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こうして聖女は逃げ出した
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見合いに使われるのは神殿の中に存在する来賓室。
本来は神殿に寄付にやってくる貴族をもてなすための部屋だけれど、今回は聖女の見合いということで、普通に使わせてもらっている。
私はお茶とお茶菓子をいそいそと用意していたところで「いらっしゃいましたよ」と行儀見習いの方が教えてくださった。
そこで現れた人を見て、私は口の中で「おお……」と言う。
銀髪の短い髪に澄んだ湖のような碧い瞳。その人がドレススーツを着こなして現れたのだ。私を見ると、少し驚いたように目を見開いた。
「……あなたが当代の聖女様で?」
「あ、アハハハハハ……もうすぐお役目ごめんになるんですけれどね。私はミーナと申します。侯爵様」
「……ルカ・ブロンディと言う」
「ブロンディ侯爵様」
「いや、ルカでいい」
悪い人ではなさそうで、ひとまずはほっとした。
私はお茶を傾けるのに、ルカ様は不思議そうな顔をしていた。
「あなたがわざわざ淹れるんですか?」
「ええ。神殿では自分のことは自分でするのが基本ですから。そうは言いましても、私も元々は平民出身ですから、貴族のご令嬢のような品格は持ち合わせておりません……申し訳ございません。私ばっかりしゃべって」
「いえ。意外だと思っただけです。このお茶は……」
「ああ、はい! ハーブティーです。うちの神殿の中庭で採れましたメリッサの葉を干してつくりました。こちらの卵黄のケーキと一緒にどうぞお召し上がりくださいませ」
ケーキは焼いてから時間は経っているものの、しっとりふわふわでパンのような見た目だから食べやすいはずだ。
ルカ様は私の淹れたハーブティーをいただいてはくれたものの、ケーキにはなかなか手を付けていなかった。
「……すみません。私は甘いものが苦手で」
「あら? ああ、申し訳ございません。甘いものが苦手な方に出してしまいまして。すぐお下げしますね」
「こちらもあなたが焼いたものでしょうか?」
そう言われて、どう答えたものかと考える。
一応卵黄あまり問題のために、ケーキを焼くときは神殿にいる人間総動員で焼かないと間に合わない。というより、ワインを出す場合は大概卵白を使うから、卵黄が余りまくるからだ。
「まあ、そうなりますね」
「わかりました、あなたには負担はかけませんから」
「……はい?」
「菓子作りは重労働でしょう。これからはそれはさせませんから」
「あの、待ってください。私、甘いものも菓子作りも好きですし、それを負担と思ったことは一度も」
「ですが、そんなこと妻にはさせられません」
うん? うんんんんん?
私は考え込んでしまった。
それからなにを話したのかはよく覚えていない。ルカ様が悪い人ではないとは思ったものの、私とは相性悪くないか? と思ってしまったのだ。なによりも。
私、庶民出身だって言ったよね? お菓子なんて孤児院が近所になかったらそう滅多に食べられるものでもないし、お菓子取り上げられるのなんてむっちゃ嫌なんですけど? 貴族だってそりゃおいしいものいっぱい食べてるだろうから、甘いものなくっても生きていけるだろうけど。私は違うんですけど。
「どうしよう、あの人と食の相性いいとは思えないわ」
神殿も私から聖女の役割剥奪するんだからと気を遣ってくれた人選なんだろうけど。食の相性が悪いと他の相性だって悪いだろうに。無理だろ、この婚約。
でもどうしよう。働けるんだったら掃除だって洗濯だってするけど、聖女の顔を知っている人たちに「私、聖女クビになったから働かせて!」と言ったらびっくりするだろうし、神殿に通報されても困る。神殿の近場で働くのは絶対に無理として。
私は腕を組んで廊下をペタペタと歩く。
婚姻自体は三日後だから、それまでになんとかしないとと思っていたら。
「おやあ、聖女様。お久しぶりです」
「あら、ジーノ。お久しぶり。レモン畑は元気?」
「エヘヘ、聖女様のおかげで、上手くいったら今年のレモンも豊作です」
以前に祈祷の旅で出会ったレモン農家のジーノだった。
「でもどうしてこんなところに来てたの?」
