人形師と旅のお話

石田空

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温泉町と謎の建物のお話

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 御者にお金を支払い、辻馬車に乗っていた人々と別れて、アデルとブレンダは降りていった。
 たしかにあちこちから温泉の湯気が漂っているここは、意外なことにもっとリゾート産業に力を入れているかと思いきや、昔ながらの素朴な町の姿のまま、生活を営んでいるようだった。

「てっきりもっと温泉で蒸したヘルシー料理! とか温泉水を利用したエステ! とかで盛り上がっていると思ったんだけどね」
「あたし別にそんな語彙インストールしてないのにどこで覚えてきたんだか……世の中いろいろあるんだよ。観光客を入れてもっと町に活気をというところもあれば、昔ながらの穏やかな生活ができればそれでいいっていうところもある。そもそもここは辻馬車の通り道なんだから、そこそこ人が降りて金を落としていくんだから、ガツガツ稼ぐ必要もないさね」
「ふうん、そういうものなのね」

 御者からの紹介の手紙を持ち、教えられた宿屋へと向かう。
 その手紙を読んだ受付はすぐ奥に引っ込んでいくと、すぐに奥からエプロンドレスの女将が現れて、それはそれはもう丁寧にお礼をされた。

「ありがとうございます、うちの人を助けてくださって」
「いやいや、たまたま乗り合わせただけさね」
「ですが。よろしかったら町の温泉を楽しんでいってください」
「なら、どこで温泉を楽しめるのかしらっ!?」

 アデルよりもノリノリのブレンダが尋ねると、女将はにこやかに教えてくれた。

「この宿を出たらすぐに坂道があります。その坂道を真っ直ぐ登っていった先に、この辺りで一番いい温泉がありますよ。ただ」
「ただ?」
「……最近やってきた富豪が、妙な建物を建てた関係で、少々風情がありませんが。それでよろしかったら」

 一瞬女将が嫌そうな顔をしたものの、アデルとブレンダはお礼を言うと、一旦借りた部屋へと向かった。
 この宿の中でも一番いい部屋なのだろう。ベッド以外にクローゼット、室内履きも常備してあった。窓からの景色は牧歌的な温泉町をよく眺めることができ、坂道の先にはこの温泉の源泉である火山が見えるはずだが……その火山を遮るように、やけに真新しい建物が建っているのが目に入る。

「たしかに……あの建物かなり邪魔ね?」
「ありゃ。ちょうどいい」
「なによアデル」

 ブレンダが不審げに目を細める中、アデルはニヤリと幼い表情には似つかわしくない老獪な笑みを浮かべていた。

「いや、なに。あそこ、なんとかして中を見学できないかと考えていたところ」

 アデルの顔つきに、ブレンダは人形とは思えないほど心底嫌そうな顔をする。

「温泉~」
「はいはい、一緒に行ってあげるから、あたしの用事も付き合いなさいよ」

 そう言ってふたりは、坂を登ることにした次第だ。

****

 緩やかな坂に、ところどころ出ている商人たちの屋台。
 本当にこの村は温泉で儲けることなど微塵も考えず、普通に火山灰を利用した畑を耕す以外なく、商人たちはほとんどが外から来た人々であった。
 屋台で売られていた野菜の蒸し焼きを食べるが、なるほど温泉の湯気を使っているせいか非常に甘さが凝縮されていた。
 ズッキーニを囓るアデルを眺めながら、ブレンダは「不思議ぃ」と溜息をついた。

「どうしてこの村、温泉を使って大々的に儲けようとしないのかしら? 温泉使ったらもっと大々的に観光地になるんじゃないかしら?」
「ブレンダ、町には町の営みがあり、外から来た人間がどうこう言うべきものじゃないよ。それにね、これは結構上手い方法だとあたしは思ったよ」
「上手い方法って……商人を集めること?」
「かつて鉱山があって、その鉱山ではそれはそれはもう、オリハルコンだの魔石がわんさか採れた場所があったんだ。その山の持ち主は、それを見て大々的に人に『ご自由にどうぞ』と言ったんだ。誰が一番儲けたと思う?」
「ええ? 鉱山で一番いいオリハルコンを採れた人……?」

