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二周目:君が本当に好きな人
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やっぱりというべきか、海斗くんはタイムループをしていなかった。
そうなったら、容疑者は菜々子ちゃんか大樹くんに絞られるのだけれど。でも。
菜々子ちゃんかとも思ったけれど、菜々子ちゃんだった場合、大樹くんの十年後を知っていたら、あんな切り捨て方するのかなという疑問が残る。菜々子ちゃんは無神経に寄っていかない限りは、大樹くんや海斗くんとも上手くやっていけていた。実際に今でも海斗くんとも話ができているけど、大樹くんとは疎遠気味だ。
「でも、これって……」
もし。もし私の予想が予想通りだった場合、まず最初の感想が「なんで?」になってしまう。らしくない。らしくないはずなのに。私はもやもやした気持ちを感じながら、買い物袋がズシリと重くなったのを覚えつつ帰路についた。
明日、行ってみよう。そう思いながら。
****
その日、私は「夏休みの宿題終わらせるために図書館に行ってくる」と夏休みの課題を手提げ鞄に詰め込んで、朝から歩いていた。
行くのは図書館ではない。小学生たちがキャアキャア騒いで学校に向かっているのが目に入る。多分プール開きで、夏休み中でもプールで遊べるのだろう。それに目を細めながら、私が向かったのは、大樹くんの家だった。
自転車置き場をちらりと見たら、まだ大樹くんの自転車はそこにあった。よかった、まだ予備校に行ってない。
そのことにほっとしながら、私はチャイムを鳴らした。
「はい」
「大樹くん? 私」
「……亜美?」
「まだ行かないの、予備校」
「予備校は午後からだから。すぐ開ける」
しばらく待っていたら、大樹くんが出てきた。ポロシャツにカーゴパンツ。高校生よりは成熟しているものの、大学生にしては幼い。そんな年齢差があやふやになる服装をしていた。
対する私は今も昔もTシャツを着て八分丈のデニムを穿き、日よけに薄いカーディガンを羽織っているんだから、何年経ってもあまり趣味は変わってない。
私はペコリと挨拶をすると、ちらりとまた自転車置き場を見る。
「おばさんは?」
「母さん? 仕事。亜美のところは?」
「今日は休み。ちょっとだけお話しいい?」
「いいけど。亜美は宿題どこまでやったの?」
「まだ全然手つかず」
当たり障りのない話をしながら、私はするりと入っていく。
中に入れてもらうと、クーラーが既に入っていてひんやりとした感覚が心地いい。
「それで話って?」
大樹くんは麦茶を持ってきて、それを私にもコップに入れてくれながら尋ねる。
私はどう切り出すべきかと思いながらも、口を開いた。
「今年は暑いね」
「今年もじゃないの?」
「これだけ暑かったら、十年後も暑いかもね」
「そうかもね。それで、本当になに?」
我ながら探り方が下手過ぎる。どうにかしてタイムリープしてないかと、会話の糸口を探しているものの、これじゃただの温暖化会議だ。
私は麦茶を「いただきます」と言ってひと口飲んでから、やっと言葉にしてみた。
「菜々子ちゃんについて、今もお付き合いしたいって思ってるの?」
「どうして?」
「うーんと、菜々子ちゃん。東京に研修に行っちゃったから。このまんまだと思ってるより早くデビュー決まるかも」
「そうだね」
「……大樹くん、菜々子ちゃんが東京でなにしてるか知ってるの?」
「声優、でしょう? ずっと目指してたじゃない」
我ながら下手くそ過ぎる会話の誘導だったけれど。これではっきりした。
私はじぃーっと大樹くんを見ながら、尋ねた。
「あなたは誰?」
「……亜美?」
「菜々子ちゃんはね、気遣いなの。私たちがびっくりするほどの気遣い。あの子だって猥談はするし、趣味の話はするけれど、それは男子の前だと絶対にしないの。声優になりたいって夢も、男子たちには大々的には語ってなかったはずなんだよ。なんで菜々子ちゃんと疎遠になっていた大樹くんが知ってるの?」
しばらく私と大樹くんは互いに目を合わせる。
普段の私だったら、大樹くんと目が合ったら照れてすぐに視線を逸らしてしまうというのに。今日の私は視線を絶対に離さないぞと、目と目で見つめ合っている。
やがて。「プッ」と噴き出す音が聞こえた。
「ハハハハハハハハハハハハ……!」
「……なにがおかしいの」
「いや? もしも僕がおかしいって気付かれるとしたら、海斗や菜々子だと思ってたから。亜美は大人しいし、少し物事の機微に対して鈍感だと思ってたから」
この人は誰だろう、と私は考え込んでしまった。
自分が物事に対して鈍感で、海斗くんや菜々子ちゃんが既に察していることを、ギリギリまでわからなかったりすることはままある。
でも。大樹くんはそれをズバズバ指摘する人だったろうかと疑問が生じる。
「……あなたは、誰?」
二度目の疑問が飛び出た。
大樹くんは緩く笑った。その笑みは少し老成していた。
「十年後、人が死ぬのを阻止するために来たんだ」
「……ええ?」
それに私は目をパチパチさせた。
なにかがおかしい。だって、私は大樹くんを助けるために、十年後からタイムリープしたはずなのに。
