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『ずっと狙ってた子が手に入ったの』
『花市場で売れ残りそうな子がいて、つい買っちゃった』
『見てこれ、新しく卸した花なんですって。綺麗だから買ってきたの』
生花を仕入れる時、三回に一回はこの調子で余計な買い物をしてしまうのが江崎だった。その度に店員である私は在庫たちのことを考えて頭を抱えたものだ。
だが、不思議なことにそういう事態になっても江崎は売れ残りそうな生花ですら、しっかり売りつけてしまう。だからこそ大した問題にならなかったし、お店は二号店が出せる程に繁盛していた。疑問に思った私は、その営業方法をご教授頂きたくて聞いたことがあるが、
「お花の素敵なところを話していたら皆様買ってくれるのよ」
と、なんとも要領を得ない回答だった。実際本人もよくわかっていないのかも知れない。
そういう経緯があるからこそ、どうしても売れ残りそうな時は江崎がなんとかしてくれるだろう。そういう信頼があった。
ずっと話しをしている江崎を「そうですね」といなしつつ、私は運び終わった生花の処理を始めていた。
「あら、もうこんな時間。私はお店に戻るわね」
生花との一期一会をひとしきり話し終わった江崎は、店内に置かれている時計を見て言った。私も時間を確認すると、いつのまにか七時になろうというところだった。
車に向かう江崎に「お疲れ様です」と一声かけると、江崎は運転席に座ったあと、私を見て笑みを浮かべた。
「これだけいいお花と出会えたから、今日は素敵な出会いがありそうね」
江崎はそう言ってから車を発進させた。車のエンジン音が完全に聞こえなくなるまで見送ってから、私は生花の処理に戻った。
――いい出会い。いい出会いねぇ。
手を動かして、頭の中で反芻させる。いい出会いとは一体なんなのだろうか。一番最初に思い浮かぶのは異性。つまりは恋愛対象だが、生憎私は相手を募集していない。と、なると。やはりここは大口注文のお客様だろうか。
学校の行事やらなにやらで、ここにある生花すべてが欲しいです。と注文が来たら、私からすればそれは最高の出会いだ。まぁ、そういうところは事前に商談が行われていて、継続的に取引がある場所が殆どだけど。あ、じゃあそういう商談相手がやってくるとか?
私は江崎の残した言葉がどうにも頭に引っ掛かり、色々な出会いを模索していた。そういうしている内に新しい生花の処理は終わり、見栄え良く映るように店内に並べていった。
「よし、完璧」
入口から店内を見渡してレイアウトを確認した私は、満足のいく配置に頷いた。
ふたたび時計を見てみると七時半を過ぎた辺りだった。市電が走っている時間だからだろうか、朝と比べて人通りが増えていた。客商売としてはとても喜ばしいことだ。
入口に配置する看板を取り出して、『とても綺麗なお花を大量入荷! いい匂いがして落ち着きます』等と売り文句を書き込んでから、サインプレートの『open』を前にして看板に飾り付ける。入口をあけ放ち、通行人によく見えるように看板を配置したら、早速「すいません」と、声をかけられた。
「はい。何をお求めですか?」
「あぁ、いや。買い物にきたんじゃなくてですね。貴方、衣笠蓬さん?」
「え……はぁ、そうですけど」
フルネームで名前を呼ばれて、私は戸惑いつつ生返事をした。
目の前にいたのはかなり大きな男の人で、私の顔は男性の胸辺りに位置していた。縦幅だけじゃなく横幅も大きくて、肘まで捲り上げられたシャツからは、血管が浮き出た腕が飛び出していた。
とても花屋には似つかわしくない厳つい風貌に威圧され、何かされたわけでもないのに怯んでしまった。顔を見ようと見上げてみると、これまた凶悪で。一瞬犯罪者かと思ってしまうほどの鋭い目つきに、あまり手入れがされていない無精ひげが目に入った。
なんでこんな人が私の名前を知っているんだ。警戒心を覚えた私は怪訝な表情で相手の顔を見ていると、あっちは調子の変わらない声で、
「大阪府警の武藤です」
「け、警察⁉」
警察にお世話になるようなことはした覚えがなく、私はすっとんきょうな声を上げてしまう。それでも武藤と名乗った男は平静を崩すこともなく話を続ける。
「今日は聞きたい事があって来ただけです。衣笠さん。お姉さん、衣笠香さんについてなんですが」
「お姉ちゃん?」
警察から姉の名前が上がり、私は全身の毛穴が開いたような感覚になった。
