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第三章 冒険者修行編

第三十七話 羽根の萎れた妖精

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 フェリクス商会で一泊した翌日、エドワルダとカールが登校するのを見送り、クラーマー達と挨拶を交わすと俺は王都を発った。
 年明けにはエルフィを連れてまた王都にくることは伝えてあり、アンゲラの引っ越しの件も報告済みであるため、今回の別れは実にあっさりしたものだった。

 メルケル領への帰路は、前回の一人旅とは違いかなり順調だった。
 エドワルダと二人で王都に向かった際は、道中で伏魔殿に入ることもあり時間を費やした。そもそもエドワルダの移動速度がまだあまり早くなかったので、感覚としてはのんびりした修行の旅であった。しかし、今回は自分の思うがままのペースで移動ができるからだ。

「日々成長している感じはあるけど、こうして以前経験したことと比較すると、自分で言うのも何だがかなり進歩してるな。この感じだと、前回の半分の日数で帰れるんじゃないかな?」

 道中でそんな風に思っていたが、その予想は見事に現実のものとなった。


「ただいま」
「あら? 今回は随分早いわね」
「そうかな?」
「もしかして、早めに王都に着いてそそくさと帰ってきたの?」
「いや。ギリギリで王都に着いたよ。姉さんにも会ったし、エドワルダが上流学院に登校するのを確認してから王都を発ったし」

 俺が無事に帰宅したのは夕方だったので、神殿から帰ってきたエルフィが既に帰宅していた。そして、エルフィは俺の帰宅が予想より早かったのは、俺が予定を変更したと思っていたようなので、事実を伝えた。

「それだと帰りは随分と早いわね」
「そうだね。俺も自分で驚いたよ」
「あんた、このまま成長したら化物にでもなりそうね」

 顔をしかめたエルフィが失礼なことを言ってくるではないか。

「姉ちゃん、いくら俺でも化物とかいわれたら傷付くよ」
「ご、ごめんなさいね。でも、本気であんたが化物になるとは思ってないわ、よ? そう、化け物じみたってことよ」
「なんで途中で疑問符を付けた」
「いや、化物になる可能性も無きにしも非ずかと……」

 アホなエルフィがらしからぬ少し賢そうな言い回しをしていたが、結局は失礼なことをいってる事実に変わりはなかった。

「それはいいとして、何か変化はあった?」
「変化ね~、……そう、あたし水魔法の属性があったみたい」
「どういうこと?」
「ほら、あんたに伏魔殿で水を出して貰っていたでしょ? それをすっかり忘れていて水筒を持って行かなかったのよ。そのときに魔法で水を出そうとしたら、しっかり生み出せたのよ」

 不思議なことを言い出したエルフィだが、残念ながら俺はそのからくりを知っている。

「姉ちゃん、適正属性ではない魔法でも使えなくはないんだよ」
「え?」
「あくまで適性があれば恩恵が受けられるってだけで、適性がなければ使えないわけじゃないんだ。まぁ、適性がなければ使えないことが多いらしいから、使えないと思ってしまうようだけど」
「よくわからないわ」

 漫画なら頭の上に『?』を浮かべているようなキョトン顔のエルフィは、わからないという。

「ごめん。アホな姉ちゃんには難しかったね」
「アホとか姉に対して失礼ね!」
「まぁ、それはいいとして」
「良くないわよ」

 あぁ~面倒臭い。余計なことを言わなきゃよかった。

「ごめんて。それより説明するよ」
「まぁいいわ。しっかり説明なさい」
「はいはい。ん~と、簡単に言うと、姉ちゃんの使う風砲移速魔法は魔力消費が激しい。それでも姉ちゃんは風属性に適性があるので少ない魔力消費で使える」
「そうね」
「それに対して、適正の無い水属性で水を生み出すには、例えコップ一杯分でも風砲移速魔法で使う以上に魔力を消費すれば出せなくはないんだよ」

 あ、やっぱ俺は説明が下手だ。

「ん~、魔力を沢山使えば適正の無い魔法も使える……ってことかしら?」
「あ~、そういうことだね。でも必ずではないから、いくら魔力を消費しても使えない場合もあるよ」

 そんな簡単な言い回しでもいいのか。うん、ちょっと俺は難しく考え過ぎなのかもしれないな。

「それだと、あたしは沢山魔力を消費して水を出しただけで、水属性に適正があったわけではないの?」
「そういうことだね。あのさ、水を出した時に一気に魔力を消費しなかった?」
「そうなのよ。ゴッソリ減ったのよ」
「まぁ、無理やり生み出した結果だね」
「……そうみたいね」

 俺は久しぶりに会ったエルフィを意気消沈させてしまい、旅で疲れた身体にも拘らず、羽根の萎れた妖精のご機嫌取りをする羽目になったのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「明日はいつもどおり休養日ってことで。じゃあ、また明後日ね」

 いつも通りの生活に戻った俺は、今日も今日とてシュヴァーンの一員として森に入って狩りをしていた。
 しかし、シュヴァーンは二勤一休で、俺は休みの日だけ伏魔殿に入っているわけだが、どうにも通常の森でイノシシなどを相手にするのは物足りない。だが、俺とシュヴァーンが別行動を取っていたことはシュヴァーンの皆には良い方に作用したようで、連携なども含めてかなり成長しており、俺がいなくても狩りは安定してできるようになっている。