 自律式人形とは言えど、ブレンダは元々戦闘特化につくった人形なため、知識特化の人形ほど頭の回転は速くない。
 それにピシャリとアデルは「違うよ」と答えた。

「山の持ち主は魔石採掘に来た人々につるはしを売りはじめたんだ。採掘の人間たちをターゲットに弁当なんかも売ってね」
「ああ……つまりは、温泉そのもので儲けるよりも、温泉を使って儲けようとしている人たちから出店料やら食事料やら取ったほうが儲かると」
「そういうことさね。この町も大々的に客を入れたくないから、そこそこ高めの値段で取っているんだろうさ」
「なるほど……でも」
「うん?」
「なら、ますますもってわからないんだけど。あの景観を邪魔する建物……あれはなに?」

 ブレンダの言葉に、アデルはズッキーニを囓り終えて答えた。

「それを今から聞きに行くんだよ」

 景観を邪魔されてしまった温泉は、建物が建てられたせいなのか、【足湯のみ】と書かれていた。それにブレンダはがっくりと肩を落とす。

「温泉~」
「やかましい。あんたが温泉浸かったら歯車が錆びるだろ」
「そこはこう、アデルの魔法でチャチャッと防錆加工を施すとか!」
「そんなしょうもないことに魔法を使わせるんじゃないよ、馬鹿馬鹿しい……さて」

 アデルは浅い温泉に手を浸けた。案の定、源泉に近い割に、やけにぬるい。

「この建物の正体を聞きに行きますか」
「おー……」

 既にブレンダはやる気をなくしていたが、逆に温泉にロマンのないアデルはやる気満々で建物の出入り口を覗きに行った。
 白くてつるりとしている建物は、どこからどうみても近代的過ぎて、魔科学の髄を集めて建てたとしか思えない代物だった。
 出入り口を見ると、門番らしき人がいるので、アデルは「こんにちは」と挨拶をした。門番らしき人はどう見ても騎士など正規の戦闘訓練を受けたような人で、アデルの挨拶にも生真面目に「こんにちは」と返してきた。

「これ、いったいなんの建物かしら?」
「温泉の研究施設です」
「研究施設?」
「温泉の美容成分を研究し、王都に化粧品として販売するための研究を行っています」
「ふうん……ここの責任者って、この町の外の人よね?」
「そう聞いておりますが」
「あたし、アデルって言うの。アデル・エインズワース。ここの責任者に取り次いでもらえるかしら?」
「……かしこまりました。少々お待ちください」

 門番らしき人は、一瞬だけものすごく嫌なものを見る目をしたが、すぐにポーカーフェイスに戻り、一旦建物の中に入ってしまった。
 ブレンダはアデルを見る。

「普通に断られない?」
「あたしの名前を聞いて追い払うようだったら、もぐりだからこの建物を調べる意義もないよ。逆にあたしをすぐに招待して丁重に扱うようだったら、この建物の見学くらいさせてもらえるだろうさ」
「アデル、何者なの?」
「ちょっと長生きの人形師さね」

 アデルがニヤリと笑っていると、あの門番らしき人がすごい勢いを付けて戻ってきた。

「はっ、アデル様! 大変に失礼しました! ぜひとも中を案内して差し上げてと代表がおっしゃっています! こちらは中の錬金術師が案内しますので、是非にと!」

 いきなりうやうやしい態度になったのに、ブレンダはアデルにもう一度尋ねた。

「ねえ、アデルって何者なの?」
「なあに。ちょっと長生きの人形しさね。ただ……魔法についてはちょっとばかし特許をたくさん取っててね。それに喉か手を出すほど欲しがる魔法使いや研究職は多いってだけさね」

 そう言いながら、アデルはブレンダを伴って悠々と建物の中へと入っていったのだった。
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