凶悪ハニィ

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【本編】

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 無性に池田に会いたくなった。
 いま会いたい。
 電話じゃなくて、メールじゃなくて、顔を見てさくらに会った話がしたい。
 公園の出口で「じゃあね」と二人と別れてから、突如衝動が湧いた。
 一体どこに消えていて、どこから現れたのかも分からない朝比奈さんに連れられて部屋に戻りながらも、視線がうろうろと周囲を彷徨う。
 電車の駅はどっちの方向にあるんだろうか。
 閑散とした住宅街の中じゃ、タクシーの姿はどこにも見えない。
 せめてバス停があれば移動できるのに。
「どうした?」
 うろうろ目線が落ち着かないことに気付いた朝比奈さんが、歩調を緩めて振り向いてくる。
 それに顔を戻し、少し躊躇い、それでも口を開いた。
「や……、電車の駅ってどっちかな……と」
「何で?」
「ちょっと、玖朗のところに行ってこようかと思って」
 朝比奈さんの足が止まった。
 振り向いたその表情は、街灯を背負っている所為でよく見えない。
 そのまま足を進めて数歩、隣に並ぶ位置でつられて立ち止まると、妙な沈黙が訪れた。
 いくら暗いといっても、間近に迫ればどんな顔をしているかは分かる。
 不審に見上げれば、じっと見下ろしてくる目と視線が絡んだ。
 が、いざ近付いて顔を見てみても、今ひとつなにを考えているのかが分からない。
 ただじっと見下ろしてくるだけで、朝比奈さんは一向に口を開こうとしない。
 と、その手が動いた。
 同時に溜息みたいに息を吐く。
 伸ばされた手が、腕を掴んできた。
「やめとけ。話なら俺が聞いてやるし」
「え……けど、」
 俺は池田に話したいんだ。
 メールじゃなくて電話でもなくて、池田に会ってさくらと会ったと話したい。
 掴まれる腕に少し力を込めて、抵抗できるか様子を窺ってみる。
 が、残念ながらそれは叶いそうにもなかった。
 朝比奈さんは、すらりとしたその体躯に反して力持ちだ。
 そういえば、池田もかなり力が強い。
 もちろん兄貴も。
 ……俺の周りの元ヤンは力持ちばかりだ。
 俺もヤンキーデビューすれば力持ちになれるんだろうか。
 くだらない誘惑がふと頭に湧いて、慌ててそれを振り放す。
 俺は不良にはならない、絶対に。
 いつだったかそう固く決意したのを思い出し、理性を総動員して誘惑を振り切る。
「玖朗に話したいんです。さくらに会ったって言えば、仲直りも早くに出来るかもしれない」
「だめだ。あいつらは放っておけと言っただろ」
「けど、」
 ぐい、と引かれてたたらを踏んだ。
 無理矢理歩き出した朝比奈さんに、引き摺られるような形でつき従う。
 己の小ささをこんなに不甲斐なく思ったのは久しぶりだ。
 僅かに抵抗を試みたところで拘束の腕は外れる気配もない。
「お前、自分が捕虜だっての忘れてるだろ。捕虜は捕虜らしく大人しくしとけ」
「捕虜って、」
 確かに俺は朝比奈さんに「誘拐されている形」ではあるけど、それは自分から進んできたことで、捕虜だとかそんな気は毛頭ない。
 有無を言わさぬ力技に、灯火みたいに小さな苛立ちが沸き起こる。
「話したきゃ電話なりメールなりすれば良い。とにかく、会うのは禁止。あいつらのことじゃなくて自分のことを考えろって言ったろ」
「……」
 何でだ?
 断固として譲らない朝比奈さんに、奥歯を噛み締める。
 俺は朝比奈さんにいろいろ助けられている。
 それが分かっているのに、頭の中から理不尽だと不満を訴える声が上がる。
 けれども、俺の抵抗などものともせずに、結局部屋に帰り着いた。
 部屋に入るなり、朝比奈さんはさっさとシャワーを浴びて寝てしまった。
 電話なりメールなりが勝手に出来るようにと、わざわざ携帯の音を消してくれるこの親切さ。
 なのに会いに行くのは駄目だという。
 理不尽だ。
 転がるベッドでは、寝る場所を半分空けてくれている。
 一階の部屋だからと窓はきちんと施錠され、がたがた煩いエアコンは切って代わりに扇風機が回されている。
 今だからそれで事足りるけど、きっと一週間二週間ほど前は大変だったんだろう。
 渋々シャワーを浴びて薄暗い部屋の中へ戻れば、朝比奈さんは既にすやすや寝息を立てていた。
 池田と違って随分と無防備だ。
 いや、池田がちょっと警戒心が強すぎるんだろうか?
 足音を忍ばせてベッドに近付きながらも、視線がちらりと玄関へと吸い寄せられる。
 いっそこっそり抜け出してしまおうか?
 頭の片隅で誘惑の声が響く。
 けど、俺が出て行ったらこの部屋は鍵が開いたままになってしまう。
 眠っている人間を残して、施錠もせずに部屋を抜け出す根性は俺にはない。
 仕方なしに携帯を開いて、閉じて、開いて溜息、それからメールの画面を呼び出す。

