どうも、どうあがいても死ぬ兄です

石田空

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色仕掛け外交(物理)はいかが・5

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 俺は執事を睨んで、日傘を構えていた。対する執事はお盆を構えている。
 今まで戦ってきたのはグールだけで、あれは力こそ強いものの動きは愚鈍だった。それに対してこの執事と来たら。
 殺気。それが全身にみなぎっている。
 ……まあ、うちのミヒャエラも相当の手練れなのだから、吸血鬼の使用人になるというのは腕力が求められるのだろう。
 一瞬かもしれない。永遠かもしれない。それだけ体感時間が長い間、俺たちは睨み合っていたけれど。先に動いたのは執事のほうだった。
 お盆をフリスビーの要領で俺に向かって投げてくる。日傘で打ち返すか。そう思ったけれど、それより先に俺は避けていた。お盆は壁をスピンを付けて跳ね、そして跳び回った。俺はとっさにスピンした壁を見て絶句した……抉れている。

「へえ……俺をコレクションにするのかと思っていたけど、結構やる気だなあ、あんたも?」
「いえ。蝋人形にする際にきっちり修繕は致しますから。顔以外が傷んでも一向に問題ありません」
「そうかよ」

 まずいな。ミヒャエラやウラに頼んで女の子たちは見てもらっているとはいえど、ここでウィルマの私兵たちと合流しても、この執事に皆やられる。
 ……そもそも妹のゲームでも、遠巻きに見ていた限り、血塗れ戦闘を繰り返していたのだ。俺もいい加減、日傘だけじゃ足りないんじゃないか。そう思った矢先。
 お盆がスピンを決めてこちらに飛んできた。俺はそれを頬に受けると、血が流れる。

「うっ……!」
「ベルガー夫人。顔にはお気を付けください、もっとも」
「ま、だだ……!」

 ツンと通る血生臭いにおい。だが。それはすぐにかさぶたとなって塞がり、ぽろりと落ちてしまった。まるで顔は傷を負ったことはないとでも言いたげに、先程の傷跡を残すことがなかった。

「真祖でなければ、こんな無茶な戦術は取りませんが」

 執事の声はどこまでも冷静沈着なままだった。
 ……吸血鬼の真祖の力か。傷がすぐ塞がり、元に戻る。
 なるほど、この執事がちっとも傷に対して躊躇がないのは、そういうことなんだな。俺はそう理解した。
 だが、この壁面をスピンするお盆を止めなかったら、執事を倒すことができない。
 お盆を止める? いや、あれを止めるのは無理だ。さっき顔を傷付けられたとき、避けることすらできなかった。でもそれだったら執事の元に近付いて倒すことができない? いや。
 執事がお盆を止めるように仕向ければ、あるいは……?
 俺はゴクリと唾を飲み下して、走りはじめた。もうお盆を気にするのを辞め、そのまま執事の元に……!
 その姿に執事は片手を差し出す。

「おや、ベルガー夫人、ここで降参はなさらないと?」
「誰がするか! 外にうちのんを逃がしたんだ。皆が助けに来るときまでに、ひとりでも多く敵を減らしたほうが得だろう?」
「理解できかねますなあ。まず、勝つつもりなのですか?」
「当たり前、だろ!」

 俺は日傘で思いっきり執事に突きを放った。だが執事はやれやれと言った様子で後方にするりと下がり、俺の突きを避ける。……そこに。
 お盆が執事目掛けて飛んできた。執事は一瞬驚いたように目を丸く見開いたあと、それを手に取ろうとしたが。

「うっ……!」

 俺は一瞬執事がお盆に気を取られた瞬間を見計らってしゃがみ込み、そのまま執事に大きく蹴りを突き出していた。
 グラリと体格を揺らす執事を、俺は必死で日傘で突き飛ばす。

「……軌道は完璧だった……なのに、どうして私は怪我を?」
「たしかにあんたの使用人としての腕はいいんだろうさ。だけどな。人を抉っておいてなにもないってのはないんだわ」
「……まさか」

 俺の逆襲に、ようやく執事は合点がいったという顔をした。
 そりゃそうだろう。たしかに部屋を跳ね回っていたら、あちこちを抉りながらもいつまでだってお盆は跳び回っていただろうさ。だが。
 俺を抉ったんだから、血と一緒にわずかに俺の魔力が付着した。
 さすがにウラや一般に人間のように眷属にすることはかなわなくっても、一瞬だけでも俺の持ち物として扱えないかとテレパシーの要領で動かせないか試してみた訳だ。
 ……結果として、俺は賭けに買った。
 執事は腹から血を流している……だが、まだ聞きたいことがあるから、首をはねるような真似はしない。俺は執事を見下ろしながら尋ねた。

「……どうかなさいましたか。吸血鬼同士の抗争に、情けは不必要。大人しく首を……」
「首をはねる前に聞きたいことがある。あんた、マルティンが今どこにいるか知っているか?」
「どうなさるおつもりで? 旦那様はお強い。いくら真祖とはいえど、たったひとりのマリオン様でどうなりましょうか」
「……あんたにとっては大切な旦那様でもな、俺たちにとってあの男は……」

 そう言いかけたとき。
 目の前でいきなり執事が大量に口から血を吐き出した。鮮血が飛び散り、辺り一面を赤く染め上げた。

「ほう……素晴らしいじゃじゃ馬っぷりですなあ、ベルガー夫人。セバスチャンをここまで追い詰めるとは」

 そう嘲る声を上げたのは、今ちょうど話題にしていたマルティンその人であった。
 執事はコプリと首から血を噴き出している……その爪は、マルティンから伸びたものだった。白く長くて硬い爪が伸び、それが執事の首を抉ったのだ……いや、抉ったなんて生温い。首から爪が、貫通していたのだ。

「……旦那様」
「大義であった。休んでいろ」
「お暇、いただきますね……」

 そのまま執事はピクリとも動きもせず、マルティンは黙って鮮血で染まった爪を引っこ抜いた。俺は唖然としてその場を見ていた。

「……あんた。自分の執事になにしたのか、本気でわかってるのか?」
「邪魔だから殺した。それでいいのではありませんか、ベルガー夫人」
「よくない! よくないから怒っているんだろうが! そいつ、あんたの使用人じゃなかったのか!?」
「使えぬ執事を使えるようにするには時間調整が必要ですからなあ。だから長いこと続いた……まあそれだけです」

 俺はいらっとして、日傘をマルティンに向けた。

「……どこまでもあんたとは上手くやれそうもないみたいだなあ?」
「おや、奇遇ですね。私もそう思っていたんですよ」

 俺はむかっ腹を抱えたまま、マルティンに飛びかかっていた。
 同じ使用人を持つ者として、こいつだけは絶対に生かしちゃおけない。
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