蛇に祈りを捧げたら。

碧野葉菜

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仙界

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 いろりが階段を上がり自室に戻ると、桃色のカーテンが風に揺れ、蛇珀がバルコニーに出ていることがわかった。

 少し開いた窓の隙間に指を滑り込ませ、横にずらすと、いろりはバルコニー用の軽いサンダルに足を通した。

 蛇珀は物憂げに星空を見上げていた。

「蛇珀様……」
「おお」

 いろりを振り返った蛇珀は、一瞬言葉を忘れ彼女を見つめてしまう。
 
 やや湿り気を帯びた髪、湯船に浸かりほんのり紅潮した柔らかな頬、シャンプーと混じり合ういろり本来の香り。
 そのすべてがまるで蛇珀の理性を試すかのように誘う。
 いつもこの時、直視しては耐えられぬと悟る蛇珀はよそよそしく視線を逸らすのである。

 蛇珀が己と戦っているのも知らず、いろりは無邪気に手すりにもたれる蛇珀の隣に並んだ。

「……何を、考えていらっしゃったんですか?」

 側に来るとますますいろりの匂いが鼻をくすぐり、蛇珀は先ほどまで思案していたことを忘れてしまいそうになる。

「……なんでもねえよ」
「……本当、ですか?」

 傍らで蛇珀を見上げるいろりの顔には不安が滲んでいる。
 それに気づいた蛇珀は咄嗟に事実を伝える。

「どうすりゃいろりといつまでも一緒にいられるか考えてただけだ」

 照れが入りつつも素直に教えてくれた蛇珀に、いろりは温かい気持ちで満たされる。
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