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三章 婚約破棄と革命組織
4話
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地下にはどんどんと物資が運ばれていく。
食料に飲み水、武器。魔法の使えない者たちがほとんどなため、せめてもの抵抗として結界が施されるものが配布されつつある。
「まさかレニー様が直接ミイルズ教団の人間から宣戦布告を受けるだなんてねえ……?」
ルイーサは腕を組む。
あんな物々しいお見合いを、誰ひとりとして婚約とは取らなかった。ベスはげんなりとした顔で、鍛錬中の得物の剣を握りしめる。
「なんなんだよ、神殿騎士と殴り合いした末に婚約成立したのが、宣戦布告って。俺にはどうしてこうなるのかさっぱりだよ」
「そうですよねえ、わたしがおかしいんじゃないですよねえ! お嬢様のお見合いがどうしてこうなったのか、わたしだってなにがなんだかさっぱりでぇえええ!」
ハンナときたら、レニーとヴェアナーの形だけのお見合い以降、感情の浮き沈みの振れ幅が尋常ではなくなってしまっている。ハンナの高音の泣き声を鬱陶しい顔で受け流しつつ、ベスは「で」とレニーを見る。
「あいつら、とうとう俺たちを敵認識してきて、いつ攻めてきてもおかしくないってことだよな?」
「ああ。そのはずだ」
「奇襲仕掛けてくるっていうのはないの?」
「むしろそっちのほうが、こっちにも都合がいいんだけどな」
向こうから攻めてきたほうが、こちらが迎撃しただけという大義名分が得られる。世間一般からしてみれば、貧民街に住んでいる人間は得体が知れないという扱いなのだから、反乱軍がただの犯罪者として蹂躙されるよりも、あちらから襲われたから迎撃したという形をつくらなかったら、世論を味方に付けられない。
それにルイーサは笑った。
「あたしは、レニー嬢を味方にできて本当によかったよ。政治なんてさっぱりだから、政治ができる貴族の味方がいるっていうのは心強いさ」
「お、お嬢様は、そういうのに、全然興味なかったはずなんですけど……」
かろうじてハンナがそう漏らす。それにレニーは軽く首を振る。
「そんなことは、なかったんだけどな……」
自我の希薄なレニーは、簡単にアビーに意識を譲ってしまったが、勇者アビーも決して政治に明るかった訳ではない。聖女エデルに辛抱強く勉強を教えてもらっても、結局さっぱりわからなかったままだったが、自我の薄いレニーは普通に政治の勉強をしている兄姉を見て、自身も学んでいたのだ。
そう皆で話をしていたときだった。
天井が急に揺れはじめた。ここは下水道の近くの空洞であり、天井は当然ながら貧民街の道である。それに準備をしていた人々が凍り付いた。
だが、ルイーサは冷静だった。
「怯むな! 今までの鍛錬のことを思い出しな!」
「……思っているより遅かったみたいだな」
ティオボルドはすらりと剣を抜いて構える中、ハンナは悲鳴を上げる。
「お、お嬢様……! 本当に神殿騎士が……!」
「だろうな。ベス、悪いけどハンナと一緒に下水道から出て、貧民街にいる女子供をできる限り遠くに逃がしてくれないか?」
ハンナはメイドであり、家事や経理全般は得意だが、当然ながらミイルズ教団に所属する神殿騎士と戦うだけの力などない。ベスは「ふんっ」と鼻息を立てた。
「俺だけ戦えないのはイヤだけど、店長には世話になってるしなあ……ほら、店長。行くぞ。避難誘導」
「ひゃ、ひゃい……っ!」
ガタガタ震えていたハンナはベスにせかされ、ようやく正気に戻ると、レニーとティオボルドに振り返った。
「ティオボルド! お嬢様をよろしくお願いします! お嬢様、わたし後方で待っておりますから、ちゃんと戻ってきてくださいましね」
「ハンナ、レニー様は俺よりもよっぽど強いよ」
「そりゃティオボルドの謙遜だ。でも」
今日のレニーは、お見合いのときのようにコルセットで締め付けたドレス姿ではない。コルセットは付けず、ドレスの下に乗馬パンツを穿き、乗馬ブーツで足を固めている。得物は日傘ではなくて、剣。
勇者アビーのときのように全盛期のように戦えるとはお世辞にも言えないが、日頃の鍛錬と魔法による補助により、護衛騎士のティオボルドと同等には戦えるようになってきていた。
戦えない後方支援のメンツが退去したのと、空洞を塞いでいた扉が破られたのは、ほぼ同時だった。
神殿騎士たちの先頭には、案の定ヴェアナーがいた。
「やあやあやあやあ、レニー嬢! やはりここで反乱軍の指揮を執っておられましたか!」
