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【本編】
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しおりを挟むちょっと待って、何この展開。
数分前まではちょっと真面目な話してたはずなのに、何でこんなことになってるの?
「ちょ、待……! 玖朗ッ?」
「待たない待てない待つのやーめた。なあ涼二お願い触らせて?」
「いやいやいやいや! 全然話が繋がってないから、唐突過ぎるからッ?」
逃げ出そうとかさかさもがく腹に、腕が回ってくる。
ギプスの左腕。
暴れてまたへし折れたらどうしようと一瞬だけ考えて硬直、その隙を狙ったように右腕も腹に回ってきた。
背中からぴったりくっ付かれ、こめかみを冷や汗が伝う。
どくどく心臓が煩いのは、酔いの所為だけじゃない。
「繋がってるだろ。またたび食らった猫みてーなお前に、オレが欲情。な?」
「な、じゃねーだろ人が真面目に喋ってんのに茶化してばっかでムカつく死ねよもう相手してらんねーよこのばか離せよもう」
ぶうぶう悪態を吐きながらも絡んで腕を解こうとするけど、如何せん腕に力が入らない。
くらげみたいにふにゃふにゃして身体に力が入らない。
爪先がかりかり池田の指を引っ掻くけど、拘束の指はぴくりともしない。
耳の真後ろから忍び笑う吐息が聞こえる。
俺はすっかり怒髪天だというのに、この幸福そうな笑みは何だろう。
うっかり毒気を抜かれて抵抗の手を止めると、それを見計らったように右手の指が左手に絡んできた。
あやすように指と指が絡んで、手と手が組み合わさって、撫でるように離れてはまた近付いてくる。
甲を、手首を、掌を、じゃれ付くように撫でてくる。
柔らかなその仕草は、ムカついているのに心地好く感じる。
「涼二、頼むから」
甘えるような声が鼓膜を振るわせる。
擦り寄ってくる体温に眩暈がする。
密着してくる身体の感触が、何でこんなに心地好いんだろう。
「……何でアンタすぐ話がこっちに向かうんだよ。これ完璧セクハラだろ」
「セクハラだよ。お前が出し惜しみする所為でこっちは飢えっぱなしなんだよ。嫌なら素直に身体開けよ」
「無茶言うなよ」
「無茶じゃねえだろ。オレに触られんの、大分慣れてきたろ?」
それは、図星だ。
リビングでべったり寄り添って過ごすのも、出先で戯れに肩を抱かれるのも、最初よりはずっと慣れた。
気色悪いと口をついていた言葉がいつの間にか出なくなって、なんとも思わなくなって、それどころか心地好いと感じる時すらある。
ゆるゆる絡んでくるこの指だって、そうだ。
男二人がベッドに転がって密着して手繋いでるって……想像しただけでも寒い光景だと思うのに、撫でてくる指を心地好いとも思う。
もっととまでは思わないけど、暫く続けて欲しいくらいは思う。
確かに慣れはした。
というより、慣らされたといった方が正しい。
池田は隙あらば手を伸ばしてきて、頭に頬に肩に腕に指先に、当たり前のように触ってきていたから。
……とはいえ、それとこれとじゃ話が別だ。
やらせろと開けっぴろげに言ってくる池田の言葉の意味が、処理じゃないことはもう分かっている。
裸になって絡み合って快楽を追う、処理じゃなくてセックスがしたいんだと池田は言っている。
池田のことは嫌いじゃない。
だからといって、その要望に応えられるか否かはまた別の話だ。
池田が俺にしてきたようなことを、俺がし返してやることは出来ない。
これは、好きとか嫌いとか、そういう問題じゃない。
「お前はオレに触んなくて良いよ。嫌なら目瞑って転がっててくれりゃ良い、オレが勝手に触るから。ま、贅沢言うならちょっとくらいはくっ付き返して欲しいけど、この際そこまで要求しねえよ。だから、な?」
「……」
ひそひそ呼びかけてくるその吐息がもうくすぐったい。
猫なで声であやしてくるその声に、背筋がぞわぞわする。
「どうしてもどうしても無理って言ったらやめるし。限界まで耐えてもう無理もうやだって言ったらそれ以上何もしねえよ。それでも駄目? どうしてもやだ?」
「……」
どうしてもやだと言えば、背中にくっ付いてくるこの身体は素直に離れるんだろうか?
というよりそもそも、あんな綺麗な彼女が居るくせに何だって俺に擦り寄ってくるんだろう。
足のギプスが取れたんだから、もうどこへでも好きなところへ歩いていけるだろうに。
自由に歩けるようになったのに、それでも部屋に篭ってリビングで慣れないゲームに勤しむ理由は?
