蛇に祈りを捧げたら。

碧野葉菜

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試練

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 泣き疲れたいろりが布団に潜り、眠っていると、そのベッドにのしかかるように現れた一つの影。

 不意に身体に圧迫感を覚えたいろりは、身をよじり、目を擦った。

「……ろりちゃん」

 誰かが自分を呼んでいるような気がして、いろりは重い瞼をこじ開ける。
 ぼやけた視界が次第に鮮明さを増すと、いろりは驚きのあまり弾かれるように上半身を起こした。
 薄暗い部屋の中、ベッドに乗り自身を見つめている百恋を見つけたからだ。

「――!? ひゃ、くれん、さま……!?」
「うん。ごめんね、急に驚かせちゃって……実は、いろりちゃんに伝えておきたいことがあって……」
 
 百恋はさも物憂気な表情を作って見せた。

「……実は、蛇珀が倒れたんだ。竜の寝床で、力尽きたんだよ」

 瞬間、いろりの頭は真っ白になった。

「狐雲様の話を聞いちゃってね、健気に蛇珀を待ってるいろりちゃんを見てると辛くて、どうしても伝えなくちゃと思って……こうして夜中に来たんだ」

 無論、真っ赤な嘘である。
 これが百恋の、最後の罠であった。

「最初はなんとなく心配で来ただけなのに、気づけば僕は……君が好きになってしまったんだ。恋を司る神の僕なら、蛇珀の時のような試練はない。もっと穏やかに過ごせる。もう、帰って来ない奴のことは忘れて……」

 百恋の毒を持った美しい花のような、深い深い紫の瞳が妖しく光る。

「僕じゃ……ダメ?」

 果たしてこの時の百恋は、本当に演技……だったのだろうか?

 徐々に近づく唇。
 吐息と吐息が触れ合い……。

 堕ちた――――?
 
 百恋がそう思った時――
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