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第参章 武田軍侵攻、策略の章
第四十一節 戦国乱世で広がる格差社会
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「父上。
戦で儲けた銭[お金]が、すべての人々へ『公平』に行き渡っているとお思いですか?
「公平ではないだろうが……
ある程度は行き渡っているはずじゃ」
息子が言った質問の意味が、父にはよく分からないようだ。
「この戦国乱世は、100年以上に亘って続いています。
要するに……
公平でない状態のまま、非常に長い『時間』が経っているのです」
「息子よ。
多くの銭[お金]を得ている者と、わずかな銭しか得られない者との『格差』が広がっていると申したいのか?」
「その通りです。
大勢の人々が、こんな声を上げるようになりました。
『戦に加えて天変地異[自然災害のこと]でモノの値段が上がり……
生活は苦しくなるばかりぞ?
そもそも!
我々が貧しいのは、貧しい親から生まれたせいではないか』
と」
「富んだ親から生まれた子『だけ』が、豊かな生活を送れるのだな」
「御意。
『富んだ親から生まれない限り、死ぬまで貧しい生活を送ることが決まっているなど……
不公平であろう!』
と」
「子は親を『選べない』もの。
能力ではなく、どんな親から生まれてくるかで人生が決まるなど……
不公平も甚だしい話じゃ」
「こういう声も上げています。
『なぜ、こうなった?
理由は簡単ぞ!
富んだ者どもが、富を独占しているからではないか!』
と」
「富んだ一族だけが富を独占すること。
これは……
実力ある者から、実力を磨く努力を怠らない者から、富を掴み取る機会[チャンス]を『奪い取って』いるのと何ら変わりはない」
「『世襲[相続すること]』とは……
相手からモノを奪い取ることを制度にしたようなものなのでしょうか」
「うむ」
◇
「ところで。
今は亡き、我が妻が……
織田信長殿より教わったことなのですが」
「何を教わったと?」
「『戦で儲けられる銭[お金]は、大きく3つある』
と」
「3つか」
「1つ目は、戦に兵として『参加』することで得られる銭[お金]。
2つ目は、戦に必要なモノを『作る』ことで得られる銭。
3つ目は、戦に必要なモノを『売る』ことで得られる銭です」
「ほう……」
「まず1つ目。
100年以上も前に起こり、日ノ本に戦国乱世を齎したとされる応仁の乱ですが……
京の都の武器商人と、堺[現在の大阪府堺市]の武器商人の争いであったというのです」
「何っ!?
大名同士の争いではなく、『武器商人』同士の争いであったと申すのか?」
「はい。
京の都も、堺も、勝利のために手段を選びませんでした。
銭[お金]に物を言わせ、より多くの兵を確保しようとしました」
「応仁の乱は……
西軍で11万人、東軍で16万人も集まっていた。
『なぜ』合計で27万人も集められたのか、わしはずっと疑問に思っていたのじゃ」
「農兵[普段は農業の仕事をしていて戦争のときだけ兵士になる人々のこと]だけでは、集められる兵に限りがあります。
特に農作業のある時期は国元へ帰らねばなりませんから」
「それで武器商人どもは……
農作業をせずに戦だけを専門とする兵、『足軽』を登場させたのか」
「その通りです。
東西両軍で27万人もの兵が集まったのは、足軽が登場したからなのです。
農兵だけでこれほどの数を集めることはできません」
「ただ足軽には……
主への忠誠心どころか、武人たる誇りもないぞ?
元々は農兵と同じ、戦の素人である『民』に過ぎないのだからな」
「民の中でも、銭[お金]に釣られて湧き出た強欲な奴らでしょう?
何の罪悪感も抱かず敵へ寝返り、他人の家へ強盗に押し入り、平然と他人を傷付けるどうしようもない奴ら……
両軍の総大将すら手を付けられないほどに京の都の治安を悪化させました」
「治安の悪化で大勢の民が犠牲となった『責任』を強く感じた、両軍の総大将であった山名宗全と細川勝元は……
良心の呵責に苛まれた挙げ句、心の病まで患ってしまったと聞く。
だからこそ!
奴らには『秩序』というものを徹底的に叩き込まねばならんのじゃ」
「命令に一つでも逆らえば、その場で首を刎ね飛ばすくらいにでしょうか?
