60 / 96
【本編】
60
しおりを挟むぴろぴろと、軽快な着信音で目が覚めた。
扉を閉じて突っ伏して、そのまま力尽きて眠ってしまったらしい。
人間疲れていると、しゃちほこみたいな格好でも眠れるんだとちょっと驚き。
しっかり握り締めていた携帯電話が、手の中でぴかぴか光っている。
緩慢な動きでそれを開き、届いたメールを開封すると同時に、思考が凍り付いた。
『生きてる?』
たった一言の短い問いかけ。
差出人は、相変わらずの「池田玖朗」。
知らない間に池田は目を覚まし、俺がいないことに気付いたらしい。
逃げたのか、と問いかけてくることをしないということは、ある程度この事態を想像していたのかもしれない。
返事をした方が良いんだろうか?
けど、そんな義理はない。
あれだけやめてくれと訴えたのに、それを一つも聞き入れなかったのは池田だ、悪いのは池田のはずだ。
そう思うのに、気付けば指が返信ボタンを押していた。
真っ先に生存を確認してくるということは、一応心配しているということだ。
そういえば、この前の朝もベランダから飛ばないようにと手錠でベッドに括り付けられていた。
俺の精神状態を気にするくせに、いざベッドの中では好き放題に暴れるとか……池田は大変矛盾している。
そんな矛盾に付き合うこっちの身にもなって欲しい。
絆されてしまっていいのか完全に突き放していいのか、判断に困る。
『いきてる』
送信。
ぱたんと携帯を閉じると、どっと疲れた気分になった。
やってしまった、という遣る瀬無いどろりとした後悔が腹の底に波打つ。
姿を見せない癖に、生存確認のメールに生きていると返事をした……これで完全に、今後は日陰の生活だ。
いったん逃げ出したら最後、池田の目に付くところに入れば捕まって足ちょん切られて監禁される。
それは飽くまでも例えの話だけど、そう脅されている以上は池田の視界に入るわけにはいかない。
……ていうか、散々酷い目に遭わせておいて逃げ出したら許さないとか、一体どれだけ上から目線なんだよムカつく。
魔王様はとにかく命令すればいい、脅せばいいと思っているのかもしれないが、俺だって意思ある一人の人間だ。
頭から押さえつけられたら反抗したくもなる。
そこの所を池田は分かっていない。
小間使いに人権はないと考えたそれが、池田が家政夫に逃げられることになった一番の原因だ。
……本人がそれに気付くかどうかは分からないけど、出来れば気付いて海より深く反省すればいい。
と、また携帯が鳴った。
『身体の具合は?』
『さいあく死ね馬鹿この強姦魔』
送信。
反省しろ反省しろ、いたいけな高校生を手篭めにしてしまったその事実に、地面にめり込むくらい反省すればいい。
さっさと返事をして、それからふと思考が止まった。
手篭め。
さらりと当然のように頭に浮かんだ単語が、脳味噌の片隅に引っかかった。
あれはまさに、手篭めだ。
以前の見解を訂正しないといけない。
穴がなくともセックスは出来ると思っていたけど……そうじゃなかった、男にも穴はあった。
全く用途は違うけど、突っ込むことの出来る穴が。
「……おかまを掘るって、ああいう意味かあ……」
ぽつりと呟くと、何だかどっと落ち込んだ。
車の追突を「おかまを掘る」というけど、おそらくその語源に当たる行為を実感して、薄ら暗い気分になった。
おかま。
そうだ、俺はおかまになったんだろうか。
ちんこで内臓引っ掻き回されて、痛くて泣き喚きはしたけど……本当に本当に不本意ながら、痛いだけじゃなかった。
いや違う殆どは痛かった。
九割九分九厘は痛みばかりだった。
けど痛みの向こうにそれとは違う感覚が、ちょっとだけ顔を覗かせて「いるよ」と控えめに手を振っていた。
普通は違うよな?
普通なら、普通の男なら、十割痛いで終わるはずだ。
ということは、俺は……おかま?
「……いやだ」
おかまになりました、なんて、兄貴になんて説明すればいいんだ。
人様から後ろ指さされる人生なんて嫌だ。
折角兄貴が立派な社会人になってくれたのに、片山さんちの次男坊はおかまなのよーなんてご近所様に噂されるのは耐えられない。
俺は普通に生きて、普通に死ぬ予定だったのに……老後は布団の上でひっそり老衰する予定だったのに、何でこんなことに。
「!」
また着信。
『反省してるって言ったら、帰ってくる?』
思いがけない弱音めいた文面に、思考が止まった。
これは、帰ってくるなら反省するという意味か?
池田は俺に、帰ってきて欲しいんだろうか?
逃げたら許さないとは言ったけど、逃げて欲しくないとは言われていない。
許しはしないけど、去る者は追わない主義だと、そんな風に言っていると思っていたけど……この文面からしてみれば、戻ってきて欲しいと言っているように見える。
本当はまだ同じ部屋の中にいるんだけど、そのことには気付いていないんだろう。
帰らないよばーか! と返したいのに、どうしてだか指が動かない。
同じ文面を何度も何度も読み直して思案、それでも返す言葉が見付からない。
散々悩んで、迷い迷いボタンを押す。
『もう二度としませんって誓ったら帰るかも』
『あと九十九万九千九百九十九回やった後じゃないと、誓えない』
「……」
速攻で返ってきた内容に絶句。
この男、しおらしいこと言ってるふりしながら、その実全然反省していない。
俺が逃げたその後ですら、ちゃっかり百万回いたす気でいる。
駄目だ。
今出て行ったらまた犯される。
隙を見て本当に逃げよう。
『そういう相手は他所当たってください俺は女じゃない』
送信。
返事はすぐに来た。
リビングのソファに悠々転がって携帯を操る池田の姿が目に浮かぶようだ。
テレビは点いているんだろうか?
