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犬と羽付きの馬 上
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「こうして侯爵閣下と彼に従う者は逮捕され、今日のパレードは何の憂いもなく執り行われる運びになったと。いやあ、めでたしめでたしだな」
二階のベランダから市民がごった返す大通りを見下ろしていると、この家の家主であり、大衆酒場の店主でもある男が現れた。手にしたマグカップうち一方をアブニールに差し出す。有難く受け取って、湯気の立つホットミルクに息を吹きかけた。
「うーん。天気もいいし、最高の日取りだな」
店主は片方の手にマグカップを持ったまま、もう片方の手を天高く伸ばして背伸びした。
ハレの日の空は雲一つない快晴で、抜けるような青空がどこまでも広がっている。国王陛下を乗せた馬車は下町の方まで回るらしく、普段から騒がしい下町がいつにもまして活気に満ちていた。
「にしてもこんなごみごみした下町まで回んなくたってな。市民の方を集めて露台からご挨拶で充分だろ。立太子のときとか、御子の顔見世のときみてえにさ」
「さすがに国のお誕生日ともなると、それだけ大がかりにしないとダメだってことだろ」
フラム率いる守護獣騎士団は王暗殺未遂事件を解決に導いた功績により、急遽本日のパレードの護衛を任ぜられた。獣使いを使って建国祭を滅茶苦茶にするはずが、当代の王と獣使いとの強固な絆を国民にしらしめる結果になったのだ。今頃侯爵は薄暗い牢獄でほぞを噛んでいることだろう。
一方フラムは、国王麾下の近衛騎士団はプライドの高い奴らばかりなので、機嫌取りが大変だと嘆いていたが。
「にしても、あの一匹狼……もとい一匹わんこのニールがボンドを結ぶなんてな」
揶揄うような視線を向けられ、アブニールはつんと顎を反らした。
「俺が望んだわけじゃねえけどな」
だが結果的にフラムに命を救われる形になったので感謝はしているが。
「ていうか、誰から聞いた。クライスか?」
「せいかーい」
「……あいつ本当にいい性格してるぜ」
だからか、せっかく天才的な頭脳を持っているというのに、いまいち信用できない。
「ま。悪い人じゃないから」
店主は不自然なほどクライスの肩を持つ。良く知らない相手なら勘ぐっていたところだが、店主の場合は人柄によるもので他意はない。誰にでも親切な人だからこそ、アブニールのような根無し草にもあれこれ手を貸してくれ、こうして住居に招いてもくれる。
おかげで混雑に酔う事のない特等席からパレードを眺めることが出来る。
本来、目上の相手を上から見下ろすのはマナー違反とされているが、今日ばかりは特別だ。隣近所の家々の窓にも王様の姿を一目見ようと住民たちが顔を覗かせている。
「お。来たみたいだ。って、ニールはとっくに気付いてるか」
賑やかな鼓笛隊の演奏がじわじわと近づいていた。最初に白馬に乗った近衛騎士団が数十名ほどぞろぞろと行進し、その後ろに屋根の開いた馬車に乗る国王陛下。隣に腰掛ける清楚なドレスの女性は王妃様だ。
彼女は民衆に手を振りながらも、しきりに膨らんだ腹に向かって話しかけている。長い事、子宝に恵まれなった二人だが、もうじきその憂いから解放されるのだ。
「にぎやかだな。うるせえくらいだ」
口では文句を言いながら、アブニールは笑っていた。国が平和なのは素晴らしいことだ。平民の生活が脅かされなず、騎士団も危険な任務に赴かなくて済む。
「いいことだな。……あ、ほら、お待ちかねの守護獣騎士団だぜ」
馬車の後方には守護獣騎士団が続く。先頭を歩くのは勿論団長のフラムだ。
馬の毛色は白で統一されているが、フラムの乗る白馬はひと際毛並みが輝いて人目を引いている。さらに騎馬が見惚れるほどの美丈夫だからか、特に女性たちはうっとりとした眼差しを送っていた。
「おーおー、やっぱり人気だな」
「だろうな。あの兄弟がいれば、獣使いへの差別が無くなるなんて夢のような話も実現しそうな気がしてくる」
アブニールはホットミルクを飲みつつ、その場を去ろうとする。
「ちょ、ちょっとどこ行くんだよ?」
鼓笛隊や沿道の人々に花を撒く従者もいるので、パレードは亀のような歩みで進んでいる。実はまだ店主の家の前までたどり着いてもいないのだが、アブニールの中では義理を果たしたつもりでいた。
「俺はうるさいのは嫌いなんだよ。今日の雄姿をどうしても見ろってフラムが言うから見てやっただけだ」
「じゃあ、せめて通り過ぎるまで見てけって。ほら、団長さんがこっち気付いたぞ」
渋るアブニールだが、店主に腕を引っ張られ強制的に柵の方へ戻される。すると真っ先にフラムと目が合った。どうやらアブニールを探してきょろきょろしていたらしい。仕事に集中しろと後で叱ってやらなければ。
こちらに手を振るくらいなら見逃してやっても良かったのだが、フラムは調子に乗って投げキスまで送ってくる。とたんに沿道の女性たちから黄色い悲鳴が上がった。
美男の騎士が誰に愛を告げたのかと血眼になって上を見上げている。アブニールは視線だけで射殺しそうな女性たちの視線を受けて頭を抱えたくなった。