織田信長は……
行軍中の足軽が女子に触ったのを見ただけで、背後から一刀のもとにその首を刎ね飛ばしたとか」
「それくらいの『見せしめ』は必要であろう」
◇
「さて。
話を元に戻しますが……
この足軽は、大名にとって大変都合が良いものでした。
常に雇う必要がないからです」
現代の言葉を使うと……
足軽の増加は、『非正規雇用』の兵士の増加を意味する。
戦国乱世が続くほど、兵士の生活は不安定になっていたのだ。
◇
「次に2つ目ですが。
戦国乱世で、戦に必要なモノを作る仕事も一気に増えました。
槍や刀などの武器、身を守る盾、弓矢や弾丸などの消耗品、甲冑や衣服など……
その材料となる鉄や竹、木綿なども」
「うむ。
それらを作るための作業場が、次々に建てられたと聞く」
「父上。
銭[お金]を持つ者が、銭を投資して作業場を建てたのです」
「投資、か」
「こう考えられたことはありませんか?
人が生きるために必要なモノを作るのと、戦に必要なモノを作るのとでは……
まるで『訳が違う』と」
「訳が違う?」
「人の生活に必要なモノは常に使われますが、戦に必要なモノは戦でしか使われません」
「作業場で働く人々は……
戦があれば仕事はあるが、戦がなければ仕事はない。
戦国乱世が続くほど、人々の収入も不安定になっていたのか」
◇
「最後に3つ目ですが。
戦が起こると、戦に必要なモノの需要は一気に上がります。
結果として値段もまた一気に上がります。
ある者たちは、そこに商機を見出しました」
「戦のないときに安く買い、戦になって高くなったら売る商売であろう?」
「はい。
『転売』という商売です」
「銭[お金]を儲けるためなら、何でもありか」
「父上。
戦に必要なモノを作るための作業場が必要なように、戦に必要なモノを蓄えるには蔵[倉庫のこと]が必要です。
作業場を建てるにも、蔵を建てるにも、多くの銭が要ります」
「共通するのは……
富んだ者『だけ』が出来る商売ということだな。
富んだ者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなると」
「そうなのです。
長く続いた戦国乱世によって、格差は大きく広がってしまいました」
「……」
「父上。
人々はもう……
世襲で権力を独占する幕府や大名、同じく世襲で富を独占する者たちに何の期待も抱いていません。
待っているのは『英雄』です」
「英雄か」
「権力や富を独占する者を打倒し、実力に応じた機会を与えてくれる者を」
「……」
「父上、然り。
そして……
織田信長、然り」
「息子よ。
もう『一つ』、忘れていないか?」
「もう一つ?」
「石山[現在の大阪市中央区]の地で第三の武器商人として台頭しつつある……
あれよ。
撤退する朝倉軍に代わって織田信長の大軍を釘付けにできる勢力は、あれしかいない」
「ま、まさか!」
「浄土真宗・本願寺教団、石山本願寺。
民から絶大な人気を得ている『教団』じゃ」
「ち、父上!
織田信長の大軍を釘付けにするために……
あの教団と『手を組む』と仰るのですか?」
「それしかあるまい」
◇
浄土真宗・本願寺教団。
一向宗とも呼ばれるこの教団は、まず加賀国[現在の石川県]で勢力を拡大した。
加賀国は代々……
富樫一族が幕府より大名に任命され、その支配を任されていた国である。
応仁の乱も終盤に差し掛かった頃。
この富樫一族は兄弟で醜い身内争いを起こし、兄は弟に敗北して大名の地位を失ってしまう。
それでも何とか大名の地位に返り咲きたい兄は、民から絶大な人気がある教団に目を付けた。
なぜ教団が絶大な人気を得ていたかについては……
民が語る内容を聞けば容易に理解できることではあるが。
「念仏さえ唱えれば、誰でも極楽へ行けるらしいぞ!
あとは何でも『自由』にして良いのじゃ!」
「真か?
こんなに楽で、簡単で、面白い話はないではないか!」
と。
兄はこう考えた。
「絶大な人気により、教団の拠点・吉崎御坊[現在の石川県あわら市]には大勢の民が押し寄せている。
これを兵として雇ってはどうだろう?
圧倒的な優位に立てるぞ!」
目先のことしか頭にない愚かな兄は、教団と『手を組む』ことを決断する。
大量の兵士を確保することに成功し……
そして、弟との最終決戦に勝利した。
兄は念願の大名に返り咲いたが、ここで大きな問題に直面してしまう。
「雇っていた大量の兵たちをどうする?」
と。
【次節予告 第四十二節 教団へ挑む、類まれなる武人】
「ふざけるなっ!
