3 / 119
3.風のささやき
しおりを挟む
一面の麦畑、そこを吹き抜ける風は、頬に心地よい涼しさを与えてくれる。ハルトは、草取りの手を休め、あたりを見渡してみる。近くでは父や母、兄や姉そして妹が一心に草取りの作業にいそしんでいる。
遠くでは、丘の向こうに、みなみの山と呼ばれる山々、そしてそこから延びた嶺線の裾の森が見える。空には丸、三角時には獣の形のような雲が流れていく。時折空を飛ぶ鳥の声も聞こえてくる。ハルトは4歳。季節は夏、今日もコー村は平和である。
そんな時、「なぜか違う」そう思ってしまった。なぜと言われても、何となく、そう何となくである。しいて言うならば、「風の香り」とでも言おうか、そんな感じである。
しばらく、ぼうと突っ立って居たら、
「こら仕事しろ」
と父の声が飛んできた。あわててハルトはまた草取りの作業を再開するのであった。
一日が終わり、夜、布団に入ってから、昼間覚えた違和感を思い出してみた。
湿ったギラギラした風でない涼風、そして辺りの景色も、田んぼでない麦畑、舗装されたアスファルトではなく踏み固められただけの土の道、コンクリートでない藁と木の家、そんな言葉が自然と出てきた。
ギラギラした風、田んぼ、アスファルト、コンクリート、なんだ、それ、そう思ったとき、何となくではあるが、それらの言葉の意味が分かったような気がした。
遠い夏の日に重い鞄を肩から下げて、地下鉄の駅から出てきた自分が思い出されてきた。
見上げれば首が痛くなるような高いビルに囲まれたコンクリートジャングルの中で、憂鬱な気分を抱えながら額の汗をぬぐう。
この書類、説明に詰まったら、「また来ます」って言いたくないよな、ああ早く夕方にならないかな、そんな自分がいた。
東京出張、それはとてつもなく暗い言葉であった。前日までは資料作りの残業、当日は朝暗いうちから家を出て、家に帰るのは日付が変わってから、そして次の日はいつも通りの通常勤務。思い出すと涙がにじんできた。
にじんだ涙をぬぐって、体を起こして、隣を見ると、暗い中、うっすらと両親と兄と姉そして妹のシルエットが見え、かすかな寝息が聞こえてきた。
「ああよかった」
そう思ったとき、
「なんでこんな記憶があるのかな」
そう思った。そして、
「俺、生まれ変わったのか」
そんな言葉が出てきた。そしてそれが一番しっくりいくような気がした。そんなことをしばらく考えていたが、昼間の農作業の疲れもあってまた、すぐに寝入ってしまった。
それからしばらくして、教会で勉強を教わる日となった。小さな村ではあるが、村には小さい教会があり、年老いた神父さんと若いシスターがいた。そして、わずかなお金で週に1度、村の子供たちに勉強を教えていた。
内容は文字の読み書きと計算そして、教会の教えであった。それ以上のことは村の人間にはあまり必要でないので、というか神父さんもシスターもあまりわかっていないので、教えられないというのが実情であった。
強いていえば文字の読み書きもこの村ではあまり必要ではないが、これができないと、時折訪れる商人に騙されたりする恐れがあるのと、村では耕せる農地が限られているため、これ以上の人口を養えないため、村を出ていく若者たちが町へ行ったときに、仕事に就けるようにするためである。
ハルトは兄、姉、そして妹と一緒に教会に行った。村のみんなも来ていた。しばらくすると、神父さんとシスターが来て勉強が始まった。
兄と姉のような8歳から6歳くらいの子は、文字の読み書きに加えて計算、ハルトのような6歳から4歳くらいの子は文字や数字の読み書きであった。妹はまだ小さいので無理であったが、兄弟姉妹で1人だけ家に置いておくと、ぐずるので一緒に連れてきてハルトの隣で座っているのである。ちなみに兄8歳、姉6歳、ハルト4歳、妹2歳である。
窓の外を見ると、教会の敷地にある大きな木からは絶えず蝉の声が聞こえており、近くの家の間からは、一面の麦畑が見える。そして、そこを吹き渡る風が時折窓から流れてきて、心地よい涼しさを醸し出していた。
そんな風の匂いにまどろんでいた時に、ふいに違和感を覚えた。それまでは難しくてわからないと思っていた文字や数字が手に取るようにわかるのである。それどころか、少し離れたところにいる年上の組の勉強の内容までわかるのである。
「あれ」、「あれ」、「あれ」。「おれ、どうしたんだ」
そう思った。以前、風の香りを感じた時
「俺、生まれ変わったのか」
と思ったが、今回は、
「これって前世の記憶」
そう思った。
「前世の記憶なら少なくとも、東京出張をしていたのだから、大人になっていると考えると、文字の読み書きや計算ができても当たり前である」
