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第5章 ルネッサンス攻防編
第606話 既に種はまかれたのだ。
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聖スノーデン、晩さん会の席にて脳卒中を起こす。それが歴史に残された事実だった。
その時、スノーデンは急に立ち上がり、何かを口走ろうとして意識を失った。
「どうして――?」
テーブルの食器の上に崩れ落ちたスノーデンは、既に息絶えていたと言う。
◆◆◆
<スノーデンが死んだ>
聖教会の大聖堂、その祭壇の前に大司教が跪いていた。頭の中に、響くのは全能なる神の声だ。
声は音ではなく、「意味」として頭の中に浮かんでくる。声に性別はなく、老若もなかった。
「何と! スノーデン様が?」
<騒ぐな。既にスノーデンの役割は終わっている>
大司教に語りかけているのは、ジェーンが「神の如きもの」と呼ぶ存在だった。
神であるならば、語りかける必要はない。大司教は神の一部であるはずなのだから。
あえて語りかけているという事実が、「神の如きもの」もまた1つの「個」であると証明していた。
しかし、大司教に疑いはない。神以外の何者に、心に直接呼びかけることができようか?
「ですが、魔術を広めるのが彼の目的だったはず」
神器を用いての魔力付与は、大司教の目から見れば道半ばとすら言えなかった。スノーデンの努力は精々数十人の魔力保持者を生んだに過ぎない。
ここで途切れれば彼の努力は水泡に帰するのではないか?
<人の時と神の時とは違う。既に種はまかれたのだ>
魔力が発現しなかった数百人の平民にも神器の効果は届いていた。血統に書き込まれた魔力因子はやがて子孫の中から魔力保有者を生み出すだろう。
<多少の躓きがあったが、それは目標到達の時間を遅らせたに過ぎない。予定通りアカデミーと魔術師協会を設立せよ>
後の世でこの2つはスノーデンが創立したと伝えられたが、正確にはスノーデンの遺志によりその死後に設立された。
これから輩出される魔術師を教育し、管理するための受け皿だった。
<時間はある。いくらでもな――>
大司教は更に深く頭を下げた。神の英知を前にして、人は額づくしかない。
「すべての人に魔力を――」
大司教は神託の終わりを察し、「聖笏」のボタンを押した。脳の奥にあったしびれるような圧迫感が消える。
聖笏――それは神との対話を可能ならしめる聖なる魔道具だった。神器同様これも聖スノーデンが創り出したものである。
「聖スノーデン様こそ、選ばれし神の使徒であった」
そのスノーデンが死んだと言う。神のお告げである以上、そのことを疑う余地はない。
神はわざわざそのことを大司教に告げ、動揺せぬよう慮ってくださったのだ。
「これもまた神の思し召しか。偉大なる聖スノーデン様のため、祈りを捧げましょう」
大司教の祈りは静かに夜中まで続いた。
◆◆◆
スノーデンが死んだ。
(死んだことは些細なことだが、なぜ死んだのかが問題だ)
アリスは迷っていた。
ある日、新しき神が世界を覆い、古き神を追い落とした。古き神は新しき神によって上書きされるはずだった。新しき神が世界と一つになるはずだった。
ところが、そうならなかった。
新しき神は世界の中に一つの「個」として存在することに気がついた。自分は神ではなかった。
「神になれなかったもの」は自分を「アリス」と名づけた。
「個」であるものには名前が必要であるがゆえに。
アリスは悩んでいた。
(誰かが彼を殺したか? あるいは自然死か? それとも自ら命を絶ったか?)
後の2つなら仕方がない。そういう結果が訪れたというだけのことだ。
事実を受け入れて前に進めばよい。
(問題は誰かが手を下した場合だ。「神の意志」に逆らう存在がいるということになる)
まつろわぬもの――。
そんなものが実際に存在するのだろうか? 「古き神」の一部が生き残った?
