アオハルのタクト

碧野葉菜

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夢想曲(トロイメライ)

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 立ち上がり、振り向いた先には優希がおった。その後ろにおる母さんも、二人して同じような顔で固まっている。玄関の左側、リビングから姿を覗かせて、丸い目でこちらを見ている。こちら、というのは俺やなくて、俺の隣に立った春歌や。
 二人が驚くんも無理はない。春歌は明らかにサイズが大きなカッターシャツを着ているし、俺はタンクトップ姿、おまけに手には細かい草や葉っぱ、土がついたセーラー服を持ってるんやから。
 いつものことを考えると、母さんがこの時間に家におるんは当たり前やった。予想外は、優希までおったことや。

「こんにちは、おばさん」

 沈黙を破る、春歌の一言。動揺する三人と違って、春歌だけは堂々としていた。

「あ、あぁ、ええと、もしかして、春歌、ちゃん?」
「そうですよ、よくわかりましたね、ここに来るの十年ぶりなのに」
「たっちゃんから女の子の話聞くって、大体春歌ちゃんのことやったから――」

 まずいことでも口にしたらしい、母さんは焦った顔で隣を窺い見た。優希は眉を垂らし、今にも泣きそうや。

「たっちゃん……今日、用事あるって、言うてなかった?」

 ああ、そうや。一人になりたいんも立派な用事。そう言えたら、どんなに楽か。
 俺が胸の内で愚痴っていると、不意に春歌が歩き始める。そして優希の目の前で立ち止まると、にっこり微笑んで顔を寄せた。

「優希ちゃん、だっけ? クラス一緒だけど、話すことないもんね」

 十センチほど背が高い春歌に迫られ、思わず上体を引く優希。
 みんな幼稚園は同じやったし、今はクラスメイトでもあるから、春歌も優希も顔は知っている。だけど俺は、優希の前ではほとんど春歌の話をしたことがない。すると優希が不機嫌になるから、自然とせんようになった。だから優希にとっては、小中学生の春歌はすっぽり記憶にないはずや。それやのに突然、こんなふうに距離を詰められたら、優希が戸惑う気持ちもわかる。
 春歌が行動すると、ろくなことがない気がして、ハラハラする。そして嫌な予感は、すぐに現実になるんや。
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