『起きてる?』

 ちらりと時計に目を遣りながら、取り敢えずそれだけ送ってみた。
 既に日付が変わろうかという時間だ、もしかしたらもう寝ているかもしれない。
 そう思ってのお伺いだったけど、返事は予想外に早く来た。

『起きてるよ
 どうした?』

 思えば、俺の方から先に池田にメールを送ったのは初めてのことだ。
 早々に返事が来るのがこんなにほっとするものだとは思わなかった。
 薄闇の中で発光する画面を覗きながら移動、ベッドを背中に床に座る。
 窓際に行けば月明かりでそれほど暗くない。
 立てた膝に顎を埋め、かこかこ文字を打ち込んで、送信。

『さくらに会った』

 このメールを見て、池田はどんな反応をしているんだろう。
 ぼんやりと想像しながら、返事を待たずにもう一通送りつける。

『さくらとめるともになった』

 うっそ、とか、マジで、なんて呟く池田を想像して、勝手に笑う。
 さっき、この飴色の携帯に新しいアドレスが増えた。
 登録番号二番に、村上さくら。
 借り物の携帯電話に勝手にアドレスを増やすのもどうかと思ったけど、深く考える間もなく「まあいいや」と楽観的な気分になった。
 さくらとは、また近いうちに会う気がする。
 仮に携帯を返しても、その時に謝ればいいことだ。
 ほんの少し話しただけだけど、それでも得体の知れない「さくら」が「村上さくら」に変わった。
 顔を知り、声を知り、どんな風に笑うのかを知るさくらに変わった。
 これは結構、凄いことだと思う。
 さくら、という名前の無機質な固体だったものが、人間に変わったんだから。
 掌の中で携帯が光った。
 音もなく、ただ透き通るような青い光で着信を知らせてくる。
 開いてみたメールの内容は、想像していたどれとも違っていた。

『窓近くにある?
 月がすげー綺麗だから
 そーっと開けて見てみ』

「……?」
 何だろう。
 月が綺麗なのはもう知っている。
 つい数時間前、それを見上げながら歩いたんだから。
 池田には似合わない情緒的な言葉に頭を捻りながらも、そっと立ち上がってカーテンに手をかける。
 と、小さな物音がした。
 何だろうと周囲を見回せば、もう一度。
 扇風機の音じゃない。
 とん、と。
 また。
 ……空き巣か?
 思わず肩が跳ね上がり、それでもそっと窓から外を覗いて――
「く……ッ!」
 ろう、と叫びかけた口許を、大慌てで掌で塞いだ。
 騒ぐな、とでもいう風に、唇の前で指を立てられたからだ。
 池田に。
 と、また携帯が光った。

『ヒナ、結構眠りが浅いから
 物音立てないように』

 内容を見て、勢い任せに鍵を下ろそうとした手がびくりと跳ねた。
 咄嗟に背後を窺って、窓に背中を向けて眠り込む朝比奈さんを確認……大丈夫だ、気付いていない。
 改めてそっと、そーっと鍵を下ろして窓を開くと、まるで当たり前のような顔をして、池田がにっこり笑った。
 何で?





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