大樹くんが自分を助けるために、十年前に飛ぶんなんてこと、ありえるんだろうかと思ったのだ。
そうなったら、容疑者は菜々子ちゃんか大樹くんに絞られるのだけれど。でも。
菜々子ちゃんかとも思ったけれど、菜々子ちゃんだった場合、大樹くんの十年後を知っていたら、あんな切り捨て方するのかなという疑問が残る。菜々子ちゃんは無神経に寄っていかない限りは、大樹くんや海斗くんとも上手くやっていけていた。実際に今でも海斗くんとも話ができているけど、大樹くんとは疎遠気味だ。
「でも、これって……」
もし。もし私の予想が予想通りだった場合、まず最初の感想が「なんで?」になってしまう。らしくない。らしくないはずなのに。私はもやもやした気持ちを感じながら、買い物袋がズシリと重くなったのを覚えつつ帰路についた。
明日、行ってみよう。そう思いながら。
****
その日、私は「夏休みの宿題終わらせるために図書館に行ってくる」と夏休みの課題を手提げ鞄に詰め込んで、朝から歩いていた。
行くのは図書館ではない。小学生たちがキャアキャア騒いで学校に向かっているのが目に入る。多分プール開きで、夏休み中でもプールで遊べるのだろう。それに目を細めながら、私が向かったのは、大樹くんの家だった。
自転車置き場をちらりと見たら、まだ大樹くんの自転車はそこにあった。よかった、まだ予備校に行ってない。
そのことにほっとしながら、私はチャイムを鳴らした。
「はい」
「大樹くん? 私」
「……亜美?」
「まだ行かないの、予備校」
「予備校は午後からだから。すぐ開ける」
しばらく待っていたら、大樹くんが出てきた。ポロシャツにカーゴパンツ。高校生よりは成熟しているものの、大学生にしては幼い。そんな年齢差があやふやになる服装をしていた。
対する私は今も昔もTシャツを着て八分丈のデニムを穿き、日よけに薄いカーディガンを羽織っているんだから、何年経ってもあまり趣味は変わってない。
私はペコリと挨拶をすると、ちらりとまた自転車置き場を見る。
「おばさんは?」
「母さん? 仕事。亜美のところは?」
「今日は休み。ちょっとだけお話しいい?」
「いいけど。亜美は宿題どこまでやったの?」
「まだ全然手つかず」
当たり障りのない話をしながら、私はするりと入っていく。
中に入れてもらうと、クーラーが既に入っていてひんやりとした感覚が心地いい。
「それで話って?」
大樹くんは麦茶を持ってきて、それを私にもコップに入れてくれながら尋ねる。
私はどう切り出すべきかと思いながらも、口を開いた。
「今年は暑いね」
「今年もじゃないの?」
「これだけ暑かったら、十年後も暑いかもね」
「そうかもね。それで、本当になに?」
我ながら探り方が下手過ぎる。どうにかしてタイムリープしてないかと、会話の糸口を探しているものの、これじゃただの温暖化会議だ。
私は麦茶を「いただきます」と言ってひと口飲んでから、やっと言葉にしてみた。
「菜々子ちゃんについて、今もお付き合いしたいって思ってるの?」
「どうして?」
「うーんと、菜々子ちゃん。東京に研修に行っちゃったから。このまんまだと思ってるより早くデビュー決まるかも」
「そうだね」
「……大樹くん、菜々子ちゃんが東京でなにしてるか知ってるの?」
「声優、でしょう? ずっと目指してたじゃない」
我ながら下手くそ過ぎる会話の誘導だったけれど。これではっきりした。
私はじぃーっと大樹くんを見ながら、尋ねた。
「あなたは誰?」
「……亜美?」
「菜々子ちゃんはね、気遣いなの。私たちがびっくりするほどの気遣い。あの子だって猥談はするし、趣味の話はするけれど、それは男子の前だと絶対にしないの。声優になりたいって夢も、男子たちには大々的には語ってなかったはずなんだよ。なんで菜々子ちゃんと疎遠になっていた大樹くんが知ってるの?」
しばらく私と大樹くんは互いに目を合わせる。
普段の私だったら、大樹くんと目が合ったら照れてすぐに視線を逸らしてしまうというのに。今日の私は視線を絶対に離さないぞと、目と目で見つめ合っている。
やがて。「プッ」と噴き出す音が聞こえた。
「ハハハハハハハハハハハハ……!」
「……なにがおかしいの」
「いや? もしも僕がおかしいって気付かれるとしたら、海斗や菜々子だと思ってたから。亜美は大人しいし、少し物事の機微に対して鈍感だと思ってたから」
この人は誰だろう、と私は考え込んでしまった。
自分が物事に対して鈍感で、海斗くんや菜々子ちゃんが既に察していることを、ギリギリまでわからなかったりすることはままある。
でも。大樹くんはそれをズバズバ指摘する人だったろうかと疑問が生じる。
「……あなたは、誰?」
二度目の疑問が飛び出た。
大樹くんは緩く笑った。その笑みは少し老成していた。
「十年後、人が死ぬのを阻止するために来たんだ」
「……ええ?」
それに私は目をパチパチさせた。
なにかがおかしい。だって、私は大樹くんを助けるために、十年後からタイムリープしたはずなのに。
大樹くんが自分を助けるために、十年前に飛ぶんなんてこと、ありえるんだろうかと思ったのだ。
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