そんなことを考えていたら、シスターから、
「ハルト君、どうかしたのですか」
と言われたので、そのことはまた夜に考えることにした。
遠くでは、丘の向こうに、みなみの山と呼ばれる山々、そしてそこから延びた嶺線の裾の森が見える。空には丸、三角時には獣の形のような雲が流れていく。時折空を飛ぶ鳥の声も聞こえてくる。ハルトは4歳。季節は夏、今日もコー村は平和である。
そんな時、「なぜか違う」そう思ってしまった。なぜと言われても、何となく、そう何となくである。しいて言うならば、「風の香り」とでも言おうか、そんな感じである。
しばらく、ぼうと突っ立って居たら、
「こら仕事しろ」
と父の声が飛んできた。あわててハルトはまた草取りの作業を再開するのであった。
一日が終わり、夜、布団に入ってから、昼間覚えた違和感を思い出してみた。
湿ったギラギラした風でない涼風、そして辺りの景色も、田んぼでない麦畑、舗装されたアスファルトではなく踏み固められただけの土の道、コンクリートでない藁と木の家、そんな言葉が自然と出てきた。
ギラギラした風、田んぼ、アスファルト、コンクリート、なんだ、それ、そう思ったとき、何となくではあるが、それらの言葉の意味が分かったような気がした。
遠い夏の日に重い鞄を肩から下げて、地下鉄の駅から出てきた自分が思い出されてきた。
見上げれば首が痛くなるような高いビルに囲まれたコンクリートジャングルの中で、憂鬱な気分を抱えながら額の汗をぬぐう。
この書類、説明に詰まったら、「また来ます」って言いたくないよな、ああ早く夕方にならないかな、そんな自分がいた。
東京出張、それはとてつもなく暗い言葉であった。前日までは資料作りの残業、当日は朝暗いうちから家を出て、家に帰るのは日付が変わってから、そして次の日はいつも通りの通常勤務。思い出すと涙がにじんできた。
にじんだ涙をぬぐって、体を起こして、隣を見ると、暗い中、うっすらと両親と兄と姉そして妹のシルエットが見え、かすかな寝息が聞こえてきた。
「ああよかった」
そう思ったとき、
「なんでこんな記憶があるのかな」
そう思った。そして、
「俺、生まれ変わったのか」
そんな言葉が出てきた。そしてそれが一番しっくりいくような気がした。そんなことをしばらく考えていたが、昼間の農作業の疲れもあってまた、すぐに寝入ってしまった。
それからしばらくして、教会で勉強を教わる日となった。小さな村ではあるが、村には小さい教会があり、年老いた神父さんと若いシスターがいた。そして、わずかなお金で週に1度、村の子供たちに勉強を教えていた。
内容は文字の読み書きと計算そして、教会の教えであった。それ以上のことは村の人間にはあまり必要でないので、というか神父さんもシスターもあまりわかっていないので、教えられないというのが実情であった。
強いていえば文字の読み書きもこの村ではあまり必要ではないが、これができないと、時折訪れる商人に騙されたりする恐れがあるのと、村では耕せる農地が限られているため、これ以上の人口を養えないため、村を出ていく若者たちが町へ行ったときに、仕事に就けるようにするためである。
ハルトは兄、姉、そして妹と一緒に教会に行った。村のみんなも来ていた。しばらくすると、神父さんとシスターが来て勉強が始まった。
兄と姉のような8歳から6歳くらいの子は、文字の読み書きに加えて計算、ハルトのような6歳から4歳くらいの子は文字や数字の読み書きであった。妹はまだ小さいので無理であったが、兄弟姉妹で1人だけ家に置いておくと、ぐずるので一緒に連れてきてハルトの隣で座っているのである。ちなみに兄8歳、姉6歳、ハルト4歳、妹2歳である。
窓の外を見ると、教会の敷地にある大きな木からは絶えず蝉の声が聞こえており、近くの家の間からは、一面の麦畑が見える。そして、そこを吹き渡る風が時折窓から流れてきて、心地よい涼しさを醸し出していた。
そんな風の匂いにまどろんでいた時に、ふいに違和感を覚えた。それまでは難しくてわからないと思っていた文字や数字が手に取るようにわかるのである。それどころか、少し離れたところにいる年上の組の勉強の内容までわかるのである。
「あれ」、「あれ」、「あれ」。「おれ、どうしたんだ」
そう思った。以前、風の香りを感じた時
「俺、生まれ変わったのか」
と思ったが、今回は、
「これって前世の記憶」
そう思った。
「前世の記憶なら少なくとも、東京出張をしていたのだから、大人になっていると考えると、文字の読み書きや計算ができても当たり前である」