「……言っとくが、俺は資金援助はしていたが、ここのリーダーじゃねえぞ?」
「そうはおっしゃりますが、変ですなあ? クラウゼ公爵の別荘で働いているメンツが、全員消息不明になっているんですよぉ。クビになった訳でもなく、行方不明って! レニー嬢、あなた彼らに反乱軍の後方支援の手伝いをさせているでしょう?」
それ以上レニーは答えることなく、剣に魔力を流し込んだ。自分の肉体も含めて、強化を流し込み、短期予知をはじめる。
そのままレニーは地面を大きく蹴って、剣を一閃はじめた。
そのままヴェアナーの太い腕が振るう剣と、レニーの剣が火花を散らしてぶつかり合う。
戦いがはじまった。
ティオボルドにルイーサは神殿騎士たちと善戦しているし、他の反乱軍の面々も力が拮抗しているように見える。しかし。レニーはそこに違和感を覚えた。
何故か短期予知通りに進んでいくのだ。短期予知はあくまで一分内で起こること以外はわからないし、行動次第でいくらでも結果は変わる。だからその通りにぴったり動くことなんてないのだ。
可能性があるとすれば。ヴェアナーが前に言っていたミイルズ教団の聖女エデルの存在。
もし聖女であれば、今代では既に古典魔法の類にされてしまい、ほぼ壊滅してしまった魔法も使えるはずだ。
その中のひとつで、短期予知よりも広い範囲で予知が行われる魔法があったはずだ。
そこまで考えて、レニーはヴェアナーを大きく蹴り上げてから、反乱軍へと叫んだ。
「退避! これは罠だ!」
「なっ!?」
全員をひとまず後方へ下げようとレニーが動こうとしたとき。地下に光が沸き上がった。
その光は円陣を描き、くるくると回る。光で描かれた文字がすごい勢いで敷き詰められていく。
そしてそのとき。レニーはたしかに匂いを嗅ぎ取った。前世の記憶をそのまんま呼び起こしたような匂い。既に今代では前世の話と片付けようとしていた……それでも、忘れ去ることなんてできなかった人。
「ごきげんよう、貧民街の皆さん」
鈴を転がしたような優しい声は、もうレニーの記憶の底にしかなかったものだった。それが耳を通って響く。聞こえる。
「……エデル」
銀色の髪に、透き通るような白い肌、サファイアブルーを宿した瞳。幾何学的な模様の神官服は、前に教会での礼拝で神官が着ていたものよりも装飾がごちゃごちゃとついているが、その大量の装飾でも彼女の透明感のある美しさは損なわれることがなかった。
食料に飲み水、武器。魔法の使えない者たちがほとんどなため、せめてもの抵抗として結界が施されるものが配布されつつある。
「まさかレニー様が直接ミイルズ教団の人間から宣戦布告を受けるだなんてねえ……?」
ルイーサは腕を組む。
あんな物々しいお見合いを、誰ひとりとして婚約とは取らなかった。ベスはげんなりとした顔で、鍛錬中の得物の剣を握りしめる。
「なんなんだよ、神殿騎士と殴り合いした末に婚約成立したのが、宣戦布告って。俺にはどうしてこうなるのかさっぱりだよ」
「そうですよねえ、わたしがおかしいんじゃないですよねえ! お嬢様のお見合いがどうしてこうなったのか、わたしだってなにがなんだかさっぱりでぇえええ!」
ハンナときたら、レニーとヴェアナーの形だけのお見合い以降、感情の浮き沈みの振れ幅が尋常ではなくなってしまっている。ハンナの高音の泣き声を鬱陶しい顔で受け流しつつ、ベスは「で」とレニーを見る。
「あいつら、とうとう俺たちを敵認識してきて、いつ攻めてきてもおかしくないってことだよな?」
「ああ。そのはずだ」
「奇襲仕掛けてくるっていうのはないの?」
「むしろそっちのほうが、こっちにも都合がいいんだけどな」
向こうから攻めてきたほうが、こちらが迎撃しただけという大義名分が得られる。世間一般からしてみれば、貧民街に住んでいる人間は得体が知れないという扱いなのだから、反乱軍がただの犯罪者として蹂躙されるよりも、あちらから襲われたから迎撃したという形をつくらなかったら、世論を味方に付けられない。
それにルイーサは笑った。
「あたしは、レニー嬢を味方にできて本当によかったよ。政治なんてさっぱりだから、政治ができる貴族の味方がいるっていうのは心強いさ」
「お、お嬢様は、そういうのに、全然興味なかったはずなんですけど……」
かろうじてハンナがそう漏らす。それにレニーは軽く首を振る。
「そんなことは、なかったんだけどな……」
自我の希薄なレニーは、簡単にアビーに意識を譲ってしまったが、勇者アビーも決して政治に明るかった訳ではない。聖女エデルに辛抱強く勉強を教えてもらっても、結局さっぱりわからなかったままだったが、自我の薄いレニーは普通に政治の勉強をしている兄姉を見て、自身も学んでいたのだ。
