双子令嬢の幸せな婚約破棄

石田空

文字の大きさ
6 / 13
しばしの入れ替わり

しおりを挟む
 しょっちゅうクリスティナの代わりに授業に参加しているクラウディアとは違い、クリスティナはクラウディアほど入れ替わりに慣れてはいなかった。
 ただ、クラウディアのふりをしなければわからないことはあった。
 クラウディアのクラスは、基本的に領主候補が多く、全員が全員ずいぶんと湾曲的な言動が目立った。
 一見すると礼儀正しくも見えるが、それはどこかきっちりと一線引いているようにも見える。クリスティナは最初は戸惑ったが、一日授業を受けていてよくわかった。
 このクラスの者は全員、相手に言質を取られないよう、それでいて常にイニシアティブを握れるように言葉を選んでいるのだ。領主として、時には領境で揉めることもある。そのときにいかに自分にいい条件を引き出すか、相手の心証を悪くしないかを考えなければならない。ひとつの諍いは戦の火種にもなりかねないのだから。
 だからこのクラスには、言動には充分気を付ける生徒しかいなかったのである。

(このクラスでは、お姉様は具合が悪そうね……)

 クラウディアは言動がきつく聞こえがちではあるが、素直で率直な物言いを好む。ただでさえ王都的な言動が嫌いな彼女なのだから、それが余計に加速しそうではある。
 クリスティナはしょっちゅう影で嘲笑されている分、礼儀正しくしていれば普通に過ごせるこの教室のほうが居心地がいいが、それはあくまで彼女の性格の問題なため、クラウディアにそれを言うことはない。
 そしてこのクラスには、クラウディアの婚約者であるセシリオがいる。
 爵位としてはそこまで高い訳ではないが、低い訳でもない。顔がいいだけでなく、その物腰や対応、頭のよさで、クラスの中でも中心人物的な存在であった。そしてなによりも、他クラスからたびたび様子を見に来る女学生がいる。
 パニアグアははっきり言って爵位は高くない上に、クラウディアとセシリオの仲があまりよろしくないと来たものだから、なんとか隙をついてセシリオを奪おうと画作する女学生が後を絶たなかった。
 学院中に婚約が決まらなかったら、そのほとんどの令嬢は遅れ後家になってしまい、以後まともな婚約が回ってこない。やる気があれば、大学部に進学したり、どこかに奉公に出かけたりするのだが、令嬢として蝶よ花よと育てられ、適齢期になったら結婚するものだと擦り込まれている彼女たちは、他の選択肢をなかなか思いつけないようだった。

(……私も、人のことは言えないけれど)

 既に婚約済みであるクリスティナだったが、あまり彼女たちのことを馬鹿にはできなかった。
 彼女は本当ならば、大学部に進んでもっと薬草学を勉強したかった。ハーブの効能を研究するのも、新規のハーブ採集も楽しいし、外国のハーブをどうにか自生させられないかと研究するのも夢があるが。
 彼女は残念ながらハーブと関係のない遠方に嫁ぐのだから、勉強しても無駄なため、言い出すことができずにいた。

(お姉様だったら、許してくださるかもしれないけれど……)

 基本的にクリスティナの提案を無下にしないクラウディアであったら、彼女が当主に着いてから申し出たら、すぐに許可をくれるだろうが、果たしてエルベルトがそんなことを許してくれるだろうか。
 婚約が決まったのは中等部のとき。何度か長期休暇のときに、家族ぐるみでお茶会をして話をしようと試みたが、彼を前にすると上手くしゃべることができなかった。彼の乱暴過ぎる言動がおそろしく、彼女がついつい泣き出してしまうため、何度彼に舌打ちされたかわかりはしない。
 最終的には決まって彼に睨み付けられて、こう言われた。

「お前……泣けば全部終わると思っているだろ?」

 そう尋ねられて、返す言葉が見つからなかった。
 やがて、次の授業のために移動する時間になった。次は現代文学の授業であり、少しだけ楽になると思いながら歩いていると、セシリオがまたもどこかのクラスの女学生に言い寄られているのが見えた。
 たしか商家上がりの令嬢だったと思う。

