蛇に祈りを捧げたら。

碧野葉菜

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とこしえの恋路

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 以前、いろりと再会した際、蛇珀は仙界にいることも忘れ、彼女を乱した。あの時胸に印が現れ、下界に移動させられていなければ、自身は止まらなかったのではないか、と。
 蛇珀は一つのことに夢中になると、周りが見えなくなる性分だとようやく自覚した。
 それだけに、いろりの身体に触れ始めたら最後、何も耳に入らなくなり彼女を乱暴に扱ってしまうのではないかと考えていた。
 しかも蛇珀は他の神より神力が強かったため、例え半分力を奪われたところで、本気で襲ってしまえばいろりを壊してしまうのではと悩んでいたのだ。
 もう少し心が落ち着いてから先に進むべきだと諌める自分と、そんなことは気にせず早く抱いてしまえと囁く自分。
 どちらに従うべきか。蛇珀はいろりをあまりに寵愛するが故に葛藤していた。

 そんな中でも時は経ち、今日もまた何事もないかのように一日が終わろうとしていた。
 美しい三日月が社を照らす午後十時、蛇珀は風呂から上がり、乾ききらない黒髪をタオルで拭いつつ涼みがてら外の廊下を抜けて寝室に戻ろうとした。
 若草色に菊の柄が模様された着流しは、実に蛇珀に相応しくその色男ぶりを引き立てている。
 真っ直ぐに続く焦茶色の廊下を踏みしめていた蛇珀は、ふと、足を止めた。
 その先に立っている人物が目に入ったからだ。

「狐雲……?」

 美しい立ち姿で三日月を見上げていた男神は、蛇珀の声に穏やかな笑みを持ちながら応えた。

「元気そうであるな。……なんだ、いろりとともに湯浴ゆあみをしておらぬのか?」
「なっ……!?」

 顔を赤くしてあからさまに焦る蛇珀に、狐雲はくつくつと笑った。
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