かつて勇者の反逆令嬢

石田空

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四章 聖女エデル

3話

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 時は現代に戻る。
 勇者アビー……今代ではレニー・クラウゼと名乗る娘は、愕然として目を見開いていた。
 生まれ変わってもなお、忘れることのなかった恋人のエデルが、年を取らないままに、傍若無人なことを続けていた。
 しかし彼女は本気で、自分が行った行為の悪辣さに気付いていないという事実に、愕然とする。

「……エデル。本当に、聖女エデルは……俺の恋人だった人なのか……?」
「アビー……なの? でもあなたは……女の子で……」

 今まで人形のようにつるりと無機質だった少女のサファイアブルーの瞳に、困惑で揺れている。レニーはその瞳には覚えがあった。
 彼女は勇者に選ばれたアビーを見て、困惑の末に国王に楯突いたあのか弱い聖女の姿がありありと思い描けた。彼女は間違いなく、自分の知っているエデルだ。
 だが。彼女は神殿騎士たちを使って、反乱軍を潰しに来た。これについてどう問えばいいのか。

「……聖女エデル、聞きたいことがある」

 葛藤を振り払って、レニーは声を上げる。聖女エデルの華奢な肩が震える。

「魔力量で大陸の人間を二分化したのは、あんたの差し金か?」
「……二分化もされていないはずです。魔力量の足りない人間は、三割も満たないはずです」
「だとしたら、そりゃあんたの計算違いだ」

 レニーは歯を食いしばって、剣を聖女エデルに向けた。聖女エデルは悲しげに瞳を揺らしながら、レニーと視線を合わせている。

「転がり落ちて助からなかった人間は、貧民街であがいて死ぬしかない。俺はこの狂った世界を変えるために、反乱を起こした」
「……いいえ、狂ってなんかいません。ただ間違っているだけ」
「間違っているってなんだ! 貧乏人は死ねってことか!? そんな世界のどこが狂ってないって言えるんだよ!?」

 彼女を殺せば全てが終わる訳ではない。だが、彼女を殺せばミイルズ教団は瓦解する。
 そう判断して、レニーは剣をそのまま聖女エデルに振りかぶるが、聖女エデルは悲しげにふるふると首を振るだけだった。

「……あなたには私を殺すことはできない。そういう呪いだから」
「……呪い?」

 レニーが剣を振りかぶったものの、それはガキンッと音を立てて受け止められた。
 それはシューシューと息を吐き出すヴェアナーの手によるものだった。

「……レニー嬢。聖女エデルのなにが気に食わないかは知らないが! それだけは! それだけは決してしてはならないことをあなたはしましたなあ……!」
「……狂信者が」
「否! これを狂信とは笑止千万! 聖女エデルの元で、この大陸は統一された! 魔王が生まれたあとであったとしても、彼女の元に募った神殿騎士の精鋭により、立ちどころに撃退されましょうぞ! この大陸は、恒久の繁栄と栄光を手に入れたのですぞ! それを、あなたはどうして気に食わないという理由で殺そうとなさる!?」

 理屈はわかる。
 国同士の諍いに巻き込まれて、旅が途中で止まってしまい、魔王の根城を目前として立ち往生したことだってあった。村同士が魔獣の被害が原因で食料の奪い合いをはじめ、それを仲介しに行ったことだってあった。
 全てが宗教の上で意思統一していたほうが、敵対相手に一致団結して当たれるのだ。だが。
 そのために切り捨てられた人々に対し、ミイルズ教団も聖女エデルすらも、答えを出していないのだ。
 どうして自分が少数派に入らないと高を括れる? どうして自分の魔力が恒久だと言い張れる? 弱者を切り捨てるということは、自分が弱ったときに「死ね」と言われてもかまわないということと同じなのに。
 もしこれが勇者アビーだけであったら、気付かなかったことだろう。レニー・クラウゼという公爵令嬢として生まれ変わらなければ、視界が変わらなければ気付かなかったことだ。
 レニーは剣をヴェアナーに向けてから、背後の反乱軍に叫んだ。

「……神殿騎士を撃退する! 俺が先陣を切る!」

 そのままヴェアナーに向かって剣を振りかぶった。
 短期予知プレディクションに次ぐ短期予知プレディクション。一体どこまで予言プレディクトで読まれているのかはわからないし、チェスのように先読みに次ぐ先読みで先回りされているのかもしれない。だが。
 今、目の前の敵を倒さなければ、どれだけ先読みをしたとしても、なにもしてないことと同じだ。
 ヴェアナーの背後の聖女エデルについては、一旦考えるのを止めた。彼女の呪いがなにかはわからないが、彼女の呪いのロジックが解けないことには、彼女の首を狙っても落とすことはかなわない……恋人の首を狙わないといけないことには、我ながらぞっとするが。
 レニーは大きく足を踏み出し、床を踏んだ。下水道の石畳が大きく音を立て、ヴェアナーへの距離を詰める。
 何度も何度も体力も魔力も削られてきたレニーだが、ヴェアナーの剣が力を増せども、同時に大きく荒れるタイミングに気が付いた。
 レニーはヴェアナーの腹目掛けて蹴りを入れようとすると、彼は太い腕で彼女の華奢な足首を掴み、そのまま反乱軍の中にぶん投げようとする……が、それにレニーは「ティオボルド……!」と叫んだ。
 驚いたティオボルドは、神殿騎士を捌いて、彼女の元へと走り寄ったとき、頭になにかが入ってきた……レニーからの伝心テレパスである。わざわざ精神防御プロテクトまで施され、聖女エデルにも干渉されないようにした。

──ティオボルド、聞こえているか?
──レニー様……これは教義のために使う古典魔法では……?
──これは元々、鳩よりはマシだからって理由で、通信用魔法だよ。もっとも、聖女エデルの使うような魔法で割り込まれたりしたら困るから、ちょっと防御してからじゃなかったら、使いようもないけどな
──それはわかりましたけど……なにを?
──俺を受け止め次第、聖女エデルに向かって投げろ
──……正気ですか? ヴェアナーの性格を考えたら、レニー様が聖女エデルを襲うとなったら、すぐに迎撃しますよ?
──逆だよ、あいつの隙はそこしかねえ。俺よりも体力も魔力もたんまりあって、使っている古典魔法も変わり映えしねえってことは、もうこちらから隙をつくるしかねえ。あいつは、聖女エデルに目がないみたいだしな

 それに、レニーは少しだけ苛立っていた。
 あの大男は、いったいエデルのなにをそんなにわかって妄信しているのかと。
 やがてレニーはティオボルドの方向へと吹き飛ばされる。ティオボルドは困ったように端正な眉をひそませたものの、すぐに意を決して腕をクロスに構える。レニーはその腕を大きく踏んで、弾みを付ける。

──ありがとうな!
──お気を付けて

 ティオボルドの声を聞きながら、レニーは跳躍する。
 下を反乱軍と神殿騎士が戦っているのが見える。神殿騎士も皆が皆、ヴェアナーのように聖女エデルを妄信している訳ではなく、ティオボルドのようにミイルズ教団のやり口に閉口するものもいるようで、動きが鈍くなっているのもいる。
 グングンと距離が縮まる。聖女エデルのサファイアブルーの目と視線がかち合った。

「アビー……」

 その鈴を転がしたような可憐な声を聞かなかったことにして、レニーは剣を振りかぶる。

「聖女エデル、首をいただく……!」
「させるかぁぁぁぁ!」

 途端にレニーを押し潰さんとばかりに、ヴェアナーの大剣が振るわれた。
 やはり、とレニーは冷静に思う。ヴェアナーは軽口を叩いているときよりも、聖女エデルを狙ったときのほうが、わずかに剣筋にブレが生じるのだ。それは普通の騎士や剣士ではなかなかわからない、死線を生きた者にしか見えないようなブレだが。
 レニーはそのブレに合わせて体を滑らせ、ヴェアナーの巨体に剣の切っ先を向ける。あの巨体をそのまま叩っ斬るのは無理だ。首を目指して、剣を向ける。
 足に強化タイティングを三重に重ね、そのまま跳躍する。加速していく体そのままに、剣を振るう。
 ──手ごたえはあった。

「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………!」

 獣のいななきを上げて、ヴェアナーは膝をつく。その様子を見て、レニーは彼の肩を思いっきり踏んづけて、彼の首筋に何度も何度も剣を突き刺す。勇者アビーのときほど筋力がないレニーにとって、何度も何度もめった刺しにするという方法以外に、確実に相手を倒す方法はなかった。
 そのビチャンビチャンという血の量を見ながら、聖女エデルは悲しげな眼差しをレニーに向ける。

「アビー……あなたの守りたいものは、それで守れるものなんですか?」
「……ああ、何百年も生きてたのに、無邪気なままでいたエデルだと、わかんねえかもしれないけどな」
「えっ……?」
「子供が、スリをしないと生きていけねえんだよ。見つかれば騎士団に放り込まれて、袋叩きにされるかもしれねえのに。それをさせている世界を見て、正しいって言えるのかよ」

 訪れたばかりの貧民街がまともとは、とてもじゃないが言えなかった。ルイーサが地下で反乱軍を育てている間にも、地上はどんどんと荒んで行っていた。
 医者にかかりたくともスリで生計を立てなかったらかかることもできない。女子供が食い物にされないといけない……魔族や魔獣に食い物にされた結果荒んでしまった町や村を訪れたことだってあるが、人間が原因でそんなことになるなんて、思いもしなかった。
 勇者アビーはたしかに、聖女エデルを愛していた。だが。
 レニー・クラウゼは、聖女エデルを許す訳にはいかない。それがたとえ、転生してもなお、忘れられなかった愛しい人であったとしてもだ。
 既にヴェアナーはやった。もう聖女エデルを守る肉壁はいない。
 レニーは血塗れの剣の切っ先を、聖女エデルに掲げた。そして、短期予知プレディクションを駆使して、彼女目掛けて襲い掛かる。
 しかし聖女エデルは逃げも隠れもせず、ただ憐れみを込めた目で、レニーを見上げるばかりであった。

「……私の呪いは、そんな生半可なもので解けるものではないわ」
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