「というわけで、姉ちゃん」
「どういうわけよ?」
「また長期休暇を取ってくれないか?」
「あんた、エドワルダを送って行くときに、あたしにこれ以上休むなと言ってたわよね」
「あれは長期休暇を延長しようとしていたから、それは良くないと思ったんだよ。でも今は違う」

 俺が突然エルフィに休みを取れと言い出したのは、完全に俺の我が儘になるが、伏魔殿に一緒に入って欲しいからだ。
 これは、単にシュヴァーンの皆と通常の森で狩りをするのが物足りないということだけではなく、伯父であるメルケル男爵に『伏魔殿を平定しても構わんぞ』と冗談っぽくいわれたときに、俺は『いつかやってやるリスト』にそのことを追加していたので、それを果たす時が来たと思ったからなのだ。
 では、なぜそれが今なのかというと、エルフィが年明けから王都に行ってしまうからに他ならない。なので、エルフィがいなくなる前に、二人で一緒に伏魔殿の平定を行いたいのだ。

「それに、伯父さんも『伏魔殿を平定しても構わんぞ』っていってたでしょ? それを姉ちゃんと二人で成し遂げたいんだ」
「それなら、シュヴァーンが仮成人になってから皆と――」
「違うんだ! 俺は姉ちゃんと二人でやりたいんだよ!」

 正直に言えば、シュヴァーンの皆にエルフィもいる状態で挑みたい。しかし、それが叶わないのであれば、共に専用伏魔殿で活動したエルフィと一緒の方を選ぶ。

 まぁ、魔法を惜しみなく使えるってことが可能なのと、シュヴァーンの四人より姉ちゃん一人の方が戦力としては上ってのもあるんだけどね。

「ま、まったく、あんたはあたしがいないと本当にダメなのね。仕方ないから付き合ってあげるわ」
「ありがとう姉ちゃん」

 とはいったものの、まだ準備が全然できていない。
 まずは、伯父さんに本当に伏魔殿を平定して良いのかの確認。そしてシュヴァーンにまた俺が別行動をする旨を伝える。後はエルフィの休暇がどれだけの期間になるか、だ。

 専用伏魔殿自体は、まだエドワルダがいたときに粗方探索し、地形や出現する魔物も大凡は把握している。ただ一つ問題があるとすれば、それはボスを倒した後のことだ。

 そもそも伏魔殿とは、どこにでもある魔素が必要以上に溜まってしまう所謂『魔素溜り』だ。その魔素から魔物が生まれ、魔物は生まれた時点で魔力を有している。そして伏魔殿の周囲は、陽炎とも蜃気楼とも違う特殊な何かで覆われており、通常であれば魔物は伏魔殿から出てくることはほぼない。
 しかし、あまりにも魔物が増え過ぎると、魔素溜まりの魔素だけでは足りないのだろうか、魔素と同様に魔力の源である魔力素を持つ人間を襲いに、魔物が伏魔殿から出てくることがある。それを氾濫と呼ぶ。とはいえ、定期的に伏魔殿で魔物を間引いていれば、氾濫は簡単には起こらない。
 だが、氾濫以外で魔物が伏魔殿から出てくる場合がある。それが伏魔殿の平定だ。
 伏魔殿のボスである魔物が倒されると、伏魔殿と通常地を遮っていた境界の物質が消え、生き残っている魔物が外に出てくるのである。
 ただし、境界が消えたら即魔物が出てくるのかといえばそうではなく、約一週間から十日は大人しくしているらしい。しかし、日が進むに連れ魔物も魔素が少なくなったことを感じるようで、人間の魔力素を求めて人里を目指して動き出すという。
 だが、魔物は伏魔殿以外では己が生きるために必要な魔素が足りないようで、平均二週間から三週間、最長でも一ヶ月くらいで消滅してしまう。また、魔物の力自体が、現存している伏魔殿以外では弱まるとの話だ。

 閑話休題。

「じゃあ、今日は伯父さんに相談してくるよ」
「あたしは司祭から休暇の許可を頂けばいいのね?」
「司祭には内密で、と言って、伏魔殿を平定するためだと言うと良いよ。伏魔殿の平定は、規模の大小に拘らずここ十年以上はなかったから、それを仮神官とは言え神殿に所属している姉ちゃんがやったとなると、神殿としても鼻が高いだろうかなね」
「それは良いわね。そう伝えてみるわ」

 よし、これで目立つのは俺ではなく姉ちゃんになる。姉ちゃんが目立つ分には『流石は銀の聖女』みたいな感じで、聖女凄いで話が済む。それを俺が目立ったりしたら、あんな魔術も使えない落ちこぼれが……、みたいなことになって、俺の秘密を暴こうとする奴等が現れる可能性もある。

 エルフィと二人で伏魔殿の平定を行いたい理由の一つに、実はこれもあった。いや、もしかするとこれが一番の理由と言っても過言ではない。
 目立ちたくない俺に対し、尊敬を集めることも仕事であるエルフィにとって、目立つことは問題どころかむしろ宣伝になるのだから。
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