「はい……神官さんが食中毒で倒れられたんで、今日までに届けないといけない荷物を自分が代わりに届けに行ってたんですよ。これから帰るところです」
「そうなの、ご苦労様……うん?」
今、ピンと閃いた。
「ねえジーノ。あなたが住んでるの、たしか小島よねえ?」
「はい? そうですけど」
「そこの神官さんが倒れたら大変でしょ。私、加護を使いに行ってあげようか」
「ええ? そりゃ願ったり叶ったりですけど……でもいいんですか? 聖女様、ここから勝手に出て」
「エヘン! 実は貴族のゴタゴタのせいで、そろそろクビになるから身の振り方考えていたところです! だからお願い! あなたの島に連れて行って!」
「……まあ、うちもお医者様呼ぶのも本土まで出ないと駄目で、これから探そうとしてたところなんで、渡りに船ではありますが……」
「ありがとう! ありがとうジーノ! なら善は急げよ!」
「へえ……でもいいんですか? 神官長様たちに挨拶しなくっても……」
「いいのよ! どうせその内公爵令嬢出身の美人な聖女様がいらっしゃるから、すぐみそっかすな私のことなんて忘れるわ! さあ、そうと決まったらゴーよ!」
「はあ……本土の神殿って大変なんですねえ」
ジーノがいちいち納得してくれるのが心苦しい。
ごめんねジーノ! でもあなたの島の神官さんは治してあげるし、私も身の振り方いろいろ考えるから! そう思いながら、彼の乗ってきた船に乗るべく、そのまま神殿を逃げ出すこととなったのであった。
荷物もほとんどない私は、未練もへちまも言ってる余裕はなかった。
職場をクビになったから、次の職を求めて旅立つ。それだけだ。
……ルカ様、私のようなみそっかす忘れて、さっさと次の婚約決まればいいけれどと、それだけは気がかりだったけど、すぐに忘れた。
本来は神殿に寄付にやってくる貴族をもてなすための部屋だけれど、今回は聖女の見合いということで、普通に使わせてもらっている。
私はお茶とお茶菓子をいそいそと用意していたところで「いらっしゃいましたよ」と行儀見習いの方が教えてくださった。
そこで現れた人を見て、私は口の中で「おお……」と言う。
銀髪の短い髪に澄んだ湖のような碧い瞳。その人がドレススーツを着こなして現れたのだ。私を見ると、少し驚いたように目を見開いた。
「……あなたが当代の聖女様で?」
「あ、アハハハハハ……もうすぐお役目ごめんになるんですけれどね。私はミーナと申します。侯爵様」
「……ルカ・ブロンディと言う」
「ブロンディ侯爵様」
「いや、ルカでいい」
悪い人ではなさそうで、ひとまずはほっとした。
私はお茶を傾けるのに、ルカ様は不思議そうな顔をしていた。
「あなたがわざわざ淹れるんですか?」
「ええ。神殿では自分のことは自分でするのが基本ですから。そうは言いましても、私も元々は平民出身ですから、貴族のご令嬢のような品格は持ち合わせておりません……申し訳ございません。私ばっかりしゃべって」
「いえ。意外だと思っただけです。このお茶は……」
「ああ、はい! ハーブティーです。うちの神殿の中庭で採れましたメリッサの葉を干してつくりました。こちらの卵黄のケーキと一緒にどうぞお召し上がりくださいませ」
ケーキは焼いてから時間は経っているものの、しっとりふわふわでパンのような見た目だから食べやすいはずだ。
ルカ様は私の淹れたハーブティーをいただいてはくれたものの、ケーキにはなかなか手を付けていなかった。
「……すみません。私は甘いものが苦手で」
「あら? ああ、申し訳ございません。甘いものが苦手な方に出してしまいまして。すぐお下げしますね」
「こちらもあなたが焼いたものでしょうか?」
そう言われて、どう答えたものかと考える。
一応卵黄あまり問題のために、ケーキを焼くときは神殿にいる人間総動員で焼かないと間に合わない。というより、ワインを出す場合は大概卵白を使うから、卵黄が余りまくるからだ。
「まあ、そうなりますね」
「わかりました、あなたには負担はかけませんから」
「……はい?」
「菓子作りは重労働でしょう。これからはそれはさせませんから」
「あの、待ってください。私、甘いものも菓子作りも好きですし、それを負担と思ったことは一度も」
「ですが、そんなこと妻にはさせられません」
うん? うんんんんん?
