蛇に祈りを捧げたら。

碧野葉菜

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仙界

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 ――あれから一週間。
 もうじき三月が終わる。いろりは高校の入学式を数日後に控えていた。

 あの後、狐雲たちからはなんの音沙汰もない。
 使者が来るわけでもなく、仙界に訪れたことが嘘のように、穏やかな日が続いていた。

 しかし、いろりは微かな胸騒ぎを拭い去れずにいた。
 今のこの暮らしが、まるで嵐の前の静けさのように思えたからである。

 いろりはお風呂を上がると、誰もいないリビングの冷蔵庫から清涼水を出し少し口にした。
 母は仕事が忙しく、夜中にならないと帰らない。生活のため仕方ないとは理解しつつも、自宅で一人きりで過ごす多くの時間が寂しくなかったといえば嘘になる。

 その孤独を埋めてくれたのも蛇珀である。
 もはやいろりにとって蛇珀のいない暮らしなど想像もできなかった。

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