蛇に祈りを捧げたら。

碧野葉菜

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ありし日の恋物語

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 ――――あれから実に、約六百年の歳月が流れた。

 狐雲は天獄に課せられた苦行を乗り越え、華乃もまた、試練を突破した。
 天獄に認められた二人は仲睦まじく生涯を添い遂げた。
 しかしどれほど愛し合っていても、神と人が同じ時間を生きられるわけではない。
 それでも狐雲に後悔などなかった。
 その現実を受け入れた上で優しさと強さを持ち、華乃を最初で最後の妻として娶ったのである。

「若き二人が今、当時の私たちのように天の試練に果敢に挑んでおる」

 狐雲は仙界にある、唯一の花の前に立っていた。
 狐雲の胸部まである背丈の細い木には、控えめながらも鮮麗な椿の花が咲いていた。
 それは淑女でありながら、多大なる情熱を胸に秘めていた彼女そのものであった。

「影ながら応援してやってはくれぬか。……のう、華乃」

 慈しむように微笑み語りかける狐雲に、応えるように嫋やかに、紅い花弁が揺れていた。
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