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真栄城家の敷居

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「無理、無理、無理、無理、無理、無理、無理、無理、絶対に無理!俺、家に帰ります。飛鳥さん。引き返して下さい。」

フォルクスワーゲンの後部座席で、麻琴は激しく抗った。しかし、車は止まらない。

「ワッハハハハハハハハハ!引き返す。それこそ、無理でございま~~~~~す。真栄城家のご自宅までの片道運転分のガソリンしか入っておりまっせん!」

「ま、マジ?」

麻琴は千鶴に聞くと。ゆっくりと頷いた。

「家のお父さん、このフォルクスワーゲンがリッター何米何メートルで走れて、どのくらいのガソリンを使えば目的地と家を往復できるか計算するのが趣味なの。前の白のメルセデス・ベンツもそう。毎日、東京でエンストしないかヒヤヒヤしながら車に乗ってたわ。」

「私、その車に乗るの、慣れましたぁ~~~~~~~~~~~~ぁ」

テノール歌手のような歌声を車内に響かせ運転手が能天気に囀ずる。

「うるさいの!飛鳥!」

『あぁ、今日は千鶴とよろしくやれると思っていた自分がバカだった・・・』

「昨日、家族会議があったの。麻琴と私の将来について。」

「しょ?将来?」

「そうなの。私は・・・行き着く先はあなたと・・・その、結婚したいって。言ったの。子供だって三人は欲しいって。」

「は、はぁ・・・いいねその決断力。」

「その時、病院であなたと抱き合った写真も見せられたの・・・」

「えっ!抱き合った写真?どんなの?何枚くらい?」

「私達が愛し合ってる姿・・・百枚ぐらいは・・・すっごく、恥ずかしくて。」

千鶴は両手を顔で覆ってうつむいた。

「裸かよ!しかも、最後までシてないのに!俺、君の両親に殺される。真栄城さんに夫婦に殺される。」

「私、傷物だって言われて・・・」

「いいや、立派な生娘でございます。俺が証明します。何にもなかったと。」

「写真を撮ったのは・・・飛鳥。」

「ええっ!マジでか!飛鳥さん、殴っていい?」

「iPhoneで動画も撮影いたしまして~~~~~~~~~ご家族にご提供いたし~~~~ました~~~~~~~~。ワッハハハハハハハハハ!ワッハハハハハハハハハ!千鶴様と麻琴様との~~~~~~~既成事実を~~~~~作る~~~~~ためにぃ~~~~。良いことを~~~~~~~しましたぁ~~~~~~。」

悔しさなのだろうか?恥ずかしさなのだろうか?彼女の目に涙が浮かんでは零れ浮かんでは零れた。

「飛鳥!黙ってろ!盗撮じゃねぇか!ちづだって、泣いてるじゃねぇか!犯罪だぜ!この野郎!」

フォルクスワーゲンが、『キキッ!』っと、急ストップすると運転席からヌッとバカでかい飛鳥の顔と太い首が麻琴の目の前10センチ以内に鎮座した。怖い!と彼は思った。

「どこの馬の骨が分からぬヤツがヌケヌケと入れるほど、真栄城家の敷居は低くねぇんだよ。千鶴お嬢様を傷物にした代償はてめぇの東大合格でチャラにしてやるって言ってるんだよ!ありがたいと思えよ!平民!」

先程までのテノール声と違う、腹の底から鳴り響く重低音で飛鳥はドスを利かせた。

「飛鳥!うるさいよ!」

千鶴は争ったが、麻琴はぐうの音も出なかった。ただただ、恐怖しかなかった。

「合格するんだな!合格!受けるんだろ!東大!」

飛鳥は暴力には訴えかけようとせず、ひたすら声で威圧する。

「飛鳥!麻琴が怖かってるでしょう?分からないの?もう、いいから!」

「どうなんだよ!」

飛鳥は怒鳴った!

「は、はい!受けます!合格はできるか分かりませんが、頑張ります!」

余りの恐しさで、そう口走ってしまった。一生分の恐怖をこの30分程で味わってしまったようだ。背中に酷く汗を掻き、胸が潰れそうだった。

「ありがとうございま~~~~~~す。根路銘麻琴様、ご納得で~~~~~~~~~~す。お車、発車しま~~~~す。ワッハハハハハハハハハ!ワッハハハハハハハハハ!」

飛鳥はいつもの調子に戻った。

千鶴が麻琴の左腕を強く掴み、耳元で囁いた。彼女の強い意志が感じられる。強い重み。

「私は立教大学でも、精京大学でもどこでいいの。好きになったヒトの傍にいたいだけ・・・」

麻琴の瞳に仄かな光が灯った。真紅の彩りだ。何を躊躇っているのか。大人達から言われる前に自分の方から何故、言えなかったのか?

愛している千鶴の傍にいたい。そのために同じ大学に進学する。それが東京大学でも精京大学でも違いはない。

千鶴と頭の出来が違うなら俺は努力する。すぐに彼女に追いつく。絶対に追いつく。

「俺、東京大学受験する。」

今度は麻琴が強い意志を持って千鶴の手を握った。震えながら、彼女は手を握り返してくる。大きな瞳からはポロポロと大粒の涙が零れ、頬を伝った。

運転席の飛鳥もハラハラと泣き腫らしていた。

間もなく、真栄城邸に着く。

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