「ねえ、セシリオ様。今度ぜひとも私たちとお茶をなさいませんか? 実家から大量にお菓子が送られてきて困っていますの」
「大変申し訳ないけどね、ひとりで女性たちのお茶会には行かないようにしているんだ。誰かひとりでも婚約者がいたら、先方に誤解を招くかもしれない。食堂でお茶会をするのだったら、ありがたく出かけるのだけどね」
「まあ……私たちのことをこんなに気にかけてくれるなんて、光栄ですわ」

 クリスティナは少しだけしょんぼりとした。彼が優しいために、声をかけられるのはよくわかる。
 身分が高過ぎず、婚約者とそこまで仲睦まじくない。その上彼の言動はひどく優しいから、一見すると優柔不断にも見える。隙だらけに見えるからこそ、こうやって付け込まれるのだ。

(どうしましょう……これって婚約者のふりをしている今だったら、止めに行ったほうがいいの?)

 周りを見るが、下手につついて騒ぎを起こしたがらないらしく、皆そっと見なかったふりをして歩いて行く。
 クラウディアが毛嫌いしている社交界の大人の対応である。クリスティナはしばし考えてから、すう……と息を吸い込んだ。今は髪をきつくまとめ上げているおかげで、緊張感が抜けきらない。

「ちょっとあなた、なにしてらっしゃるの?」

 毎日聞いているクラウディアの声に、女学生はたじろいだ。一方のセシリオはにこやかだ。

「やあ、クラウ」
「ごきげんよう、セシリオ……あなた、人の婚約者になにしてらっしゃいますの? 困りますわ」
「わ、私はただ……お菓子の始末に困って……」
「困ってらっしゃるのなら、教会にでも配ってしまいなさいな。喜んで信者に配られるでしょうね」
「で、ですけど……!」
「セシリオ、参りましょう。授業に遅れてしまうわ」
「そうだね、申し訳ないけれど、やはりお茶会には行けないよ」

 そう言って彼女を置いてけぼりにした。
 口汚いことを言ったクリスティナは、心臓をバクバクさせていた。

(お姉様はいつも格好よくしゃべりますけど……これで正しかったのかしら? もっと強そうにしたほうがよかった?)

 クリスティナがひとり反省会をしている中、隣でセシリオは緩やかに笑っていた。

「今日のクラウはずいぶんと強気だったね」
「そう? いつものことだったけれど」
「最近はずいぶんと調子を崩していた、というか虫唾が走っていたのかな? もう王都出身の子たちを嫌い過ぎて、しゃべるのすら億劫になっていたから、これだけ怒ったのは久し振りじゃないかな?」
「そのつもりはなかったんだけど……」

 セシリオの指摘に、クリスティナは内心しまったとしょげ返っていた。

(お姉様の心証を悪くしてしまったのでは……私の中での格好いいお姉様像に固執するあまり……私の馬鹿ぁ……)

 そうひとりで落ち込んでいる中、セシリオが謳うように言う。

「気持ちがいいんじゃないかと思うよ。社交界だとどうしても湾曲的な物言いばかりになってしまうからね。それが社交術だとしても、時としてははっきりと言ったほうがいいことだってある。僕も見習ったほうがいいね」
「そ、そうなの……」
「じゃあさっさと行こうか」

 クラウディアを褒められたのだから、少しは喜べばいいのに。クリスティナはそれを素直に受け止めることができなかった。
 しこりが残っている。

(……まだまだだわ。私……お姉様が取られたくないんだわ)

 どれだけセシリオが優しい人であったとしても、淡い気持ちを持っているとしても、クリスティナの優先順位の一番はクラウディアであった。
 そう思い込もうとして、彼女は自分自身から別のものがふつふつと沸きはじめていることに、気付くことすらなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

第一王子と見捨てられた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
アナトール公爵令嬢のマリアは婚約者である第一王子のザイツからあしらわれていた。昼間お話することも、夜に身体を重ねることも、なにもなかったのだ。形だけの夫婦生活。ザイツ様の新しい婚約者になってやろうと躍起になるメイドたち。そんな中、ザイツは戦地に赴くと知らせが入った。夫婦関係なんてとっくに終わっていると思っていた矢先、マリアの前にザイツが現れたのだった。 お読みいただきありがとうございます。こちらの話は24話で完結とさせていただきます。この後は「第一王子と愛された公爵令嬢」に続いていきます。こちらもよろしくお願い致します。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

処理中です...