私は考え込んでしまった。
それからなにを話したのかはよく覚えていない。ルカ様が悪い人ではないとは思ったものの、私とは相性悪くないか? と思ってしまったのだ。なによりも。
私、庶民出身だって言ったよね? お菓子なんて孤児院が近所になかったらそう滅多に食べられるものでもないし、お菓子取り上げられるのなんてむっちゃ嫌なんですけど? 貴族だってそりゃおいしいものいっぱい食べてるだろうから、甘いものなくっても生きていけるだろうけど。私は違うんですけど。
「どうしよう、あの人と食の相性いいとは思えないわ」
神殿も私から聖女の役割剥奪するんだからと気を遣ってくれた人選なんだろうけど。食の相性が悪いと他の相性だって悪いだろうに。無理だろ、この婚約。
でもどうしよう。働けるんだったら掃除だって洗濯だってするけど、聖女の顔を知っている人たちに「私、聖女クビになったから働かせて!」と言ったらびっくりするだろうし、神殿に通報されても困る。神殿の近場で働くのは絶対に無理として。
私は腕を組んで廊下をペタペタと歩く。
婚姻自体は三日後だから、それまでになんとかしないとと思っていたら。
「おやあ、聖女様。お久しぶりです」
「あら、ジーノ。お久しぶり。レモン畑は元気?」
「エヘヘ、聖女様のおかげで、上手くいったら今年のレモンも豊作です」
以前に祈祷の旅で出会ったレモン農家のジーノだった。
「でもどうしてこんなところに来てたの?」
「はい……神官さんが食中毒で倒れられたんで、今日までに届けないといけない荷物を自分が代わりに届けに行ってたんですよ。これから帰るところです」
「そうなの、ご苦労様……うん?」
今、ピンと閃いた。
「ねえジーノ。あなたが住んでるの、たしか小島よねえ?」
「はい? そうですけど」
「そこの神官さんが倒れたら大変でしょ。私、加護を使いに行ってあげようか」
「ええ? そりゃ願ったり叶ったりですけど……でもいいんですか? 聖女様、ここから勝手に出て」
「エヘン! 実は貴族のゴタゴタのせいで、そろそろクビになるから身の振り方考えていたところです! だからお願い! あなたの島に連れて行って!」
「……まあ、うちもお医者様呼ぶのも本土まで出ないと駄目で、これから探そうとしてたところなんで、渡りに船ではありますが……」
「ありがとう! ありがとうジーノ! なら善は急げよ!」
「へえ……でもいいんですか? 神官長様たちに挨拶しなくっても……」
「いいのよ! どうせその内公爵令嬢出身の美人な聖女様がいらっしゃるから、すぐみそっかすな私のことなんて忘れるわ! さあ、そうと決まったらゴーよ!」
「はあ……本土の神殿って大変なんですねえ」
ジーノがいちいち納得してくれるのが心苦しい。
ごめんねジーノ! でもあなたの島の神官さんは治してあげるし、私も身の振り方いろいろ考えるから! そう思いながら、彼の乗ってきた船に乗るべく、そのまま神殿を逃げ出すこととなったのであった。
荷物もほとんどない私は、未練もへちまも言ってる余裕はなかった。
職場をクビになったから、次の職を求めて旅立つ。それだけだ。
……ルカ様、私のようなみそっかす忘れて、さっさと次の婚約決まればいいけれどと、それだけは気がかりだったけど、すぐに忘れた。
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