サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽

Pero

文字の大きさ
44 / 208

サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽 ㊹

しおりを挟む

     第一章 2001年 春

◆少し体調を壊しているHさん、ノンカイ駅近くで。



        四十四

 二等寝台エアコン席のチケットがFullだと聞いて、ガックリとひざを折ってしゃがみ込んでしまいそうになるのをかろうじて持ちこたえた僕に対し、窓口の駅員が、「二等エアコン寝台席は売り切れだけど、一等エアコン寝台(二人個室)ならありますよ。どうしますか?」と言った。

 神は僕を見捨てなかった。僕は上ずった声で「一等チケットを、お、お、おねがいします!」と叫ぶように言った(約千バーツ、この時期で三千円弱)

 僕は狂喜乱舞し、この時本当に駅の構内で今度こそ阿波踊りを踊ってやろうかと真剣に思ったが、Hさんに気味悪がられて、「じゃ、ここで。お疲れ様~」などと言われては何のためにここまで一緒に来たのか分からないので、ここは何とか踏みとどまった。

 周囲を見渡すと、狭い駅の構内に並べられた椅子に座っているノンカイの地元の人達や欧米人達が、僕のダンシングを今か今かと待っているような気がしたのに、本当に残念に思った。

 ともかくめでたく帰りの寝台席チケットが買えたのでホッとして、僕達はバックパックを駅舎に預けたあと、彼女のお腹の具合が悪いので少し構内の椅子で休憩することにした。

 小さな駅なのだが、プラスチック製の椅子ではあるが十数列も並んでおり、その後方に彼女は横になった。

 彼女の横に寄り添っていると、しばらくしてハンカチを顔にかけて眠ったようだった。

 時刻は午後三時過ぎだから、明日の早朝にドムアン空港駅に到着するまでの十数時間はまだ彼女と一緒に居られる。

 旅の二日目でビエンチャンのゲストハウスで彼女と知り合ってから、N君と三人でずっと一緒に過ごした。

 ルアンパバーンでは宿が別々になりながらも街歩きをしたり食事をしたり、体調が良ければ一緒に滝も訪れていたと思うのだが、ともかく僅か数日間過ごしただけで、彼女とは何年も前から知り合いのような錯覚を感じてしまうのであった。

 Hさんとしては、中年の危なっかしいオヤジだから、同じ日本人ということもあるので親切にしてあげようといった善意で行動をともにしてくれたのだと思うのだが、日本で普段若い女性との接触が全くない僕としては、思いがけない楽しい旅を演出してくれたと思うのだ。

 そんなことを考えていると、このままタイの国内事情ですべての交通機関が麻痺し、僕達がしばらく動けなくなってしまえばいいのになどと、不謹慎なことが頭に浮かんでは消えた。

 旅というものはひとりで出ないと意味がないように思う。
 しかし旅先で出会った人との行動や会話や様々な出来事が、ひとり旅に大きな潤いと、時には感動を与えてくれたりするものだと思った。

 もしビエンチャンのゲストハウスの前で彼女がFさんとビアラオを飲んでいなかったら、もしその時刻に僕がネットカフェから帰って来ていなかったら、彼女やN君とのこのような楽しい旅にならなかったに違いない。

 午後四時過ぎになって彼女は少し具合が良くなったのか、突然ガバッと起き上がった。

 そして「せっかくですからノンカイの街中に行ってみましょうか?」と言った。

 僕達は駅を出てトゥクトゥクと交渉してノンカイの中心街へ向かった。
 十数分走るとかなり賑やかな街中になり、そのあたりで降ろしてもらった。(三十バーツ)

 そこはメインストリートのようで、道路の両側にガイ・ヤーン(焼き鳥)やフルーツ屋やラーメン屋などのたくさんの屋台が営業していた。

 車やバイク、それに人々の往来も多くて、ラオスの首都であるビエンチャンよりもはるかに賑やかな街に思った。

 ネットカフェにしてもビエンチャンよりも店の造りが派手で、入ってみると最新のパソコンが十数台も設置され、地元の若者で賑わっていた。

 さらに携帯電話ショップもあって、日本のNTTドコモのような感じの店舗で、何から何までビエンチャンよりはるかに進んでいるように思えた。

 僕たちは一軒のシルバーファッション・ショップに入り、彼女は友人にお土産としてイアリングなどを購入し、僕は自分のためにブレスレットを二個買った。

 彼女に旅を同行してもらったお礼に何かプレゼントしたかったのだが、僕はこんな時には全くだらしがなくて思い切った行動がとれない。

 一応「お礼に何かプレゼントしますから、遠慮なく選んでください」と言ってみたのだが、「そんなの悪いですよ。私の方こそお世話になったのですから」と彼女に言われると、それ以上の強引な行動が取れなかった。

 こんな時プレイボーイならどうするんだろう?

「これどう?似合うと思うよ。ちょっとこれ出して」と店員に言ったりして、どんどん自分のペースで事を運び、ズムーズにさりげなくプレゼントをするんだろうな。

 僕にはそんな器用なことができないので、仕方なく諦めてしまった。

 それから僕達は、雨が降ってきたので雨宿りを兼ねて再びネットカフェに入り、久しぶりに日本語変換でホームページに書き込もうと思ったが、やはりうまくいかなかった。

 彼女はそれでもなんとか頑張って日本の御両親宛に無事のメールを送ったようだった。

 その間僕は、受付のタイ美女と雑談を交わしていたのだが、この女性がなんとモーレツな美女だった。

 ネットカフェを出て、ともかく何か食べようということになり、結構大きなレストランに入り、ふたりとも野菜ヌードルを注文してシンハビールの小瓶を頼んだ。

 しかし、お互いにヌードルスープは半分程残してしまい、ビールも小瓶なのに全部飲めなかった。

 彼女が残したのには他にも原因があった。

 実は彼女は香草(パクチー)が全く駄目で、アジアで麺を食べる時は香草や調味料などがテーブルに置かれていて、それを好みに応じて入れるのだが、時には香草が最初から入っている場合もあり、苦手な人は前もってノーパクチーと言わないといけない。

 でも彼女は疲れていてそこまで気が回らなかったのだ。

 やはりふたりとも腹具合を心配して思い切った飲食には踏み切れなかったが、彼女はレストランを出てから屋台の果物屋で、何やら日本では見たことのない果物をいくつか買っていた。

 雨は次第に本降りになってきたので、少し早いが再びトゥクトゥクを拾って駅に向かった。

 つかの間のノンカイの街は、メコンを挟んでこんなにも雰囲気が違うことに改めて驚いたのであった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

真面目な女性教師が眼鏡を掛けて誘惑してきた

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
仲良くしていた女性達が俺にだけ見せてくれた最も可愛い瞬間のほっこり実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...