とはいえこのまま引き下がるのは癪なので、こちらからも投げキスを返して手を振り、極力優雅に見えるよう努めながら屋内に引っ込んでやった。
二階のベランダから市民がごった返す大通りを見下ろしていると、この家の家主であり、大衆酒場の店主でもある男が現れた。手にしたマグカップうち一方をアブニールに差し出す。有難く受け取って、湯気の立つホットミルクに息を吹きかけた。
「うーん。天気もいいし、最高の日取りだな」
店主は片方の手にマグカップを持ったまま、もう片方の手を天高く伸ばして背伸びした。
ハレの日の空は雲一つない快晴で、抜けるような青空がどこまでも広がっている。国王陛下を乗せた馬車は下町の方まで回るらしく、普段から騒がしい下町がいつにもまして活気に満ちていた。
「にしてもこんなごみごみした下町まで回んなくたってな。市民の方を集めて露台からご挨拶で充分だろ。立太子のときとか、御子の顔見世のときみてえにさ」
「さすがに国のお誕生日ともなると、それだけ大がかりにしないとダメだってことだろ」
フラム率いる守護獣騎士団は王暗殺未遂事件を解決に導いた功績により、急遽本日のパレードの護衛を任ぜられた。獣使いを使って建国祭を滅茶苦茶にするはずが、当代の王と獣使いとの強固な絆を国民にしらしめる結果になったのだ。今頃侯爵は薄暗い牢獄でほぞを噛んでいることだろう。
一方フラムは、国王麾下の近衛騎士団はプライドの高い奴らばかりなので、機嫌取りが大変だと嘆いていたが。
「にしても、あの一匹狼……もとい一匹わんこのニールがボンドを結ぶなんてな」
揶揄うような視線を向けられ、アブニールはつんと顎を反らした。
「俺が望んだわけじゃねえけどな」
だが結果的にフラムに命を救われる形になったので感謝はしているが。
「ていうか、誰から聞いた。クライスか?」
「せいかーい」
「……あいつ本当にいい性格してるぜ」
だからか、せっかく天才的な頭脳を持っているというのに、いまいち信用できない。
「ま。悪い人じゃないから」
店主は不自然なほどクライスの肩を持つ。良く知らない相手なら勘ぐっていたところだが、店主の場合は人柄によるもので他意はない。誰にでも親切な人だからこそ、アブニールのような根無し草にもあれこれ手を貸してくれ、こうして住居に招いてもくれる。
おかげで混雑に酔う事のない特等席からパレードを眺めることが出来る。
本来、目上の相手を上から見下ろすのはマナー違反とされているが、今日ばかりは特別だ。隣近所の家々の窓にも王様の姿を一目見ようと住民たちが顔を覗かせている。
「お。来たみたいだ。って、ニールはとっくに気付いてるか」
賑やかな鼓笛隊の演奏がじわじわと近づいていた。最初に白馬に乗った近衛騎士団が数十名ほどぞろぞろと行進し、その後ろに屋根の開いた馬車に乗る国王陛下。隣に腰掛ける清楚なドレスの女性は王妃様だ。
彼女は民衆に手を振りながらも、しきりに膨らんだ腹に向かって話しかけている。長い事、子宝に恵まれなった二人だが、もうじきその憂いから解放されるのだ。
「にぎやかだな。うるせえくらいだ」
口では文句を言いながら、アブニールは笑っていた。国が平和なのは素晴らしいことだ。平民の生活が脅かされなず、騎士団も危険な任務に赴かなくて済む。
「いいことだな。……あ、ほら、お待ちかねの守護獣騎士団だぜ」
馬車の後方には守護獣騎士団が続く。先頭を歩くのは勿論団長のフラムだ。
馬の毛色は白で統一されているが、フラムの乗る白馬はひと際毛並みが輝いて人目を引いている。さらに騎馬が見惚れるほどの美丈夫だからか、特に女性たちはうっとりとした眼差しを送っていた。
「おーおー、やっぱり人気だな」
「だろうな。あの兄弟がいれば、獣使いへの差別が無くなるなんて夢のような話も実現しそうな気がしてくる」
アブニールはホットミルクを飲みつつ、その場を去ろうとする。
「ちょ、ちょっとどこ行くんだよ?」
鼓笛隊や沿道の人々に花を撒く従者もいるので、パレードは亀のような歩みで進んでいる。実はまだ店主の家の前までたどり着いてもいないのだが、アブニールの中では義理を果たしたつもりでいた。
「俺はうるさいのは嫌いなんだよ。今日の雄姿をどうしても見ろってフラムが言うから見てやっただけだ」
「じゃあ、せめて通り過ぎるまで見てけって。ほら、団長さんがこっち気付いたぞ」
渋るアブニールだが、店主に腕を引っ張られ強制的に柵の方へ戻される。すると真っ先にフラムと目が合った。どうやらアブニールを探してきょろきょろしていたらしい。仕事に集中しろと後で叱ってやらなければ。
こちらに手を振るくらいなら見逃してやっても良かったのだが、フラムは調子に乗って投げキスまで送ってくる。とたんに沿道の女性たちから黄色い悲鳴が上がった。
美男の騎士が誰に愛を告げたのかと血眼になって上を見上げている。アブニールは視線だけで射殺しそうな女性たちの視線を受けて頭を抱えたくなった。
とはいえこのまま引き下がるのは癪なので、こちらからも投げキスを返して手を振り、極力優雅に見えるよう努めながら屋内に引っ込んでやった。
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