『花市場で売れ残りそうな子がいて、つい買っちゃった』
『見てこれ、新しく卸した花なんですって。綺麗だから買ってきたの』
生花を仕入れる時、三回に一回はこの調子で余計な買い物をしてしまうのが江崎だった。その度に店員である私は在庫たちのことを考えて頭を抱えたものだ。
だが、不思議なことにそういう事態になっても江崎は売れ残りそうな生花ですら、しっかり売りつけてしまう。だからこそ大した問題にならなかったし、お店は二号店が出せる程に繁盛していた。疑問に思った私は、その営業方法をご教授頂きたくて聞いたことがあるが、
「お花の素敵なところを話していたら皆様買ってくれるのよ」
と、なんとも要領を得ない回答だった。実際本人もよくわかっていないのかも知れない。
そういう経緯があるからこそ、どうしても売れ残りそうな時は江崎がなんとかしてくれるだろう。そういう信頼があった。
ずっと話しをしている江崎を「そうですね」といなしつつ、私は運び終わった生花の処理を始めていた。
「あら、もうこんな時間。私はお店に戻るわね」
生花との一期一会をひとしきり話し終わった江崎は、店内に置かれている時計を見て言った。私も時間を確認すると、いつのまにか七時になろうというところだった。
車に向かう江崎に「お疲れ様です」と一声かけると、江崎は運転席に座ったあと、私を見て笑みを浮かべた。
「これだけいいお花と出会えたから、今日は素敵な出会いがありそうね」
江崎はそう言ってから車を発進させた。車のエンジン音が完全に聞こえなくなるまで見送ってから、私は生花の処理に戻った。
――いい出会い。いい出会いねぇ。
手を動かして、頭の中で反芻させる。いい出会いとは一体なんなのだろうか。一番最初に思い浮かぶのは異性。つまりは恋愛対象だが、生憎私は相手を募集していない。と、なると。やはりここは大口注文のお客様だろうか。
学校の行事やらなにやらで、ここにある生花すべてが欲しいです。と注文が来たら、私からすればそれは最高の出会いだ。まぁ、そういうところは事前に商談が行われていて、継続的に取引がある場所が殆どだけど。あ、じゃあそういう商談相手がやってくるとか?
私は江崎の残した言葉がどうにも頭に引っ掛かり、色々な出会いを模索していた。そういうしている内に新しい生花の処理は終わり、見栄え良く映るように店内に並べていった。
「よし、完璧」
入口から店内を見渡してレイアウトを確認した私は、満足のいく配置に頷いた。
ふたたび時計を見てみると七時半を過ぎた辺りだった。市電が走っている時間だからだろうか、朝と比べて人通りが増えていた。客商売としてはとても喜ばしいことだ。
入口に配置する看板を取り出して、『とても綺麗なお花を大量入荷! いい匂いがして落ち着きます』等と売り文句を書き込んでから、サインプレートの『open』を前にして看板に飾り付ける。入口をあけ放ち、通行人によく見えるように看板を配置したら、早速「すいません」と、声をかけられた。
「はい。何をお求めですか?」
「あぁ、いや。買い物にきたんじゃなくてですね。貴方、衣笠蓬さん?」
「え……はぁ、そうですけど」
フルネームで名前を呼ばれて、私は戸惑いつつ生返事をした。
目の前にいたのはかなり大きな男の人で、私の顔は男性の胸辺りに位置していた。縦幅だけじゃなく横幅も大きくて、肘まで捲り上げられたシャツからは、血管が浮き出た腕が飛び出していた。
とても花屋には似つかわしくない厳つい風貌に威圧され、何かされたわけでもないのに怯んでしまった。顔を見ようと見上げてみると、これまた凶悪で。一瞬犯罪者かと思ってしまうほどの鋭い目つきに、あまり手入れがされていない無精ひげが目に入った。
なんでこんな人が私の名前を知っているんだ。警戒心を覚えた私は怪訝な表情で相手の顔を見ていると、あっちは調子の変わらない声で、
「大阪府警の武藤です」
「け、警察⁉」
警察にお世話になるようなことはした覚えがなく、私はすっとんきょうな声を上げてしまう。それでも武藤と名乗った男は平静を崩すこともなく話を続ける。
「今日は聞きたい事があって来ただけです。衣笠さん。お姉さん、衣笠香さんについてなんですが」
「お姉ちゃん?」
警察から姉の名前が上がり、私は全身の毛穴が開いたような感覚になった。
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