サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽

Pero

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サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽 ㊴

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     第一章 2001年 春

        三十九
 
 旅は出会いと別れだなぁと思いながら、いよいよ体調は最悪となり、昨夜は午後十時頃にはぐったりとして寝てしまった。

 夜中三時ごろと明け方に目が覚め、その度に汗でビショビショになったシャツを着替えて再び寝るということを繰り返し、結局、翌五月四日は昼ごろまで約十四時間も寝続けてしまった。

 ベッドに腰をかけて、自分が今どこで何をしているかを認識するまで数十秒を要した。

 そうだ今日N君は午前便でビエンチャン経由でバンコクに向かって発っている筈だし、Hさんは今ごろゲストハウスのニコン青年のバイクで滝ツアーに行っている筈だと思い出した。

 夕方四時にはHさんと一応スカンジナビア・ベーカリーで待ち合わせをしているが、それまで今日の予定は何もない。

 ひどい下痢は相変わらずだが熱は下がったようなので、宿でじっとしていても面白くないから、ともかく出かけることにした。

 実は、昨日の旅日記を書いておこうと思ってメモ帳を探したのだが、どこにも見当たらなかったのだ。

 これまでの旅の経過を詳細に書き留めていただけに、失くしたショックは大きく、しばらく茫然自失していたのだが、思い起こしてみるとインターネットカフェに置き忘れた可能性が高い。

 汗で汚れたTシャツなどを、水シャワーを浴びながら洗濯し、曇天ではあるがそれらを中庭に干してから、フラフラしながらもネットカフェに歩いて行った。

 通りに出てタラートの前を歩くころからポツポツと小雨が降り出した。

 体調が悪い中ネットカフェに着き、声を振り絞って「サバイディー、メイビー、アイ フォガット、ミニノートブック、ラーストナイツ、ユーノウ?」と尋ねてみた。

 すると店番の中年オヤジさんが、「ああ、ちゃんと置いてますよ。あなたでしたか、忘れて帰ったのは」と言って、僕の貴重なメモ帳を手渡してくれた。

 僕は嬉しさのあまり、紀州踊りか阿波踊りでも披露しようかと思ったが、この二日ほどはキチンとした食事を摂っていなかったので、体力的に断念した。

 丁寧にお礼を述べてホームページの掲示板に書き込んでから、近くのオープンカフェに立ち寄り、バナナシェイク・ウイズミルクを注文してくつろいだ。

 のんびりとしたルアンパバーンの街並みを眺めた。

 小雨の中、忙しそうに走るバイクやトゥクトゥク。
 シンを纏った女子学生が微笑みながら僕の前を通り過ぎる。
 同じ様にカフェでひとりくつろいでいる欧米人の男性。

「昨日の小出さんが来ないかなぁ」

 こんなにのんびりするのは日本ではないことだった。

 このような情景は昨年ベトナムを旅した時も確かあった。

 そうだ、雨の中、マイノリティー部落を訪問したあとに高熱を出して、丸一日宿のベッドで汗まみれになってのた打ち回り、翌日少し良くなったのでサ・パの街を彼女達を探してフラフラ歩いた。

 そして探偵の僕もさすがに見つけられなくて、カフェでヨーグルトをニ個も食べながら道行く人々や風景を優しい気持ちで眺めていたのだった。

ベトナム旅行記👇

http://perorin.sakura.ne.jp/icetoroku.htm

 旅先で立ち寄った町や村の風景を、のんびりカフェなどで眺めるのは、すごくリラックスできて僕は好きだ。

 日本では都市部に暮らしているせいもあるが、日常生活に追われて精神的ゆとりというものを持てないがために、のんびりと街並みを眺めるなんていうシチュエイションは先ず無理だ。

 短期の旅でもこれだけリラックスできるということは、ニヶ月や三ヶ月の旅に出ることができたら、自分自身をじっくり見つめることができるのではないかと思う。

 じっくり見つめたところで、僕くらいの年令になってしまうと何も変わらないのだけど。

 そんなことを思いながらカフェを出て、途中ドーナツ屋台に立ち寄り、チョコにキャラメルを振りかけた甘そうなドーナツを三個買って宿に戻った。(三個で二千kip 二十八円程)

 宿に戻ると、中庭に干していた洗濯物が取り入れられていた。
 小雨が降りづついているので、ゲストハウスの娘さんたちが気を利かせて中に入れてくれたようだ。

 宿のご家族の部屋を覗いて、「洗濯物入れてくれたの?」と聞くと、言葉は通じないが、娘さん二人が部屋の中に干していたシャツなどを持って来てくれた。

 僕はお礼に買ったばかりのチョコドーナツが三個入った袋を手渡し、「サンキュー、ディスイズ マイ マインド」と言うと、娘さんたちはとても恥ずかしそうな顔をしていた。

 どこの国でも純粋な少女はなんともいえず可愛いものだ。

 洗濯物を部屋に干しなおしてから、中庭の椅子に座って休んでいると、隣の部屋から出てきた二十代位の欧米人が話しかけてきた。

「日本人ですか?」
「そうですよ。あなたは?」
「私はイスラエルから来ました」
「どれくらいの期間旅してるんですか」
「一年半程の予定です」
「長くて羨ましいね」
「イスラエルは兵役義務があるので、除隊したら皆んな国から出ます」
「パレスチナと仲良くできないの?」
「それは無理ですね」

 などという当たり障りのない会話であったが、気分転換になり、ちょっと体調も良くなったような気がしてきた。

 今日は起きてからこれまで、本当にのんびりしている。 

 N君やHさんがいないとちょっと寂しい気もしたが、旅はひとりが基本なので、単に基本に戻ったということだ。

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