サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽

Pero

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サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽 ㊺

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     第一章 2001年 春

        四十五
 
 ノンカイ駅に到着してバックパックを受け取り、ホームを見るとすでにバンコク行きの列車が停まっていた。
 降り続く雨は、暗闇の中に微かに確認できる色褪せた列車を濡らしていた。

 Hさんの二等エアコン寝台車は七号車で、僕の乗る一等エアコン寝台車は二号車だった。

 でも、二号車の隣は三号車で、その隣が六号車というおかしな具合になっており、彼女の七号車は六号車の隣だから、間に三つの車両が繋がっていることになる。

 僕達はそれぞれの車両に別れた。

 一等エアコン寝台車はふたりコンパートメントで、清潔な部屋の中に二段ベッドが置かれ、ミネラルウオーターのサービスもあってなかなか快適そうだ。

 僕が入ると薄紫色のバックパックが無造作にソファーに置かれており(ベッドメイクの前はソファーとなっている)、同室者が同じバックパッカーであることにホッとした。

 何処の国の旅人か、或いは女性か男性か(男性に決まっているんだけど)分からないが、今夜はいろいろと旅話が聞けると喜んだ。

 バックパックを置いて四両向こうの彼女の車両を覗くと、彼女はやや疲れた顔で、まだベッドメイキングの済んでいない席に座って窓の外を眺めていた。

 出会った当初から細いと思っていた体躯が、いまではファッションモデルのようにますます細くなっているように見えた。

 僕は一時より随分と体調が戻り、下痢もかなり楽な状態になっていたが、彼女は相変わらず体調が悪いのか元気が全くない様子なので、列車が出発してからも僕は心配でしばらくそこを離れることができずにいた。

 しかし明日の早朝にはドムアン駅で降りないといけないので、少しだけ旅の話などをしてから、今夜はできるだけ早く寝ようと言って、僕は自分の部屋に戻った。

 部屋に戻ると日本人青年が座っていた。

「やっぱり日本の方でしたか。安心しました」と言うと、青年は「どうも、よろしくお願いします」と微笑みながら答えた。

 彼は服部君といって、決して忍者などではなく(これが分かる読者は年配の方に違いありません)、横浜に在住する三十才の公務員さんだった。

 「みなとみらい二十一」のプロジェクトに携わっているらしく、職種は設計だが給料が非常に安く、なかなか結婚できないし旅もこのような貧乏旅行になってしまうと笑いながら話していた。

 旅には大学生のころから、これまで十数カ国は訪れているらしく、今回は中国を駆け足で下りてベトナムを経てラオスという二週間程の旅とのことだった。

 もっと長期間を旅したいが、サラリーマンとしてはこれが限度ですと、僕と同じ様な意見を述べていた。

 旅は様々な非日常的な出来事に遭遇するし、日本の快適な交通機関からは程遠い代物に乗らなければならないことも時にはあり、こころと身体の目まぐるしい変化を感じるものだ。

 でもそれは、日常と離れたアメイジングなものだと考えれば、リラックスに似たものなのだから、心身の疲れとは逆に精神的な部分で快感を得られていると思う。

 それは言い換えれば、現実からのつかの間のエスケープと言えなくもなく、誰かが言っていたように、「帰るところがあるから旅に出る」という絶対的なものに甘えた行為といった見方もできなくはない。

 しかしともかく、旅に出るということ自体にいちいち面倒な意義付けをしなくとも、単に旅が好きだ、訪問国に興味がある、その国の食文化に親しむ等々、楽しめばよいということには変わりはない。

 旅先で出会う人の大部分が、長期の旅に出たいが現実的には難しいと諦めの言葉が出る。
 やはり仕事を思い切って辞めても、帰国後の自分の身の置き方に確固たる自信がないというところに、踏み切れない原因があると思う。

 また、長期の旅と日本での現在の自分の状況とを天秤にかけてみて、現状の変化を望まない人は、長期の旅に出たいと表面上は言いながらも、短期の旅を先程述べたように、現実からのつかの間のエスケープとして楽しむことで、差し当たりの満足を得ているのではあるまいか。

 僕はエアコンのよく効いた快適な二段ベッドの上段で、今日はHさんとふたりでルアンパバーンから戻って来て、お互い体調が悪くてヨレヨレになりながらも、終わりに近づいた今回の旅を楽しんでいる自分に満足をしていたのだった。
 
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