虚ろの告白

石田空

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8月22日

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私の日記が小説になりました。
咲人さんから言われたことは半信半疑だったというのに、いざ本になり、そこにサインを書かないといけないとなったら、いよいよ私は本当に作家なんだと思わざるを得ません。
全く覚えのないサインを教えられて書きながら、私は途方に暮れます。
私の書いた日記は内容がなく、これのなにがそんなに売れるのかがわからないのです。

「君の才能が皆を夢中にさせるんだよ。自信を持ってください」

才能があるのかどうかはわかりません。ただ、物を書くのになんの抵抗も苦労もないのはたしかです。それを先と咲人さんに伝えると「それが才能と言うんだよ」と笑っていました。
でも私は昔の自分の本すら読んではおらず、自分がどんな小説家だったのかすら思い出せません。

「私がどんな作家だったのが教えてもらえませんか?」

そう言った途端に咲人さんは渋い顔をしましたが、しばらくしたら私の部屋に本を持ってきてくれました。

「これでデビューしたんだよ」

そう言いながら持ってきてくれたのは、緑色の公園のイラストが描かれた想定の、すべすべした本でした。内容は美大出身のカップルが出会い、夢を追いかけはじめたことからボタンの掛け違いが進み、進路を決定した頃に別れるというのを、淡々と書かれたヒューマンドラマでした。ふたりが再会したところで物語は幕を閉じ、このふたりが付き合い直すのかそのまま再びすれ違うのかわからないという余韻だけが残った終わり方だった。

「不思議な本ですね」
「これを書いたのは君だろうが」
「はい……でもはっきりとしたオチは書かないんだなと思いまして」
「はっきりとしたオチのある話のほうが好きかい?」
「いえ。多分」

自分が書いたと言われても、漠然と私はたまになら書いてみてもいいなと思う作風だと思った。
だからと言って、今の私には記憶がなく、恋愛小説やヒューマンドラマばかり書いていたと言われてもあまりピンと来ません。
実際に私は、小説を書くことそのものにはそこまで飽きは来ないのですが、この部屋にひと月も小説書くこと以外のことはなにもせずに過ごし、いい加減に飽き飽きしてきたのです。おそらく私は飽きっぽい人間だったのでしょう。

「小説を一冊書き終えたのですから、私も刺激が欲しいです」
「刺激かい? でも君は一度は記憶喪失になっていたのだから、もうちょっと落ち着いてからのほうがいいと思うよ?」
「ですけど、アウトプットばかりしていたら飽きます。インプットしたいのです」
「……わかった。君が好きそうな本を見繕おう。それでいいかい?」
「ネットとか、スマホとかは駄目ですか?」
「うーん……今の君には刺激が強過ぎると思うよ。編集としては、インターネットが原因で病んでしまった作家をたくさん見てきたし、君にまたなにかがあったらと思うと、とてもじゃないけれどお勧めできない」

そうはぐらかされてしまいました。
結局は私は一日一冊小説を読み、その都度感想文を書くことにしました。咲人さんときたら、書評でも批評でもなく、ただの小説家の感想文をそのまんま原稿に起こして、それすらも出版してしまったのです。
こんなのが本当に売れるのでしょうか。私は漠然とそう思いました。
書くことにはちっとも抵抗がありません。ただ、私はなにかにものすごく飢えているという気はしていました。いったいなにに飢えているのでしょうか。
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