上 下
28 / 189
働かされる。

18

しおりを挟む
「ど、どうしたんですか? お腹痛いんですか?」
「……痛くない。なににしようか悩んでるだけだ」

 甘路の言葉に、くるみは少し拍子抜けする。「ヘイ、マスター、いつもの」とまでは行かなくても、さらっとスマートに注文しそうなものだが。

「佐藤さんはお店も近いし、よくこちらに来られているのでは」
「いや、滅多に昼飯を摂らないからな」
「ああ、そういう――えぇ!?」

 くるみは、先ほど甘路に手を引かれて、厨房を通りすぎた一幕を思い出した。今日は休憩取るんですねとか、ランチに行くなんて珍しいとか、誰かが言っていた。
 そもそも食べないなら、店に行くこともないので、慣れていないのも当然だ。こんなすごい人に、意見できる立場じゃないと思いながらも、口をもごもごさせるくるみ。

「あ、あの、きゅ、きゅ」
「くるみはどれにするんだ?」

 休憩はちゃんと取った方がいいのでは、と言いたいくるみに台詞を被せる甘路。
 困ったら甘路のオススメメニューでも頼もうと考えていたくるみは、まさかのフリにギャーと叫んだ。もちろん心の中で。

「ええとですね、ワタクシ、こんなオシャレなお店初めてでして」
「しゃべり方がおかしいぞ」
 
 そりゃおかしくもなると思いながら、数枚あるメニュー表に目を通す。ツルツルした素材でできたそれには、英語やカタカナが並び、料理の写真も載っている。
 ――なになに、明太子とエビのカッペリーニ……カッペリーニってなんだろ。薬膳ベジカレーに、揚げなすとキノコのみぞれ丼、秋野菜の漬け込みチキン南蛮……。
 とりあえず目に入ったメニューを頭の中で読み上げていたくるみは、料理の横についた数字に気づき動きを止めた。
 ――たっっっか!
 焦って一番安いものを探すくるみだが、どれも二千円を超えている。くるみのいつもの昼食は、弁当屋の賄いか前日の残りで、無料か数百円だ。
 ――こんなの、財布の中身ほとんどなくなっちゃうよ~……!
 とはいえ、入ったからには食べずに出るわけにはいかない。水だけで済ませたりしたら、一緒に来た甘路が恥ずかしい思いをするかもしれないし。そう考えたくるみは、泣きそうになりながら腹を括った。

「じ、じゃあ、この、よくわからないやつにします……」

 くるみがそっと指差したのは、ベーコンとアスパラのアマトリチャーナだった。
 価格は二千円ちょうどなので、他のものに比べればまだマシ。その上でせっかく食べるのなら、普段口にできないようなやつにしようと思ったのだ。

「よくわからないのでいいのか?」
「はい、ちょっとヤケで……あ、いえ、トマト系好きですし、名前も気になったので」
「アマトリチャーナってなんだ?」

 真剣な顔でくるみと同じ疑問を持つ甘路は、やっぱり少し拍子抜けする。この様子だと、カッペリーニも知らないと見られる。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:11

不器用なベビーシッター

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

Bグループの少年

青春 / 連載中 24h.ポイント:5,367pt お気に入り:8,331

婚約者の義妹に結婚を大反対されています

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:51,170pt お気に入り:4,928

処理中です...