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【本編】
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しおりを挟むこの方が身体に負担がかからないから、なんて尤もらしい言葉で取らされた体勢は、この上なく屈辱的なものだった。
自尊心が踏みにじられる。
これじゃまるで犬猫の交尾だ。
ともすれば枕に肩から突っ伏しそうになるのを必死で堪える。
圧し掛かってくる身体を振り払いたいと思うけど、もう手が上がらない。
頭のてっぺんから足の先まで、全身撫でられ舐められしている間に、二度いかされた。
ぐったり弛緩した四肢を投げ出していれば、とろりと腹に何かが垂らされた。
粘り気のあるそれはひやりと冷たく、何だと目を開けるよりも先に温かい掌が被さってきた。
ゆるゆると弧を描くように腹を撫で回されると、それだけで息が乱れる。
身体がぴくりと震えれば、池田はしてやったりの顔をしてそこを爪先で刺激してくる。
生理的な涙が後から後から流れて落ちる様を、どこかうっとりとした表情で眺めてくる。
視線だけで嬲られる感覚に耐え切れずに顔を逸らせば、こちらを向けとばかりに唇を捕らわれた。
「……は、」
ねっとり絡ませられる舌に、呼吸が奪われる。
酸欠に喘いでもすぐには解放されない。
口の中の過敏な場所を舌先で突付きながら、腹を撫でていた掌は滑りを伴い胸元にずり上がってくる。
手足が完全に自由になった池田は、思い思い気侭に身体を撫でてきた。
右手が頬に触れていたと思えば、左手は指先を弄んでくる。
唇は首筋を滑り擦り寄る猫みたいに額を顎下に埋めてくる。
ゆるゆる乳首を捏ねられれば、電流のような甘い痺れが指先までも振るわせる。
男が乳首で感じるようになっちゃお終いだ。
いよいよ変態になってしまったと絶望的な気分で項垂れれば、まるで慰めるみたいに頬を舐められた。
滑りを利用した「お迎え」の準備は、気が遠くなるくらい延々と続けられた。
腹を伝った掌はするりと太腿を撫で袋を掠め、穴の縁を緩やかに刺激する。
何度も何度も繰り返し、先端が押し込まれてくるのに身体が勝手に逃げの体勢を取れば、肩を抱きこまれてそれを阻止された。
縁を撫でて中に入り、内臓を探ってはまた出て行く。
何度も何度も何度も。
「……まだ痛い?」
「……いたい」
「じゃ、もう暫くこのままでいよっか」
しまった。
咄嗟に切り返した言葉に池田は軽く微笑して、後ろから抱き込むように腕を胸に這わせてきた。
あったかい掌の温度に、結合部の鈍い痺れを一瞬だけ忘れる。
掌は胸から腹に回り、内腿を撫でるように優しく足を根本から開かせてくる。
二度の射精を経て無駄に敏感になった皮膚は、ごく僅かな刺激にも肌を粟立たせる。
本当は、痛みはもう殆ど無い。
そのせいもあって、この体勢は本当に、ただ屈服させられているようで落ち着かない。
出来ることなら、早く終わらせて欲しい。
二度目の挿入の痛みは、受ける衝撃を想像出来る所為か、最初よりはずっとずっとマシだった。
取らされた体勢が良かったのかもしれない。
この間以上に時間をかけて、ゆっくりゆっくり準備したのが良かったのかもしれない。
協力の仕方が何となく分かったのが良かったのかもしれない。
閉ざされた場所を割ってゆっくりゆっくり、眠たくなるような速度で池田は中に入ってきた。
完全に繋がり合ってから、一体どれくらい時間が経ったんだろう?
時折池田は、中の様子を窺うみたいに身体を揺する。
その振動に、息を呑む。
じわりじわりと注ぎ足される滑りの所為で、池田の腹と俺のケツはもうどろどろだ。
額を押し付ける枕がしっとりしているのが分かる。
汗と滑りが混じり合って、ひたりと吸い付くように肌が密着する。
その感触が心地好いなんて。
背後から串刺しにされてるってのに、呑気にそんなことを考えられる俺は、多分もう立派な変態だ。
乳首で感じて突っ込まれて震えて……一月前の自分からは想像も出来ない。
けど、男に欲情してケツに突っ込むことが出来る池田だって立派に変態だと思う。
「……」
だったら、俺と池田は変態同士でお似合いだ。
ふとそんなことを考えて、喉の奥から掠れた笑みが漏れた。
俺がこんなことを考えていると知ったら、兄貴はどんな顔をするんだろうか?
