙り込むか、逆に興味深くてあれこれ訊いてくるかのどちらかなのだ。
それなら正直に職業を言わなければいいのだが、僕は真面目と正直を絵に描いて額に入れて壁に掲げたような男で、カラオケでも必ずビリージョエルのオネスティを歌うくらいなので、ついつい本当のことを話してしまうのである。
しかしちょうどその時に、「こんばんは、少し遅くなりました」と明らかに日本語で、少しトーンの高い女性の声が聞こえた。
ふとその声の方向に顔を向けると、何と先ほどネットカフェで知り合って少し話をした小出さんが立っていた。
僕は嬉しさのあまり立ち上がり、隣のテーブルから椅子をひとつ移動させて、「よくきてくれました。さあどうぞ」と彼女を導いたのだった。
勿論、僕の隣の席に椅子を持って行ったのは言うまでもない。
ちょっとセクシーな美女の登場に、他の四人はポカンと口をあけて成り行きを黙って見ていた。
「紹介しますね。さっきそこのネットカフェで知り合った小出さんです。フェイサーイからボートで下ってきたらしいです」
そう僕が言うと、「こんばんは~よろしく」と皆が順番に簡単な自己紹介をはじめた。
N君が、「藤井さんはどこに行っても抜け目がないですねぇ」などと、若干呆れたという感じでニコニコしながら言った。
「いや彼女は男友達とご一緒なんだけど、彼が宿で高熱を出して寝込んでいるらしいんだよ。もし彼の具合も少し良くなっていれば、是非ご一緒にどうぞと言ってたんだけどね」
僕は女性とみれば辺り構わず見境がないと思われたくないから、くどくどと弁解するように言った。
でも旅先で日本人女性がひとりでいたら、むしろ声をかけるのが礼儀じゃないのかと思うのだ。
「薬を飲んで熱は大分下がったので、一応声をかけたのですが遠慮させていただくとのことなんです」
小出さんはグラスに注がれたビールを一気に飲みながら言った。
僕達は世界遺産の町・ルアンパバーンで、ビエンチャンのように十一人とまではいかなかったが、今日知り合った三人とも異国での同郷意識に似たような感覚ですぐに打ち解けてしまい、ビアラオのグラスを重ねた。
ところで「ナジム」の料理であるが、カレーはバターがたっぷり入っていてかなり脂っこいが、味はすこぶる美味しくて、体調が良ければ一気に食べてしまうだろうと思われた。
途中蛍光灯の周りに大きな蛾のようなものが集まってきて、客も店の人達も驚いて、ちょっとひと騒動あったが、利害関係のない共通の趣味を持つ人たちが集まると、楽しい会話になるのは当たり前で、晩餐は午後九時過ぎまで続いた。
さてオヒラキになり、Iさんと小出さんには「じゃあこれからも良い旅を」と言って別れ、明日午前便でヴィエンチャン経由でバンコクに向かうN君ともここでお別れだ。
このように古くは松尾芭蕉が、「人生は旅なり」と言っているように、「人生は出会いと別れ」であるから、旅も出会いと別れだなと思いながら宿に帰ってすぐに寝た。
だが、体調はますます悪くなってきた。
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