サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽

Pero

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第六章 ベトナム旅行記・アイスコーヒーウイズミルク

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       第九話


 しばらくしてミニバスの案内の青年が、「こっちだ」と僕達を駅の外に連れて行った。

 ラオカイ駅は正面から見るとそれなりの規模で、駅の近くには飲食店や屋台や露天などがたくさん出ていた。

 フランスパンサンドイッチ(バインミー)や果物、日用雑貨なども売っている他、屋台ではフォーなどのちょっとした料理も食べさせている。

 駅前にはミニバスを始め、少し大きめのマイクロバスのような車両が十数台も並んでおり、いずれもサパへの旅行者を待っているのである。

 僕達は案内の青年に連れられて、助手席を加えると十二人乗り程度のワゴン車に乗って出発を待った。

 サパの町は車で約一時間半ほどの距離で、山道を登って標高約千六百メートルのところにあるらしい。
 インドシナフランス領当時から避暑地として賑わったところで、一時は寂れていたがここ数年前から再びもとの活況を取り戻しつつあるという。

 おそらくあの人はサパのバス発着場付近で、午前十時過ぎくらいに僕を待ってくれているに違いない。
 そう思うと早く出発しないかと気持ちが堰くのだが、青年は定員一杯に客を集めるまでは出発しようとはしないのだ。

 八時半を過ぎた頃には殆どのバスが乗客を乗せて出発してしまった。
 我々のミニバスは欧米人風の若い男性とアジア女性のカップル、ベトナム人の若者、そして日本人の五人グループがようやく集まってからようやく出発した。

 バスはラオカイの街中を颯爽と走り出し、一路サパへと向かった。

 窓からは道路の両側に建ち並ぶ古いレンガ造り風の民家や飲食店などが見えるが、ハノイでもそうだがここでも民家よりむしろComやBia hoiと書かれた大衆食堂のようなものが目立った。

 バスは十五分も走れば山道になり、相変わらず時々擦れ違う車や道路を歩いている住民に対し、これでもかというくらい大きなクラクションを鳴らしながら登っていく。

 しかし道路はなかなか整備されていて、中央分離線などはないが、対向車と擦れ違っても十分余裕のある道幅である。

 このサパへの道は、昔フランス領インドシナの時代に、フランス人によって避暑地として開発された際に道路も整備されたもので、一時寂れていた期間はかなり荒れていたらしい道路も近年補修が行われたとのことだ。
 また、崖側には所々で植林も見られ、ベトナム政府の長期的な計画が窺われた。


 僕は隣に座っているベトナムの若者にサ・パには何の用事で行くのか聞いたら、仕事が見つかったのだとのことで、ホテルでコックの見習をするのだと答えた。
 僕が日本人だと知ると、「ナカタ、ナナミは素晴らしい選手だ。そう思はないか?」と、さすがサッカー大好き国民だと思った。

 バスはやがてかなり急な勾配の道にさしかかり、それとともに窓からは遠くの山肌に何段ものライステラス(棚田)が見えてきた。

 その所々には農業に携わっている少数民族(Minority)の粗末な木造の家々が見え、そこで暮らす人達はベトナムの波乱に満ちた歴史を乗り越えて、昔と変わらぬ民族の生活を貫いているのだ。

 ラオ・カイからサ・パまでは約一時間半余りで、その間景色は殆ど変わらず、山道を少しずつ登っていったのだが、日本の山間部の道路とはやはり違った趣があり、緑がベトナムの方がやや濃いような気がするのは空気が綺麗だからかもしれない。

 バスの中では旅行者同志は余り会話をすることもなくずっと外を眺めていたが、窓の外の変わりゆく景色はまったく飽きがこない。
 ただ、車内には冷房はなく窓が開けっ放しなので、排ガスで息苦しく頭が痛くなりそうであった。

 サ・パが近づいて来たことを感じ始めたのは、少数民族の黒モン族が背中にいろんな手作りの雑貨を入れた籠を背負って、部落からサ・パへの道を歩いている姿を時々見かけたころからである。

 道路を歩く黒モン族の人たちは殆どが女性で、十才くらいの少女の姿も目立ち、後で分かったことだが、男性は農業や他の力仕事などに従事しており、手作りの雑貨を市場などに売りに出かけるのは女性の仕事ということである。

 バスはウエルカム・サ・パの標識を過ぎて洋風の建物も見え始め、いよいよ到着だ。

 予定では町の中心辺りにあるサッカー場近くのバス発着場に着く筈だから、そこであの人はきっと待っていてくれているのだろう。
 バスは町の中心部に入り、ゲストハウスや商店などの前を通り、サッカー場の近くを右に曲がって、山道を再び登り始めた。

 あれっ?バス発着場は過ぎてしまったのじゃないのか?

 僕は地図を眺めながら、ハノイでのいい加減な空港バスのことが頭をよぎった。
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