蛇に祈りを捧げたら。

碧野葉菜

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試練

29

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 のも束の間――。

「なぁんて言うとでも思ったのか? べーえ!」

 顔を上げた蛇珀は相変わらず僅かに先が割れた舌を出しながら、それはもう憎ったらしい表情をしていた。
 二人が呆気に取られている間、いろりはあまりに蛇珀らしい言動に不謹慎ながらも安堵して笑ってしまいそうになった。
 やがて我に返った鷹海はわなわなと身体を震えさせた。

「――じゃはあぁぁく!! 貴様という奴はあぁぁあ!!」
「早く行こうぜ、いろり! お前に見せたい場所があるんだ!」
「は……はいっ……!!」

 蛇珀はいろりを腕に抱え、地面を蹴るとあっという間に二人から見えなくなった。

「あれが中流神とはこの世は終わるかもしれんの」
「よいではないか。あれが従順になっては魅力も半減するというもの。それに私たちの前では、口先だけの言葉など無意味であることはそなたも承知であろう?」

 神に世辞は通用しない。だからこそ、蛇珀が本音ではきちんと感謝の念を持っていることは明らかであった。最後のは、らしくないと思った蛇珀の単なる誤魔化しであることも。
 鷹海は二人が去った場所を眺めながら、親しみを込めた笑みを浮かべた。

「……まったく、困った奴じゃ」
『時に狐雲』
「なんでございましょう?」
『あのいろりという蛇珀の細君さいくん……主の細君であった華乃にどことなく似ておらぬか』
「……狐雲様の!? むう、わしは奥方のお姿を見たことがないのじゃが……つまり、どういうことじゃ?」
「ふふ、さて……ご想像にお任せいたす」

 狐雲は愉快そうに含み笑いをして流した。

 いろりと華乃、二人の容姿は違えど、纏う空気や面影など共通するものは確かにあった。

 他人の空似か、生まれ変わりか、はたまた狐雲と華乃の末裔か……は、神のみぞ、知る……?
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