……分からない。
ソファに転がってぽちぽち画面を小突き続ける池田は、ともすればすぐにぱたんとゲーム機を閉じてしまう。
つまらないというわけではないようだけど、多分じっとおとなしく遊び続けられるような性格じゃないんだろう。
テレビに飽きたらゲーム、その間にメールでちょっかいをかけてきて、時々部屋に篭って何かやってる。
俺が借りてきてやった本はすっかり読みきってしまったらしく、最近は広げている姿を見ない。
退屈しのぎの少ない部屋で、活動的な池田には腐ってしまいそうな環境で、それでも池田は部屋の中に留まり続けている。
足はもうすっかり治って、行こうと思えばどこへだって行けるのに。
遊び相手はテレビとゲーム機と、俺。
完結した二人だけの世界。
「涼」
「あー、もうっ」
苛々とした所為で、舌打ちが零れた。
これは多分、遊びだ。
この部屋の中での池田の遊び相手は、テレビとゲーム機と、俺。
本を読み終えて、テレビに飽きて、ゲームに没頭しきれない池田は、多分俺で遊びたくて仕方が無いんだろう。
甘えた声で擦り寄ってくるのは、構えと懐いてくる猫と一緒だ。
払っても払っても、性懲りもなくまた寄ってくる。
構われるまで何度でも。
「……本当に、もうやだって言ったら止めろよ?」
ぽつりと念を押すと、指を弄んでいた手が止まった。
「あと、俺に何かを期待するな。知識はあっても経験が無い」
堂々と童貞をひけらかすのは気が引けるけど、仕方が無い。
何かしろと言われても抵抗するための、大事な布石だ。
払い続けても無駄なら、何となく大らかな気分で居られるときに相手をしてしまった方がいい。
逃げ切れるかどうかも分からない、いつ切れて無理矢理組み敷かれるか分からない、そんな日々に怯えて過ごすくらいなら、嫌だと言えば止めてやると言ってくれている間に素直に頷いてしまった方がお利巧だ。
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長い目で見れば、これは保身だ。
怖い目に遭わないための。
「本当に転がってるだけだからな、多分つまんないからな」
そうだ。
三日に一度、犬にでも噛まれたと思ってやり過ごせばいいと、数日前にそう決意したじゃないか。
よくよく考えてもみれば、目瞑って転がってるだけですっきり解消してもらえるんだ、考えようによってはラッキーラッキー……
……いや、流石にそこまでお頭の軽い前向きさは持てない。
さくっと抜いて抜かれてだけならどれだけ良かっただろう。
初っ端、処理してくれと訴えてきた池田に「いいよー」と返事をしなかった過去の己が憎い。
あの時あっけらかんと奴の要望に応えてやっていれば、今こんな目には遭っていなかっただろうに。
子供の遊びじゃなくて、大人の遊びがしたい池田。
子供の俺に、それに付き合えと強要してくる池田。
池田って、ほんと最低の男だ。
何で俺がこんな目に。
「それから、」
「了解了解、全部承知しました。無理強い厳禁、取扱要注意ってな」
言い終えるよりも先に、うなじに唇が吸い付いてきた。
からかうような声にむっとして顔を上げると、今度は頬にキスされた。
啄ばむ音が部屋の中に小さく響く。
拘束が解けて、また池田が腹の上に乗りあがってきた。
うっとりとした微笑が月明かりに照らし出される。
状況も忘れて、うっかりそれに見惚れた。
池田は本当に綺麗な顔をしている。
こんな綺麗な人間が、自覚もなく自分をないがしろにしているなんて嘘みたいだ。
遊ぶものを見つけた灰色の目が、愉悦に煌めいているように見える。
ふと、背筋にささやかな悪寒が走った。
怖いのを思い出した。
どうしよう。
大らかな気分だろうがなんだろうが、やっぱり怖いものは怖い。
ゆるりと上着を脱ぎ捨てるその動作に、指先が震える。
と、上体を晒した池田が、お行儀良く両手を合わせた。
「いただきます」
ぽつりと呟いた言葉に、思わず吹き出してしまった。
捕食者と被捕食者。
何となくそれは分かっていたけど、こうもあからさまに「いただきます」をされてしまうと、怖いを通り越して笑いが漏れた。
おどけた仕草が、怯えた俺に気付いた故のものなのかは分からないけど、身体から力が抜けた。
「……あんまし怖いことしないでね、ダーリン?」
虚勢とはいえ、こんな軽口が叩ける程度には。
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