権力者や富んだ者どもは、また権力や富を独占するつもりなのか!」
加賀国の大名・富樫一族の醜い身内争いに兵士として加わった大勢の『民』が、激しい怒りを剥き出しにするのです。
戦で儲けた銭[お金]が、すべての人々へ『公平』に行き渡っているとお思いですか?
「公平ではないだろうが……
ある程度は行き渡っているはずじゃ」
息子が言った質問の意味が、父にはよく分からないようだ。
「この戦国乱世は、100年以上に亘って続いています。
要するに……
公平でない状態のまま、非常に長い『時間』が経っているのです」
「息子よ。
多くの銭[お金]を得ている者と、わずかな銭しか得られない者との『格差』が広がっていると申したいのか?」
「その通りです。
大勢の人々が、こんな声を上げるようになりました。
『戦に加えて天変地異[自然災害のこと]でモノの値段が上がり……
生活は苦しくなるばかりぞ?
そもそも!
我々が貧しいのは、貧しい親から生まれたせいではないか』
と」
「富んだ親から生まれた子『だけ』が、豊かな生活を送れるのだな」
「御意。
『富んだ親から生まれない限り、死ぬまで貧しい生活を送ることが決まっているなど……
不公平であろう!』
と」
「子は親を『選べない』もの。
能力ではなく、どんな親から生まれてくるかで人生が決まるなど……
不公平も甚だしい話じゃ」
「こういう声も上げています。
『なぜ、こうなった?
理由は簡単ぞ!
富んだ者どもが、富を独占しているからではないか!』
と」
「富んだ一族だけが富を独占すること。
これは……
実力ある者から、実力を磨く努力を怠らない者から、富を掴み取る機会[チャンス]を『奪い取って』いるのと何ら変わりはない」
「『世襲[相続すること]』とは……
相手からモノを奪い取ることを制度にしたようなものなのでしょうか」
「うむ」
◇
「ところで。
今は亡き、我が妻が……
織田信長殿より教わったことなのですが」
「何を教わったと?」
「『戦で儲けられる銭[お金]は、大きく3つある』
と」
「3つか」
「1つ目は、戦に兵として『参加』することで得られる銭[お金]。
2つ目は、戦に必要なモノを『作る』ことで得られる銭。
3つ目は、戦に必要なモノを『売る』ことで得られる銭です」
「ほう……」
「まず1つ目。
100年以上も前に起こり、日ノ本に戦国乱世を齎したとされる応仁の乱ですが……
京の都の武器商人と、堺[現在の大阪府堺市]の武器商人の争いであったというのです」
「何っ!?
大名同士の争いではなく、『武器商人』同士の争いであったと申すのか?」
「はい。
京の都も、堺も、勝利のために手段を選びませんでした。
銭[お金]に物を言わせ、より多くの兵を確保しようとしました」
「応仁の乱は……
西軍で11万人、東軍で16万人も集まっていた。
『なぜ』合計で27万人も集められたのか、わしはずっと疑問に思っていたのじゃ」
「農兵[普段は農業の仕事をしていて戦争のときだけ兵士になる人々のこと]だけでは、集められる兵に限りがあります。
特に農作業のある時期は国元へ帰らねばなりませんから」
「それで武器商人どもは……
農作業をせずに戦だけを専門とする兵、『足軽』を登場させたのか」
「その通りです。
東西両軍で27万人もの兵が集まったのは、足軽が登場したからなのです。
農兵だけでこれほどの数を集めることはできません」
「ただ足軽には……
主への忠誠心どころか、武人たる誇りもないぞ?
元々は農兵と同じ、戦の素人である『民』に過ぎないのだからな」
「民の中でも、銭[お金]に釣られて湧き出た強欲な奴らでしょう?
何の罪悪感も抱かず敵へ寝返り、他人の家へ強盗に押し入り、平然と他人を傷付けるどうしようもない奴ら……
両軍の総大将すら手を付けられないほどに京の都の治安を悪化させました」
「治安の悪化で大勢の民が犠牲となった『責任』を強く感じた、両軍の総大将であった山名宗全と細川勝元は……
良心の呵責に苛まれた挙げ句、心の病まで患ってしまったと聞く。
だからこそ!
奴らには『秩序』というものを徹底的に叩き込まねばならんのじゃ」
「命令に一つでも逆らえば、その場で首を刎ね飛ばすくらいにでしょうか?