ここからじゃよく分からない。
リビングで四六時中労働させられているテレビは、画面こそ賑やかだけど、音はそんなに煩くない。
台所に立てば耳を澄まさなければはっきり何を喋っているか聞き取れない程度だった。
着信。
『男だってわかってる
発展途上のお宝も拝見したし』
……発展途上は余計だ。
真面目な話をしているつもりだったけど、ただ単に俺は馬鹿にされているだけなのかもしれない。
ぎりぎり歯軋りしながら、憎たらしい文面を睨む。
そりゃあ、あっけらかんとポークビッツだなどと例えられるくらい自慢のお宝を持つ人間からすりゃ、俺の相棒は発展途上だろうとも。
けど。
「……」
男だって分かってる、という部分が引っかかる。
そういえば昨夜も、やけに慣れてる風だった。
やる側からしてみれば、相手が男だろうが女だろうがあまり関係ないのかもしれないけど、何となく引っかかる。
迷いながらもかこかこ文章を紡ぎ、送信。
『男とやったことあんの』
『あるよ
ダチにゲイが居る
そいつで練習した』
「……練習?」
練習で男とエッチしようなんて、どれだけ好奇心旺盛なんだろうか。
ゆらゆら女が居るくせに、本当にこの男は節操がない。
いや、練習と称して相手をするそのオトモダチとやらも節操がない。
節操無しの友達は節操無しか。
類は友を呼ぶなのか。
いやそれ以前に、普通に生きていて彼女が居れば、男といたすことなどまず無いはずだ。
それなのに練習ってのもおかしな話じゃないか?
練習しようと思い立つ、その意味が分からない。
『両刀使いになるための練習ですか』
節操無しは節操なく際限なく人生を楽しむために、女だけじゃなく男を相手にレッスンレッスン?
……理解できない。
俺には理解できない。
もしゆらゆら女が俺の彼女なら、超大事にすると思う。
ちょっと絡み酒っぽいけど、あの顔と身体と可愛い仕草の前じゃ鼻息で吹き飛ばせる程度の引っかかりだ。
それなのに、可愛い彼女だけでは飽き足らず男相手の練習なんて……心底見損なう、男として。
『違う
遅かれ早かれ男抱く予定があったから
そのための、練習
大失敗やらかして怪我させるわけにもいかないだろ?』
開いたメールに、頭の中で疑問符が弾けた。
予定があっての練習なら、まだ分からないこともない。
それでもゆらゆら女に対しては大変不誠実だと思うけど。
けど、普通に生きてて「男を抱く予定」なんて入るもんだろうか?
俺はまだ童貞だし彼女の一人も出来たためしがないけど、この先男を抱く予定はない。
それだけは絶対にない。
それなのに、予定って……
まるで誰か、狙いを定めた相手が居るような言い方だ。
「……誰?」
「お前だよ」
ぽつりと呟くと同時に、暗闇に光が差した。
「ッ!」
身体が飛び上がった。
ぎしりと蝶番の軋む音。
いや、俺の関節が軋む音かもしれない。
壊れかけのブリキみたいなぎこちない音と共に頭上を振り仰げば、光を背に池田が笑っていた。
獲物を見つけた獣の目?
いや違う、ただ単に状況を楽しんでいるだけの子供の目だ。
「また色っぽい格好で寝そべっちゃって。襲ってくれと言わんばかりだな……クローゼットのドラえもん?」
「……」
そういえば、パンツはくのも忘れてた。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
孤独な蝶は仮面を被る
緋影 ナヅキ
BL
とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。
全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。
さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。
彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。
あの日、例の不思議な転入生が来るまでは…
ーーーーーーーーー
作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。
学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。
所々シリアス&コメディ(?)風味有り
*表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい
*多少内容を修正しました。2023/07/05
*お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25
*エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
必ず会いに行くから、どうか待っていて
十時(如月皐)
BL
たとえ、君が覚えていなくても。たとえ、僕がすべてを忘れてしまっても。それでもまた、君に会いに行こう。きっと、きっと……
帯刀を許された武士である弥生は宴の席で美しい面差しを持ちながら人形のようである〝ゆきや〟に出会い、彼を自分の屋敷へ引き取った。
生きる事、愛されること、あらゆる感情を教え込んだ時、雪也は弥生の屋敷から出て小さな庵に住まうことになる。
そこに集まったのは、雪也と同じ人の愛情に餓えた者たちだった。
そして彼らを見守る弥生たちにも、時代の変化は襲い掛かり……。
もう一度会いに行こう。時を超え、時代を超えて。
「男子大学生たちの愉快なルームシェア」に出てくる彼らの過去のお話です。詳しくはタグをご覧くださいませ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる