かつて勇者の反逆令嬢

石田空

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四章 聖女エデル

2話

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 皆が繋いでくれた道の上を、勇者アビーと聖女エデルが歩いている。
 勇者が間に合ったときもある。間に合わなかったときもある。どうにか魔獣を屠り、ひとつの村を守り通したとしても、次に辿り着いた町には間に合わなかったときもある。
 だんだん、勇者アビーは無茶を重ねるようになってきた。彼は剣士のように割り切ることも、吟遊詩人のように歌に残して警告を残すことも、盗賊のように火事場泥棒をすることもできない、ただ蹂躙される側だった民間人のように、間に合わなかった村や町の残骸で泣き出すのだ。そして、地面をダンダンと叩く。

「アビー、やめてください。これ以上泣いても」
「……どうしてっ! 俺が間に合っていれば……この村は……」

 ぐしゃぐしゃに涙をこぼす少年を見て、聖女エデルの胸は痛んだ。
 魔王により支配され、魔族や魔獣によって蹂躙されるこの大陸では、どんどん自己中心的な人間が増えていた。
 自分さえよければいい。自分さえ生きていればいい。他の人間は知らない。自分の見えないところで死ねばいい。
 そんな中でも、勇者アビーは声を掛け合ったどころか、会ったことすらない人間のためにも涙を流せる人なのだと……。
 でもこの先。今の旅の仲間たちが全員、一緒に執着地点の魔王の居城に、五体満足で辿り着けるとも思えなかった。だからこそ、聖女エデルは彼に抱き着いた。
 華奢であっても、折れそうな肢体であっても、彼女は少女だ。勇者アビーよりもその体はふくよかで柔らかい。それに驚いた顔で、勇者アビーは目を瞬かせた。

「私は……あなたに死んでほしくはありません。あなたが人を切り捨てられないというのなら、その後悔をずっと抱えていてください……私があなたの分の冷徹さを保ちますから」
「エデル……それってどういう……?」
「感情は、切り捨てられますから」

 かつてひとりの民間人が勇者として担ぎ上げられ、大陸のために死ねと言われたことを盛大に抗議した少女は、こうして彼ひとりを生かすということ以外の感情を、一切切り捨てた。
 精神干渉クラッキング
 本来これは、伝心テレパスにより精神を開いた相手の内面を覗き込むような魔法ではない。巫女や神官が、信仰に指定した以外のものを切り捨てるための魔法である。
 しかしこの魔法は信仰対象を神に指定した場合、狂信者が大量発生し、信仰心の薄い者たちへの虐殺がはじまってしまったがために、信仰対象を神にすることは禁じられ、本当に心から想いを寄せる相手を信仰の対象にするよう定められたのである。
 聖女エデルにとって、勇者アビーに対する憧憬は、いつしか恋に変わっていたが、それを彼女はちっとも気付くことがなかった。教会以外の世界をほとんど知らなかった弊害である。
 それが魔王に利用されることになるとは、彼女は全く気付くこともなかった。
 精神干渉を行使した場合、信仰対象以外に心を揺るがすことがまずない。それ故に、彼女はその事実に未だに気付いてもいない。
 剣士バルドリックが戻ってこず、吟遊詩人ライラと別れ、目の前で盗賊コニーが床の崩落に巻き込まれていくのを見ても、勇者アビーのように揺れることも、怒りを力に変えることもなかった。
 彼女はただ、全ての力を勇者アビーのために使ったのである。
 常人では見えないような高速の戦いの中、聖女エデルはたったひとりで勇者アビーのサポートを続けていた。
 結界の種類を瞬時に変えて魔王の力を相殺し、伝心テレパスで的確に勇者アビーに戦況を伝え、予言プレディクトで読んだ通りに魔王を追い込んでいく。その精密作業は、さながら竜騎士が空を舞う竜の心臓に向かって矢を射抜く作業に近い。
 的確に相手の動きを先読みし、自分の目論見通りに追い込まなければ、そんな大それたことはできやしないのだから。
 勇者アビーと聖女エデル。ふたりの協力の元、徐々に魔王は追い込まれていった。
 が。

「くっくっく……はっはっはっはっはっは……っ!」

 遂に勇者アビーが魔王にとどめを刺したというのに、魔王はなおも笑ったのである。

「ああ……勇者と聖女よ。その絆、たしかに見せてもらった……貴様らの力、たしかに受け取ったぞ?」

 だんだんとマグマに沈んでいく魔王は、最後に魔剣を掲げた。
 魔剣からなにかが噴き出た。それは暴風でも衝撃波でもなく、光であった。慌てて体を触るが、それはなにも傷ついていないように思える。

「いったい……なにをした?」
「最後の手土産だ……貴様らの輪廻に呪いを刻んだ。貴様らは出会えば最後、魂が摩耗し消滅するまで、何度でも殺し合う。殺し合え。そして世界と心中するがいい……! 貴様らの怨嗟の連鎖を、地獄の特等席から見物させてもらおうじゃないか……! ははは……はぁはっはっはっはっは…………!!」

