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第5章 ルネッサンス攻防編
第643話 そこへディクスンという商人が現れた。
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「難しいことじゃない。君のところに来るマランツ師に紹介してもらえないか?」
その人は小物品や雑貨の商売もしていた。短杖や長杖、指輪、アミュレットなどの魔法発動具も扱っている。マランツを通じてウニベルシタスの生徒たちに近づきたいのだと言う。
ウニベルシタスの生徒数は精々数十人だ。大した商売にはならないはずなのだが、ダニエルはおかしいとは思わなかった。
畑違いの商売のことに関心もなかった。「そういうものか」と思っただけだ。
自分を助けてくれる知人を紹介することに、何の後ろめたさもない。ちゃんとした品物を卸してくれる取引先であり、苦しい時に手を差し伸べてくれる金貸しでもあった。無理を言われたことなど一度もない。
筋の良さは自分が保証できた。
ダニエルの「恩人」ディクスンはウニベルシタスに通う魔法学生向けに商売をするようになった。
ウニベルシタスの生徒は平民の比率が高い。決まった商会とのつき合いがない生徒が多かった。
サポリは小さい町だ。魔法発動具を専門に扱うような特殊な商店はなかった。
王立アカデミーの生徒たちであれば入学前にそういったものを調達して持ち込むか、実家に依頼して送ってもらうのが普通だ。ウニベルシタスの場合はそうした慣習も存在しなかった。
そこへディクスンという商人が現れた。定期的に姿を見せては、サポリでは見かけない魔法発動具や魔道具のサンプルを見せてくれた。
実物を見ればほしくなる。実家からの仕送りを貯め、ディクスンの魔法小物を買うことが一部生徒たちの楽しみとなっていった。
好きなものが手に入る大金持ちではないが、台所事情には多少の余裕がある。そんな小金持ちの子女にはすこぶる都合の良い存在だったのだ。
珍しい干菓子でも食べさせながら割安に値付けした小物を見せてやれば、生徒たちの口は軽くなった。
「王都ではドリー様がご活躍なさったそうよ」
「聞いていますわ。1人で騎士団員5人のお相手をなさったとか」
「らしいな。こっぴどく叩きのめしたそうだ」
「魔法を封印して剣技だけで騎士団を圧倒しただと?」
凛としたドリーの美形は、女生徒と男子生徒両方から人気がある。そこは王立アカデミー時代から変わらぬ点だった。
「魔術師協会ではステファノ先生が圧勝したらしい」
「まじか?」
「鉄鎧を一瞬で吹き飛ばしたとか」
「あのサレルモ師が腰を抜かしたそうだ」
どこから聞き込んでくるのか、生徒たちは事情に詳しかった。但し、噂には尾ひれがつきものだったが。
ディクスンは生徒たちの噂話をマランツからの情報と比較して、事実を浮かび上がらせては自分のものとした。
「こんな噂が流れているようですな?」
いい加減な噂をマランツにぶつけて裏を取ることもある。
「いやいや、それは違うぞ。実際のところはじゃな……」
ネルソン商会出身というダニエルの出自がディクスンの信用を裏づける。何をどう調べてもディクスンが怪しげな取引に手を染めた過去は出てこない。正直な商売しかしてこなかったのだ。
そうでなければジェーンは彼を手駒には選ばなかっただろう。
ディクスンはウニベルシタス出入り商人という立場を得、生徒たちだけでなく学校側の人間とも接点を広げていった。
それはスールー、サントスたちも例外ではなかった――。
◆◆◆
「仕事の邪魔をしてすみませんな」
「いや……」
ディクスンはサントスの工房を訪れていた。
魔法小物を扱う商人として、情革協が生み出す魔道具の数々を見学させてほしいと願ったのだ。
今日スールーは不在で、表の店は使用人に任せているもののディクスンの相手はサントス1人で行うほかなかった。サントスの人見知りは相変わらず直っていない。
「ここでは試作品の製作がメインで、商品の量産は別の場所で行っていると?」