そう皆で話をしていたときだった。
天井が急に揺れはじめた。ここは下水道の近くの空洞であり、天井は当然ながら貧民街の道である。それに準備をしていた人々が凍り付いた。
だが、ルイーサは冷静だった。
「怯むな! 今までの鍛錬のことを思い出しな!」
「……思っているより遅かったみたいだな」
ティオボルドはすらりと剣を抜いて構える中、ハンナは悲鳴を上げる。
「お、お嬢様……! 本当に神殿騎士が……!」
「だろうな。ベス、悪いけどハンナと一緒に下水道から出て、貧民街にいる女子供をできる限り遠くに逃がしてくれないか?」
ハンナはメイドであり、家事や経理全般は得意だが、当然ながらミイルズ教団に所属する神殿騎士と戦うだけの力などない。ベスは「ふんっ」と鼻息を立てた。
「俺だけ戦えないのはイヤだけど、店長には世話になってるしなあ……ほら、店長。行くぞ。避難誘導」
「ひゃ、ひゃい……っ!」
ガタガタ震えていたハンナはベスにせかされ、ようやく正気に戻ると、レニーとティオボルドに振り返った。
「ティオボルド! お嬢様をよろしくお願いします! お嬢様、わたし後方で待っておりますから、ちゃんと戻ってきてくださいましね」
「ハンナ、レニー様は俺よりもよっぽど強いよ」
「そりゃティオボルドの謙遜だ。でも」
今日のレニーは、お見合いのときのようにコルセットで締め付けたドレス姿ではない。コルセットは付けず、ドレスの下に乗馬パンツを穿き、乗馬ブーツで足を固めている。得物は日傘ではなくて、剣。
勇者アビーのときのように全盛期のように戦えるとはお世辞にも言えないが、日頃の鍛錬と魔法による補助により、護衛騎士のティオボルドと同等には戦えるようになってきていた。
戦えない後方支援のメンツが退去したのと、空洞を塞いでいた扉が破られたのは、ほぼ同時だった。
神殿騎士たちの先頭には、案の定ヴェアナーがいた。
「やあやあやあやあ、レニー嬢! やはりここで反乱軍の指揮を執っておられましたか!」
「……言っとくが、俺は資金援助はしていたが、ここのリーダーじゃねえぞ?」
「そうはおっしゃりますが、変ですなあ? クラウゼ公爵の別荘で働いているメンツが、全員消息不明になっているんですよぉ。クビになった訳でもなく、行方不明って! レニー嬢、あなた彼らに反乱軍の後方支援の手伝いをさせているでしょう?」
それ以上レニーは答えることなく、剣に魔力を流し込んだ。自分の肉体も含めて、強化を流し込み、短期予知をはじめる。
そのままレニーは地面を大きく蹴って、剣を一閃はじめた。
そのままヴェアナーの太い腕が振るう剣と、レニーの剣が火花を散らしてぶつかり合う。
戦いがはじまった。
ティオボルドにルイーサは神殿騎士たちと善戦しているし、他の反乱軍の面々も力が拮抗しているように見える。しかし。レニーはそこに違和感を覚えた。
何故か短期予知通りに進んでいくのだ。短期予知はあくまで一分内で起こること以外はわからないし、行動次第でいくらでも結果は変わる。だからその通りにぴったり動くことなんてないのだ。
可能性があるとすれば。ヴェアナーが前に言っていたミイルズ教団の聖女エデルの存在。
もし聖女であれば、今代では既に古典魔法の類にされてしまい、ほぼ壊滅してしまった魔法も使えるはずだ。
その中のひとつで、短期予知よりも広い範囲で予知が行われる魔法があったはずだ。
そこまで考えて、レニーはヴェアナーを大きく蹴り上げてから、反乱軍へと叫んだ。
「退避! これは罠だ!」
「なっ!?」
全員をひとまず後方へ下げようとレニーが動こうとしたとき。地下に光が沸き上がった。
その光は円陣を描き、くるくると回る。光で描かれた文字がすごい勢いで敷き詰められていく。
そしてそのとき。レニーはたしかに匂いを嗅ぎ取った。前世の記憶をそのまんま呼び起こしたような匂い。既に今代では前世の話と片付けようとしていた……それでも、忘れ去ることなんてできなかった人。
「ごきげんよう、貧民街の皆さん」
鈴を転がしたような優しい声は、もうレニーの記憶の底にしかなかったものだった。それが耳を通って響く。聞こえる。
「……エデル」
銀色の髪に、透き通るような白い肌、サファイアブルーを宿した瞳。幾何学的な模様の神官服は、前に教会での礼拝で神官が着ていたものよりも装飾がごちゃごちゃとついているが、その大量の装飾でも彼女の透明感のある美しさは損なわれることがなかった。
応援ありがとうございます!
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