 途端に魔王は膨張した。
 自爆。自分が死ぬのと引き換えに、アビーとエデルを巻き込もうとしているのだ。

「エデル……!」

 彼女の結界の張り替えが間に合わない。
 魔王との勝敗を決したと安堵した、本当にわずかな隙を付け込まれたのだ。
 今まで結界でかろうじて塞き止められていた、灼熱の温度と光の暴力が襲う。
 だが。聖女エデルは温度を感じなかった。目の前で必死に自分に手を伸ばそうとしているアビーが熱と光になぶられ、既に塵と化しているというのに。
 聖女エデルは真っ白で美しい少女のまま。熱も光も、彼女を焼き尽くすことはなかったのである──目の前で最愛の人が消滅していくというのに。

「アビー! アビー……!」

 もう、彼女の愛した人は、どこにもいない。
 魔王は、彼女の最愛と心中し、彼女だけを呪いにより生かしたのである。
 ──彼女は、精神干渉クラッキングにより信仰対象を選んだにもかかわらず、信仰対象を目の前で失ってもなお、生きなければいけなくなってしまったのである。
 魔王が勇者を道連れに消滅したこと、魔王が滅んだことにより魔族や魔獣も弱体化したことは、どうにか聖女エデルは国に伝えた。国は聖女としてエデルを大陸全体で盛大に祝いはじめた。
 その祝杯パーティーの中、聖女エデルは魔王の呪いについて考えた。
 彼女はなにをやっても死ななかった。魔王の自爆による熱も光も彼女にはなんの変化も起こさなかったし、試しにナイフを使って自分に傷をつけようとしても、彼女の皮膚を引っ掻く前に何故かナイフが折れてしまう。彼女は事故や怪我を負おうとするタイミングで、何故か人や物が盾になって庇うという不可解なことが頻発していた。
 聖女エデルは考える。既に勇者アビーは死んでしまった。だというのに、魔王は自分と勇者アビーは殺し合う運命に当たると言ってのけた。既に死んでしまっている魔王に言葉の真意を聞くことは不可能だが。この言い方だと、絶対に勇者アビーは転生するということになる。
 そうなったら、勇者アビーは生まれてからすぐに魔王の因子を持つ者に洗脳されるということにならないだろうか。
 それはひどくおそろしいことのような気がする。でも。
 勇者アビーがいったいいつに生まれ変わるのかはわからないが、それまで時間があるはずだから、生まれ変わる際に魔王の因子に気付かれることなく保護することはできないだろうか。そう考えたとき、聖女エデルの心は決めた。
 この大陸全土で、魔王の因子と勇者アビーの生まれ変わりが探し出せるよう、捜査網を敷こうと。
 祝杯パーティーの際に、国王に褒賞として欲しいものを聞かれたときに、そう答えたのである。

「魔王と勇者の物語を伝えるために、宗教組織をつくって彼らの物語を伝えたいのです」

 こうして、彼女はミイルズ教団を開き、その教えを少しずつ、本当に少しずつ大陸全土に広げていったのである。
 しかし膨大な魔力量を誇る聖女エデルであっても、精神干渉クラッキングで魔王の因子と勇者アビーの生まれ変わりを探すのは骨が折れた。大陸に住まう人々の数を思えば、たったひとりで選別を行うのは難しかったのである。
 そこで考えたのは、魔王の因子と勇者の因子をどこで見るかである。どちらも、聖女エデルと同じく、韻律の詠唱による魔法の行使を行わず、魔力量によるごり押しで魔法を使うタイプだ。
 魔力量で、魔王の因子を持つ者とそれ以外を分ければいい。
 彼女はミイルズ教団の教義に、伝心テレパスを使って神を讃えるようにと定めることにした。伝心テレパスを使える使えないで大陸の人々を分け、更に使えない人々の住所を分ける。
 聖女エデルにとって、それは魔王の因子を探し出すための区別であり、差別のつもりはなかったのだが、信者たちはそこを大きく誤解した。
 魔法の使えない者たちを貧民街に押し込め、迫害する。
 彼らは聖女エデルの精神干渉クラッキングの網から外れるために、彼らの現状は全く彼女に届くことなく、ただ信者たちの教義の建前の迫害がはじまっても、彼女は魔王の因子を探すことに夢中で、彼らの怨嗟が、一年、十年、更に数年過ぎたところで、高まって煮凝りのように濁ってきたことに、気付かなかったのである。

 彼女はここで、三つのミスを犯していたのだが、不老不死の呪いのかけられた彼女は、それに全く気付くことなく、時だけが過ぎてしまったのである。
 ひとつは、魔力の少ない人々の怨嗟を見逃してしまったこと。
 ひとつは、信者の暴走を必要悪として見過ごしてしまったこと。
 そして──最後のひとつは、勇者アビーは男として転生してくると勘違いし、彼の生まれ変わりを見落としてしまったことである。
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