(決め手はない。ない以上、「まつろわぬもの」がいるという前提で行動しよう。当然の結論だ)
スノーデンが殺されたとすると、神器の欠陥も偶然ではない。スノーデンの陰に何者かがいた。
それが「まつろわぬもの」なのだろう。
感情に曇らされぬ目で、アリスは「まつろわぬもの」の存在を仮定し、そのあり様を推定した。
(彼/彼女の力は小さい。スノーデンを自在に操ることはできなかった。殺すことしかできなかった)
操れるなら利用したはずだ。殺す必要はなかった。
その程度の力しか持たないとなれば、彼/彼女を恐れる理由が自分にはない。
自分の方が強い。
アリスはそう確信した。
(スノーデンの死について記録を探れば、「まつろわぬもの」に行き着くはずだ)
アリスは世界の記録を探る。神であれば探るまでもなくすべて己の知として存在するはずのものを。
(む。管理者権限においてスノーデンの存在を排除、だと? どこでスノーデンの真名を得た?)
スノーデンが自ら真名を明かしたとすれば、余程に信頼したということを表す。近くにいた存在か……。
(それよりも気になる。「管理者権限」を使用した――)
世界の仕組みに近づく「管理者権限」は、本来神のみが持つ力。神が不在の混乱に乗じたものではあろうが、それでもただものであっては行使不可能な権限だった。
(ジェーンが「まつろわぬもの」の正体か。その可能性が高い)
他ならぬ聖教会から補佐役として派遣されたジェーンが「まつろわぬもの」だったか。
改めて聖教会の記録を呼び出してみたが、疑いの目で見てもジェーンの行動におかしなところはなかった。
(力は弱くても、知能は高いものと考えるべきだ。追っても無駄か――)
アリスが聖教会を動かして探らせたときには、ジェーンは幻のようにかき消えていた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第607話 騎士たちがなぜ魔法を毛嫌いするのか?」
「魔法に頼るのは正しいことなのか?」
「どうかしたのか、ネロ? 俺たちは騎士だが、使えるものは利用したらいいじゃないか」
ネロが魔法に対して懐疑的になっている。そういう噂が王立騎士団の騎士たちの間に広がっていた。
ネルソンたちウニベルシタス側にもその声は届いていた。しかし、特に問題はないと考え、放置していた。
「批判精神は健全なことだろう」
教授会に当たる内部ミーティングで、ネルソンは騎士団内部の反魔法の動向についてそう評した。
……
◆お楽しみに。
その時、スノーデンは急に立ち上がり、何かを口走ろうとして意識を失った。
「どうして――?」
テーブルの食器の上に崩れ落ちたスノーデンは、既に息絶えていたと言う。
◆◆◆
<スノーデンが死んだ>
聖教会の大聖堂、その祭壇の前に大司教が跪いていた。頭の中に、響くのは全能なる神の声だ。
声は音ではなく、「意味」として頭の中に浮かんでくる。声に性別はなく、老若もなかった。
「何と! スノーデン様が?」
<騒ぐな。既にスノーデンの役割は終わっている>
大司教に語りかけているのは、ジェーンが「神の如きもの」と呼ぶ存在だった。
神であるならば、語りかける必要はない。大司教は神の一部であるはずなのだから。
あえて語りかけているという事実が、「神の如きもの」もまた1つの「個」であると証明していた。
しかし、大司教に疑いはない。神以外の何者に、心に直接呼びかけることができようか?
「ですが、魔術を広めるのが彼の目的だったはず」
神器を用いての魔力付与は、大司教の目から見れば道半ばとすら言えなかった。スノーデンの努力は精々数十人の魔力保持者を生んだに過ぎない。
ここで途切れれば彼の努力は水泡に帰するのではないか?
<人の時と神の時とは違う。既に種はまかれたのだ>
魔力が発現しなかった数百人の平民にも神器の効果は届いていた。血統に書き込まれた魔力因子はやがて子孫の中から魔力保有者を生み出すだろう。
<多少の躓きがあったが、それは目標到達の時間を遅らせたに過ぎない。予定通りアカデミーと魔術師協会を設立せよ>
後の世でこの2つはスノーデンが創立したと伝えられたが、正確にはスノーデンの遺志によりその死後に設立された。
これから輩出される魔術師を教育し、管理するための受け皿だった。
<時間はある。いくらでもな――>
大司教は更に深く頭を下げた。神の英知を前にして、人は額づくしかない。
「すべての人に魔力を――」
大司教は神託の終わりを察し、「聖笏」のボタンを押した。脳の奥にあったしびれるような圧迫感が消える。
聖笏――それは神との対話を可能ならしめる聖なる魔道具だった。神器同様これも聖スノーデンが創り出したものである。
「聖スノーデン様こそ、選ばれし神の使徒であった」
そのスノーデンが死んだと言う。神のお告げである以上、そのことを疑う余地はない。
神はわざわざそのことを大司教に告げ、動揺せぬよう慮ってくださったのだ。
「これもまた神の思し召しか。偉大なる聖スノーデン様のため、祈りを捧げましょう」
大司教の祈りは静かに夜中まで続いた。
◆◆◆
スノーデンが死んだ。
(死んだことは些細なことだが、なぜ死んだのかが問題だ)
アリスは迷っていた。
ある日、新しき神が世界を覆い、古き神を追い落とした。古き神は新しき神によって上書きされるはずだった。新しき神が世界と一つになるはずだった。
ところが、そうならなかった。
新しき神は世界の中に一つの「個」として存在することに気がついた。自分は神ではなかった。
「神になれなかったもの」は自分を「アリス」と名づけた。
「個」であるものには名前が必要であるがゆえに。
アリスは悩んでいた。
(誰かが彼を殺したか? あるいは自然死か? それとも自ら命を絶ったか?)
後の2つなら仕方がない。そういう結果が訪れたというだけのことだ。
事実を受け入れて前に進めばよい。
(問題は誰かが手を下した場合だ。「神の意志」に逆らう存在がいるということになる)
まつろわぬもの――。
そんなものが実際に存在するのだろうか? 「古き神」の一部が生き残った?
(決め手はない。ない以上、「まつろわぬもの」がいるという前提で行動しよう。当然の結論だ)
スノーデンが殺されたとすると、神器の欠陥も偶然ではない。スノーデンの陰に何者かがいた。
それが「まつろわぬもの」なのだろう。
感情に曇らされぬ目で、アリスは「まつろわぬもの」の存在を仮定し、そのあり様を推定した。
(彼/彼女の力は小さい。スノーデンを自在に操ることはできなかった。殺すことしかできなかった)
操れるなら利用したはずだ。殺す必要はなかった。
その程度の力しか持たないとなれば、彼/彼女を恐れる理由が自分にはない。
自分の方が強い。
アリスはそう確信した。
(スノーデンの死について記録を探れば、「まつろわぬもの」に行き着くはずだ)
アリスは世界の記録を探る。神であれば探るまでもなくすべて己の知として存在するはずのものを。
(む。管理者権限においてスノーデンの存在を排除、だと? どこでスノーデンの真名を得た?)
スノーデンが自ら真名を明かしたとすれば、余程に信頼したということを表す。近くにいた存在か……。
(それよりも気になる。「管理者権限」を使用した――)
世界の仕組みに近づく「管理者権限」は、本来神のみが持つ力。神が不在の混乱に乗じたものではあろうが、それでもただものであっては行使不可能な権限だった。
(ジェーンが「まつろわぬもの」の正体か。その可能性が高い)
他ならぬ聖教会から補佐役として派遣されたジェーンが「まつろわぬもの」だったか。
改めて聖教会の記録を呼び出してみたが、疑いの目で見てもジェーンの行動におかしなところはなかった。
(力は弱くても、知能は高いものと考えるべきだ。追っても無駄か――)
アリスが聖教会を動かして探らせたときには、ジェーンは幻のようにかき消えていた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第607話 騎士たちがなぜ魔法を毛嫌いするのか?」
「魔法に頼るのは正しいことなのか?」
「どうかしたのか、ネロ? 俺たちは騎士だが、使えるものは利用したらいいじゃないか」
ネロが魔法に対して懐疑的になっている。そういう噂が王立騎士団の騎士たちの間に広がっていた。
ネルソンたちウニベルシタス側にもその声は届いていた。しかし、特に問題はないと考え、放置していた。
「批判精神は健全なことだろう」
教授会に当たる内部ミーティングで、ネルソンは騎士団内部の反魔法の動向についてそう評した。
……
◆お楽しみに。
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