飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第4章 魔術学園奮闘編

第291話 楽な仕事をさせたら、スールーは天下一品。

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 その日は土曜日だったので、夜中にもう一度集まろうということになった。伝声管の実験を行うためである。

「始まる前から申し訳ないんですが、明日は『薬草の基礎』のチャレンジに集中したいので夜は1時間くらいで抜けても良いですか?」
「そういう事情なら最初から参加しなくても良いぞ?」

 スールーはまったく気にしない様子であった。

「幸い、男手は足りているのでね。土管の両側に人がいれば良いのだろう?」
「男手である必要はない。3人いれば十分」

 サントスも気にする必要はないと後押ししてくれた。

「すみません。俺も実験は楽しみなので、最初の1時間だけでも参加させてください」
「君がそう言うならそれで良いだろう」
「ステファノが抜けた後は、俺が埋めてやるさ。明日は何もやることがないから朝まででも頑張れるぜ」

 トーマがやる気を見せて言った。ステファノには魔力制御のヒントをもらった借りがある。その借りを返そうという気持ちがあるのだろう。

「大した実験じゃない。2時間もかからない」

 確かに土管の長さを変えて音の伝わり方を記録するだけなら失敗することがない。ステファノが抜ける前に終わりそうだった。

「よし。僕は記録係を買って出よう。サントス、どんな風に記録してほしいか教えてくれ」
「楽な仕事をさせたら、スールーは天下一品」

 サントスは茶化したが、実験において記録は重要な要素である。記録がスムーズに取れればそれだけ実験が早く終わる。
 何事にも要領の良いスールーは記録係に適任であった。

「段取りが決まったところで4限目の授業に行こうか」
「スールーさんは『万能科学総論』のチャレンジをどうしました?」
「僕はパスするよ」

 負けん気の強いスールーはチャレンジに挑むものとステファノは考えていた。

「意外ですね。てっきり勝負するつもりかと思っていました」
「生徒が講師と勝負してどうするんだい? むしろじっくりお手並みを見せてもらうつもりさ」

 ドイルの独善性に反発していたスールーであったが、サントスの見立てを聞いて考えが変わったらしい。
 いったいどこまで既存の秩序を打ち破る講義をしてくれるのか、興味が反感を上回るに至ったのだ。

「単位の1つや2つで慌てるような状況じゃないからね。気に入らなければドロップするさ」

 アカデミーには修了したかどうかという結果しかない。「単位不合格」という査定が残らないので、生徒にとって学習の自由度が高かった。

 ちなみにサントスは最初からチャレンジの意思がなかった。「面白そうだからじっくり授業を受ける」という理由だそうだ。

 トーマと別れた3人は、揃って「万能科学総論」の授業へと向かって行った。

 ◆◆◆

 2度目の授業に、ドイルは遅れずに姿を見せた。前回の遅刻は、やはり意図的にやったことらしい。

(もう少し穏やかなやり方はなかったのだろうか?)

 ステファノは改めてドイルの過激な振る舞いに困惑した。

(今日は普通の授業になるといいな)

「さて、チャレンジ用の論文を書いて来た者は提出しなさい」

 冒頭、ドイルはクラス全員に声を掛けた。ステファノ、スールー、サントスの他は2名しかいない。
 論文を提出したのはステファノともう1人の生徒だけであった。

「2名だね。よろしい。評価の結果は来週早々には本人に連絡します。それでは、早速授業を始めましょう」

 ドイルは2人分の論文をとんとんと揃えると、教卓の上に置いた。

「今日は『細かい話』をしよう」

 ドイルが始めたのは、「元素」「分子」そして「原子」の話であった。それら物質の基礎となる概念はドイルの発明ではない。既にそれらの実在を唱える学説が存在していた。

「これらの概念を受け入れると、自然現象が実によく説明できるのです」

 それにもかかわらず、これらの概念は世の中に広まっていない。

「それは小さすぎて目に見えないからだ」

 観測できないために現実として受け入れられない。それがこの社会の常識である、とドイルは言った。

「その癖、神、ギフト、魔力などというもっとあやふやなものには疑いすら示さない。自分たちが矛盾していることに気づきもしないのです」

 この国で「神」を語れば、それは聖教会について語ることになる。聖教会は絶対的な権威として神を代理していた。

「細かい話」にテーマを戻しましょうと、ドイルは頭をかいた。

「単純化して言えば、熱とは分子の運動と考えることができる。激しく運動していれば大きな熱を持つわけだ」

 ドイルはチョークを取り出し、黒板にみずから「風魔術」と書き出した。

「この学園ではおなじみの魔術も自然法則と無縁ではない。魔術の発動そのものは自然法則を無視するが、発動した瞬間から結果たる現象は自然法則の影響を受けます」

 ドイルは風魔術とは空気中に圧力差を作り、高圧部分から低圧部分へ空気の移動を促す術であると説明した。

「圧力差を生み出す部分は自然法則を無視しています。通常は熱を与えると空気分子の運動が大きくなり、圧力が高まります。熱を奪えばその逆ですね」

 言葉の意味が伝わっているか、生徒の顔を見渡しながらドイルは話を続ける。

「ある部分の空気を圧縮しても良いですね。他の部分に比べて、その部分の気圧は高くなります」

 そのような気圧差を「脈絡なく」作り出すのが風魔術だ、とドイルは結論づけた。

「魔術師の協力を得て、こういう実験を行ったことがあります」

 ドイルは黒板に2つの直方体を描き、その2つをつなぐパイプを描き加えた。

「直方体Aから直方体Bに風を吹かせてくれと、魔術師に頼みました。さて、どうなったと思いますか?」

 ドイルはスールーに質問した。

「直方体Aの内部で圧力が上がり、直方体Bの内部では圧力が下がったでしょう」

 スールーはためらいなく答えた。

「うん。その通りです。他には?」

 サントスが指名された。

「Aの温度が上がる。Bが下がる」
「結構。その通りでした」

 ドイルは黒板に2通りの現象を、言葉で書き入れた。

「さて、では圧力の変化と温度の変化はどちらが先に起きたのでしょうか?」

 3人目に質問されたのは、ステファノであった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第292話 世界は不合理を許容しない。」

「圧力と温度の変化は同時に起きたのではないでしょうか?」
「ほう? どちらが先でもないというのかね?」

 ステファノの答えを聞き、ドイルは楽しそうに聞き返した。

「はい。普通の風魔術であれば、現象としての『風』を呼び出すでしょう。であれば、『風に伴って、圧力差と温度差が生まれた』と思います」

 魔術とは「因果を借りる」術である。原因が先行して結果をもたらすのではない。
 何もないところに結果だけが生じるのだ。

「うん。実際にその通りのことが起きたよ。『風が吹く』という結果が、自然界に影響を及ぼすというわけだね」

 個人の意思が世界の法則を歪めると解釈しても良かった。魔術とはそれほどにすさまじい技であった。
 
 ……

◆お楽しみに。
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