何気なく思い、それから一瞬だけ思考が固まった。
そうだ。
一息に意識が覚醒し、咄嗟に窓に目を向ける。
燦々明るかった太陽の気配は、もう殆ど無い。
どす黒く染まったオレンジの夕焼けが、日没は間近だと知らせている。
「くろ、今なんじ……?」
兄貴。
それからさくら。
二人のことをすっかり忘れていた。
俺は今日、夕飯までに家に帰らないといけなかったのに。
視界の隅に投げ出されていた携帯が引っかかり、重い腕を持ち上げてそれに手を伸ばす。
「……オレさ、やっぱバックは性に合わねえや」
「ひ……ッぅ!」
ぽつりと呟く言葉と同時に、体内に埋まっていた肉がぞろりと引いた。
指先まで戦慄いて爪先が携帯を掠め、反射的に目を瞑る。
唐突に空になった体内は、その感覚に驚いてひくりと脈打つ。
それが治まり切らないうちに、身体が引っ繰り返された。
「くろ、んぅ、」
抗議の言葉は唇に塞がれた。
ねちねち口腔内を舐る舌に眩暈を起こした。
くらりと思考が崩れかけ、駄目だと無理矢理目を抉じ開ける。
「くろ、ちょっと、待」
呼吸の合間の訴えはすぐにまた塞がれ、ひょいと足を抱えられる。
そのままずるりと入り込んでくる熱の塊に、ぞくぞくと全身が毛羽立った。
「待、あ、あ……ッ、」
喪失の感覚が治まりきっていなかった場所は、容易く肉を呑み込んでいく。
反らせた喉の奥から、押し出されるようにして熱い息が漏れる。
「俺、ほんと、帰……」
無理矢理に持ち上げた手で迫る胸板を押し退けようとしてみるが、腕は容易く絡め取られ頭上で一つに縫い止められた。
「保護者の許可なら、オレが取ってやるよ」
ぽつりと呟く声と同時に、池田が携帯に手を伸ばす。
それを横目に、頭から光の速さで血の気が引いた。
ぱちんと携帯が開かれる音に目を瞠る。
「ちょ、」
まさか。
まさか。
まさか。
「あ、政一? オレ」
「……ッ!」
器用に俺の腕を戒めたまま言葉を紡ぐ池田に、息が止まった。
多分心臓も一瞬止まったと思う。
抵抗しようと暴れかけていた四肢が硬直、僅かな音も漏らすまいと凍りつく。
この状況で兄貴に電話出来る池田は、頭がおかしい。
確かに、電話じゃこっちの様子は向こうには見えない。
分かっている。
それは分かっているけど、普通に考えておかしいだろ。
微かな衣擦れの音、呼吸の音が向こうに聞こえたら、もしかしたら兄貴は何かを悟るかもしれない。
そう思うと、指先一つ動かせず、頭上の池田を凝視するしか出来なかった。
池田は呑気に世間話でもしているのか、軽く笑い声を上げる余裕すら見せている。
この男、死ねばいいのに。
こんなにも忌々しい気分で池田を見上げたのは随分と久しぶりだ。
にっこり微笑む横っ面を殴り付けてやりたいのに、易々片手で施される戒めを振り解けない。
肩に担がれた両足は大きく開かされている所為で巧く力が入らない。
それ以前に、何か少しでも音を立てるのが怖い。
信じられない行動を取る池田を、ただただ睨み付けるしか出来ない。
「ああ、それでさ、」
携帯に話しかける池田の目が、ちらりとこちらに向けられてきた……ような、気がした。
と同時に、ひゅ、と喉が鳴った。
「ッあ、」
ゆるりと腹の中を揺すられて、反射的に声が漏れた。
咄嗟に噛み殺したそれが、電波に乗って向こうに聞こえてしまったかどうかは分からない。
最悪。
最悪だ。
この状況で動き出した。
ゆったり波打つみたいに、腹に埋まる熱が引いては押し戻ってくる。
「……ッ、ぅ、」
噛み殺そうと食いしばる歯の隙間から、声が漏れる。
せめて手を離してくれれば、両手で唇を塞げるのに。
「やっぱ涼二、返すのやめるわ」
さらりと告げる池田の言葉を、巧く聞き取ることが出来ない。
内臓を這い回る肉の感触に、ぞくぞく背筋に悪寒が走る。
引いては戻り、退いてはまた押し入ってくる。
ゆらゆらまどろむみたいな波の動きに、意識が朦朧としてくる。
痛みは殆どない。
ただ、繰り返し繰り返し摩擦される場所が、ただ熱い。
「冗談? 本気だよ。他のは何もいらねえ。なあ、涼二オレにくれよ」
間近から響いた声に薄く目を開けば、額と額を擦り合わせるような距離に池田の顔が迫っていた。
電話口に話しかけているくせに、その目はじっとこっちに向けられている。
軽い口調とは裏腹に、目は少しも笑っていなかった。
「めっちゃ大事にするよ。一生宝物にする」
唇が微かに触れてきた。
鈍った思考で、ぼんやりとそれを見上げる。
「だから……な?」
「……」
問いかける言葉は、兄貴に向けられるものか?
違う。
俺に向けられたものだ。
じっと互いの目を見据えたまま、時間が止まったような気がした。
息が詰まる。
ゆるりと腕を掴んでいた手から力が抜けていく。
解ける拘束に、俺は拳を振り上げるべきだ。
嫌だといったのに結局突っ込んできて、それどころか合体中によりにもよって兄貴に電話をかけた。
こんな非常識な男は一度殴り付けてやった方がいい。
そう思うのに。
さっきまで死ねば良いと思っていたのに。
それなのに。
「……」
ゆるりと腕が伸び上がる。
指先が頬を掠めると、池田は微かにぴくりと震え、目を瞠った。
その目が、次の瞬間には花開く笑みに変わる。
「お前はさ、さくらと新婚さんやってろよ」
それきり、ぽいと携帯を放り出した池田が吸い付いてきた。
腕を伸ばして、その身体を受け止める。
だって、放っておけないだろ。
俺さえ良ければ他はどうでもいいなんてさらりと口に出来るような奴を。
他のものは何も要らないと、大事なものを簡単に手放そうとする奴を。
こんな危なっかしい獣を、放っておけるわけがない。
池田を自由に出来るのは、きっとこの世で俺だけだ。
ならば、こいつを受け止めることが出来る人間も、多分この世に俺しかいない。
結局、夕飯の時間に家に帰ることは出来なかった。
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