そんなことを考えていたら、シスターから、
「ハルト君、どうかしたのですか」
と言われたので、そのことはまた夜に考えることにした。
15
あなたにおすすめの小説
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
召喚獣スライムに転生したが、美少女召喚士が自分のすごさにまったく気づかない
椎名 富比路
ファンタジー
美少女召喚士リップルに召喚される形で、スライムの【ロピ】ちゃんとして転生したヒロミ。
リップルは誰しも認める天才美少女召喚士で、召喚獣からも慕われている。
なのに、本人はまったく無自覚で、自分の力より召喚獣のほうが優秀だと思っている。
だが、ロピちゃん本人も、自分が最強だと気がついていなかったのである……。
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
{完結保証}規格外の最強皇子、自由に生きて無双する〜どこへ行っても、後世まで語られる偉業を残していく、常識外れの皇子〜
Saioonji
ファンタジー
母に殴られ、命を奪われた――そのはずだった。
だが目を覚ました先は、白く豪奢な王城の一室。
赤子の身体、仕えるメイド、そして“皇子”という立場。
前世では愛されず、名前すら価値を持たなかった少年が、
今度は世界の中心に生まれ落ちてしまった。
記憶を失ったふりをしながら、
静かに、冷静に、この世界を観察する皇子。
しかし彼の中には、すでに常識外れの思考と力が芽生えていた。
――これは復讐でも、救済でもない。
自由を求めただけの少年が、
やがて国を、歴史を、価値観そのものを揺るがしていく物語。
最強であることすら、彼にとってはただの前提条件だった。
重複投稿作品です
小説家になろうとカクヨムにも投稿しています。
【完結】発明家アレンの異世界工房 ~元・商品開発部員の知識で村おこし始めました~
シマセイ
ファンタジー
過労死した元商品開発部員の田中浩介は、女神の計らいで異世界の少年アレンに転生。
前世の知識と物作りの才能を活かし、村の道具を次々と改良。
その発明は村の生活を豊かにし、アレンは周囲の信頼と期待を集め始める。
ファンタジーは知らないけれど、何やら規格外みたいです 神から貰ったお詫びギフトは、無限に進化するチートスキルでした
渡琉兎
ファンタジー
『第3回次世代ファンタジーカップ』にて【優秀賞】を受賞!
2024/02/21(水)1巻発売!
2024/07/22(月)2巻発売!(コミカライズ企画進行中発表!)
2024/12/16(月)3巻発売!
2025/04/14(月)4巻発売!
2025/09/12(金)5巻発売!同日コミカライズ開始!
2026/03/16(月)コミカライズ1巻発売!
応援してくださった皆様、誠にありがとうございます!!
刊行情報が出たことに合わせて02/01にて改題しました!
旧題『ファンタジーを知らないおじさんの異世界スローライフ ~見た目は子供で中身は三十路のギルド専属鑑定士は、何やら規格外みたいです~』
=====
車に轢かれて死んでしまった佐鳥冬夜は、自分の死が女神の手違いだと知り涙する。
そんな女神からの提案で異世界へ転生することになったのだが、冬夜はファンタジー世界について全く知識を持たないおじさんだった。
女神から与えられるスキルも遠慮して鑑定スキルの上位ではなく、下位の鑑定眼を選択してしまう始末。
それでも冬夜は与えられた二度目の人生を、自分なりに生きていこうと転生先の世界――スフィアイズで自由を謳歌する。
※05/12(金)21:00更新時にHOTランキング1位達成!ありがとうございます!
レベルアップは異世界がおすすめ!
まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。
そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。
貞操逆転世界の「内助の功」~掃除と料理を極めた俺が、脳筋幼馴染を女王にするまで~
ありゃくね
ファンタジー
前世の記憶が目覚めたそこは、男女の貞操が逆転した異世界だった。
彼が繰り出すのは、現代知識を活かした「お掃除アイテム」、そして胃袋を掴む「絶品手料理」。 ただ快適に暮らしたいだけのマシロの行動は、男に飢えた女騎士たちを狂わせ、国の常識さえも変える一大革命へと繋がっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる