眠りの巫女と野良狐

愛のために戦いましょう。

8

　美菜は真っ青な顔を引き攣らせ、側にいる沙子のTシャツの裾を掴んだ。

「や、やだぁ、あたしまだ超絶イケメンとのスウィーツラブもしてないのに、このまま、こんな奴に食べられちゃうのっ……？」
「わ、私だって、まだ……業華さんに」

　気持ちも伝えてないのに。
　沙子が恐怖に涙を浮かべた時、一気に黒い手が放たれた。
　――もうダメだ。
　そう思った二人は身を寄せ合い、固く目を瞑った。

　刹那、木材に火がつくような音がし、金切り声が上がる。
　想像していた衝撃に見舞われなかった沙子と美菜は、何が起きているか確認するため恐る恐る瞼を持ち上げた。
　
　黒い法衣に纏った、橙色の袈裟が揺れる。
　沙子は一瞬、危機を忘れた。
　不動の広い背中は、つい先ほど沙子が思っていたその人だった。
　包み込むような安泰の象徴に、沙子は時が止まったように見入っていた。

「ふう、間に合ったようで何よりです」

　二人の前に現れた業華は、安堵の息とともに声をかけた。
　少女たちを襲おうとしていた触手は、業華の手により放たれた炎で跡形もなく消え失せていた。

「ここは私に任せて、あなた方はなるべく遠くまで逃げてください」
「で、でも、業華さんはっ」

　身を案じる沙子に、業華は少し振り向きながら安心させるように微笑んだ。

「私のことは心配いりません、死ねないようにできていますので」

　その意味を紐解く暇もなく「さあ早く」と檄が飛ぶ。
　
「さささ沙子、行こうっ、業華さんなら大丈夫だって、マジで不死身っぽいし！」

　半分泣いている美菜にも促され、沙子は小さく頷くと、業華の後ろ姿に礼をする。
　二人は力を振り絞り立ち上がると、痛みに耐えながら手を繋ぎその場を走り去った。