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吸血族の城

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 穏花の両手に力がこもる。
 握られた空のティーカップが、わなわなと震えた。

「誰もいるはずがないと思いました。いくら優秀な吸血族でも、人間たちの作り出した兵器に勝てるはずがない。――――しかし、彼はいたのです。辺りの血生臭い戦争が嘘のように、逃げも隠れもせず、ただ静寂を守りながら…………美汪ぼっちゃまは教壇の椅子に美しい姿勢で座しておられました」

 コーエンはその時、すすけた灰色の空に射し込む、一筋の光を見た。
 穏花もまた、美汪のその姿を目に浮かべると、まるでコーエンとシンクロしたかのような眩しさを感じた。
 それは数十年経った今でも色褪せない鮮烈な記憶。コーエンにとって美汪は、まさに救いの神だったのだ。

「その時美汪ぼっちゃまの見た目は六歳ほどの子供でありましたが、すでに君主としての片鱗を見せておられました。ぼっちゃまは私に、憐れむでもなく、蔑むでもない、沈静を保った目で言われました。『僕のところに来い』と。……ご自身の肉親も、同胞も絶滅させた憎き人間である私を、吸血族の女性を愛し、行く当てのない哀れな私を……拾ってくださったのです。それから私はずっと、ぼっちゃまにお仕えいたしております」

 ――美汪を冷徹だと恐れたのは一体誰だったのか。
 忌むべき人間である自身、そしてその人間と混じり合って生まれた混血……彼の刃のような瞳の奥には、種族でなくその人となりを見て判断する冷静さと、弱きを救いたいという情熱があったのではないか。
 穏花は浅はかな自身を責めた。
 ――しかし、責める必要などなかった。
 なぜなら穏花は、頭で理解せずとも本能的に、とっくに美汪の優しさに気づいていたのだから。
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