織田信長は……
行軍中の足軽が女子に触ったのを見ただけで、背後から一刀のもとにその首を刎ね飛ばしたとか」
「それくらいの『見せしめ』は必要であろう」
◇
「さて。
話を元に戻しますが……
この足軽は、大名にとって大変都合が良いものでした。
常に雇う必要がないからです」
現代の言葉を使うと……
足軽の増加は、『非正規雇用』の兵士の増加を意味する。
戦国乱世が続くほど、兵士の生活は不安定になっていたのだ。
◇
「次に2つ目ですが。
戦国乱世で、戦に必要なモノを作る仕事も一気に増えました。
槍や刀などの武器、身を守る盾、弓矢や弾丸などの消耗品、甲冑や衣服など……
その材料となる鉄や竹、木綿なども」
「うむ。
それらを作るための作業場が、次々に建てられたと聞く」
「父上。
銭[お金]を持つ者が、銭を投資して作業場を建てたのです」
「投資、か」
「こう考えられたことはありませんか?
人が生きるために必要なモノを作るのと、戦に必要なモノを作るのとでは……
まるで『訳が違う』と」
「訳が違う?」
「人の生活に必要なモノは常に使われますが、戦に必要なモノは戦でしか使われません」
「作業場で働く人々は……
戦があれば仕事はあるが、戦がなければ仕事はない。
戦国乱世が続くほど、人々の収入も不安定になっていたのか」
◇
「最後に3つ目ですが。
戦が起こると、戦に必要なモノの需要は一気に上がります。
結果として値段もまた一気に上がります。
ある者たちは、そこに商機を見出しました」
「戦のないときに安く買い、戦になって高くなったら売る商売であろう?」
「はい。
『転売』という商売です」
「銭[お金]を儲けるためなら、何でもありか」
「父上。
戦に必要なモノを作るための作業場が必要なように、戦に必要なモノを蓄えるには蔵[倉庫のこと]が必要です。
作業場を建てるにも、蔵を建てるにも、多くの銭が要ります」
「共通するのは……
富んだ者『だけ』が出来る商売ということだな。
富んだ者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなると」
「そうなのです。
長く続いた戦国乱世によって、格差は大きく広がってしまいました」
「……」
「父上。
人々はもう……
世襲で権力を独占する幕府や大名、同じく世襲で富を独占する者たちに何の期待も抱いていません。
待っているのは『英雄』です」
「英雄か」
「権力や富を独占する者を打倒し、実力に応じた機会を与えてくれる者を」
「……」
「父上、然り。
そして……
織田信長、然り」
「息子よ。
もう『一つ』、忘れていないか?」
「もう一つ?」
「石山[現在の大阪市中央区]の地で第三の武器商人として台頭しつつある……
あれよ。
撤退する朝倉軍に代わって織田信長の大軍を釘付けにできる勢力は、あれしかいない」
「ま、まさか!」
「浄土真宗・本願寺教団、石山本願寺。
民から絶大な人気を得ている『教団』じゃ」
「ち、父上!
織田信長の大軍を釘付けにするために……
あの教団と『手を組む』と仰るのですか?」
「それしかあるまい」
◇
浄土真宗・本願寺教団。
一向宗とも呼ばれるこの教団は、まず加賀国[現在の石川県]で勢力を拡大した。
加賀国は代々……
富樫一族が幕府より大名に任命され、その支配を任されていた国である。
応仁の乱も終盤に差し掛かった頃。
この富樫一族は兄弟で醜い身内争いを起こし、兄は弟に敗北して大名の地位を失ってしまう。
それでも何とか大名の地位に返り咲きたい兄は、民から絶大な人気がある教団に目を付けた。
なぜ教団が絶大な人気を得ていたかについては……
民が語る内容を聞けば容易に理解できることではあるが。
「念仏さえ唱えれば、誰でも極楽へ行けるらしいぞ!
あとは何でも『自由』にして良いのじゃ!」
「真か?
こんなに楽で、簡単で、面白い話はないではないか!」
と。
兄はこう考えた。
「絶大な人気により、教団の拠点・吉崎御坊[現在の石川県あわら市]には大勢の民が押し寄せている。
これを兵として雇ってはどうだろう?
圧倒的な優位に立てるぞ!」
目先のことしか頭にない愚かな兄は、教団と『手を組む』ことを決断する。
大量の兵士を確保することに成功し……
そして、弟との最終決戦に勝利した。
兄は念願の大名に返り咲いたが、ここで大きな問題に直面してしまう。
「雇っていた大量の兵たちをどうする?」
と。
【次節予告 第四十二節 教団へ挑む、類まれなる武人】
「ふざけるなっ!
権力者や富んだ者どもは、また権力や富を独占するつもりなのか!」
加賀国の大名・富樫一族の醜い身内争いに兵士として加わった大勢の『民』が、激しい怒りを剥き出しにするのです。
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