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サヨナラの終わり その6
しおりを挟む秋が深まった十一月初旬、優里と三度目に会ったのは京都だった。
それは、八月に会ってからの手紙のやり取りの中で、優里が京都を一度訪れてみたいと言ったからだった。
優里が京都駅に着くのが午前十一時半ごろ。
僕は十一時には広い中央改札口から少し離れたところで待った。
日曜日のこの時間帯は観光客やカップル、家族連れなどで混雑していた。
夏休みに二度会ったが、いずれもほんのつかの間だった。ようやく「デート」と呼べる形で会えることに、これまで以上に僕はドキドキしていた。
十一時を少し過ぎたころ、階段を急ぎ足で駆け下りる優里の姿を見つけた。首までのストレートの髪、百六十センチ足らずの体躯、白のブラウスの上にベージュのジャケットを着て同系色の膝までのスカート姿、これまでの服装とは違って少し戸惑ったが、間違いなく優里だった。
「ずいぶん前から待っていたんじゃない?」
僕をすぐに見つけて小走りに駆け寄って来た優里は、息を弾ませながら言った。
「今さっき来たところなんだ」と僕は嘘をついた。
僕たちは駅を出て、市電とバスのロータリーを抜けて大通りを渡り、京都タワーの中にある広い喫茶店に入った。
優里はいくら遅くとも午後七時の列車に乗って帰らないといけない。
ふたりが共有できる八時間など、会えなかった膨大な時間の埋め合わせには足りるはずもない。
僕は自然と早口になり、無意識のうちに気持ちが焦った。
会話の大部分は僕からのものだった。
優里は「ウンウン」「フーン、そうなのね」と相槌を打ち、ときおり意見を挟み、あとは静かに話を聞いていた。
でも、この日は優里も前に会ったときよりもよく喋った。
来年三月に定時制高校を卒業するので進路問題で悩んでいること、実家からたまには帰って来いとうるさいこと、妹と両親の仲が良くないことなどを、ときおり表情を変えながら話した。
「看護学校へ通わせてくれる病院があるの」
会話が少し途切れたときに優里がポツンと言った。
「看護婦見習いで働きながら、看護学校へ行かせてくれる病院があるのよ」
「看護婦さんか・・・。優里ちゃんに向いた仕事のような気がするよ」
「それでね、そんなに大きくない病院なんだけど、従業員寮もあるの」
「それはいい条件じゃないか。住む所を探さなくていい」
「実はもう学校から紹介書を送ってもらっているの。今月末に面接があるのよ」
「優里ちゃんを採用しなければ誰を採用するんだよ。きっと間違いなく受かるよ」
一時間あまり喫茶店で喋ったあと、僕たちは市電に乗って四条河原町まで出た。
そして四条大橋の袂から鴨川の川原に下りた。
この季節はまだ好天の昼間は暖かい。ひとりで散歩している人や学生のグループ、川縁に腰を降ろしている若いカップルなどでいっぱいだった。
はるか上流を眺めると丹波高原に連なる北山の稜線、視線を移してみると東には「送り火」で有名な大文字山が山肌を見せていた。京都は山に囲まれている。
綺麗な風景にしばらく目を奪われた。
僕はいつの間にか優里の手を握っていた。
鴨川の川原を御池通りから北へ上がっていくと二条通り、さらに歩くと丸太町通り、ここで川原から上がり丸太町通りを東に歩いて一軒の小さな食堂に入った。
「かなり歩いたからお腹が空いたね」
優里は少し恥ずかしそうに言った。
少し汗ばんでいたし、僕もお腹が空いていた。優里は木の葉丼を僕はカツ丼を注文した。
十九歳の僕たちは、背伸びをすることのない普段着の付き合いができているような気がした。
お互いが貧しい暮らしだが、今このときの心は満ち足りていた。
遅めの昼食のあとは再び歩いた。
丸太町通からさらに北へ歩くと国立京都大学にあたった。
そこを今度は山側へ向かっていると、どうやら「哲学の道」に出たようだ。
僕たちはときどき立ち止まっては紅葉に染まる家並みや水路を眺め、そして様々なことを語りながら南禅寺の方向へ歩いた。
かなりの距離を歩いたが疲れは感じなかった。
「浩一さん、私とたまにしか会えないけど、他に誰か付き合っている人はいない?」
不意に優里が言った。僕は優里が何を訊いてきたのかすぐには分からなかった。
「他に好きな人、いない?」
もう一度優里は言った。哲学の道には何組かの観光客が歩いていたが、僕たちのうしろに人影は見えなかった。
「好きなのは優里ちゃんだけだよ」
僕はうしろをもう一度確認してから優里の唇に自分の唇を重ねてすぐに離した。
奪うような一瞬の軽いキスだった。
キスの味など感じる余裕もなかったが、歓喜に叫びたい気分になった。
今日は自分が世界で最も幸せに違いないと思った。
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