「そう」
この場所についての知識を事前に仕入れてからディクスンはサントスに会いに来ていた。彼の口数が極端に少ないことも承知している。
「それにしても珍しい道具が多いですな。ほとんどは魔道具ですか?」
「そうだ。試作品の加工用」
「そうですか。大変興味深いですな。どうやって使う物か、見せてもらってもよろしいか?」
ディクスンは人当たりの良い笑顔を浮かべながら、巧みにサントスを誘導した。言葉こそ少なかったが、サントスは臆することなくディクスンの求めに応じて魔道具の使い方を実演してみせた。
「ほうほう。これが鉋の役割で、こちらがハンマーに相当すると? これで素材の切断ができるのですか?」
サントスの工房にはまだ世に出ていない魔道具が何種類も置いてあった。技術革新のスピードが速すぎると既存職人の仕事を奪うことになる。ドイルがそう言って、公開時期をわざわざ遅らせるようにしたものたちだ。
と言って、人目から遠ざける程に秘密扱いしているわけでもない。見られたところでどうせまねできないのだ。
サントスも特に気にせずに各魔道具をディクスンに紹介していった。
「ん? こちらは何ですかな?」
ディクスンはサントスの机に置かれた短杖を取り上げて尋ねた。
「そ、それは! 特に使っていない」
「ふむ。魔法発動具ですかな?」
「そう! そ、その試作品!」
サントスはディクスンの手から短杖を取り戻すと、机の引き出しにしまった。
ディクスンの目がその手のわずかな震えを見て、すっと細められた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第644話 サントスは嘘をついたのです。」
「それがどうした? 魔道具工房に短杖が置いてあっただけだろう?」
王都に戻ったディクスンに問い返す男の姿があった。
王立騎士団長のシュルツだ。
ディクスンを裏で操っているのはシュルツであった。
「不思議はないと思うが」
不審気なシュルツの言葉にディクスンは首を振った。
……
◆お楽しみに。
その人は小物品や雑貨の商売もしていた。短杖や長杖、指輪、アミュレットなどの魔法発動具も扱っている。マランツを通じてウニベルシタスの生徒たちに近づきたいのだと言う。
ウニベルシタスの生徒数は精々数十人だ。大した商売にはならないはずなのだが、ダニエルはおかしいとは思わなかった。
畑違いの商売のことに関心もなかった。「そういうものか」と思っただけだ。
自分を助けてくれる知人を紹介することに、何の後ろめたさもない。ちゃんとした品物を卸してくれる取引先であり、苦しい時に手を差し伸べてくれる金貸しでもあった。無理を言われたことなど一度もない。
筋の良さは自分が保証できた。
ダニエルの「恩人」ディクスンはウニベルシタスに通う魔法学生向けに商売をするようになった。
ウニベルシタスの生徒は平民の比率が高い。決まった商会とのつき合いがない生徒が多かった。
サポリは小さい町だ。魔法発動具を専門に扱うような特殊な商店はなかった。
王立アカデミーの生徒たちであれば入学前にそういったものを調達して持ち込むか、実家に依頼して送ってもらうのが普通だ。ウニベルシタスの場合はそうした慣習も存在しなかった。
そこへディクスンという商人が現れた。定期的に姿を見せては、サポリでは見かけない魔法発動具や魔道具のサンプルを見せてくれた。
実物を見ればほしくなる。実家からの仕送りを貯め、ディクスンの魔法小物を買うことが一部生徒たちの楽しみとなっていった。
好きなものが手に入る大金持ちではないが、台所事情には多少の余裕がある。そんな小金持ちの子女にはすこぶる都合の良い存在だったのだ。
珍しい干菓子でも食べさせながら割安に値付けした小物を見せてやれば、生徒たちの口は軽くなった。
「王都ではドリー様がご活躍なさったそうよ」
「聞いていますわ。1人で騎士団員5人のお相手をなさったとか」
「らしいな。こっぴどく叩きのめしたそうだ」
「魔法を封印して剣技だけで騎士団を圧倒しただと?」
凛としたドリーの美形は、女生徒と男子生徒両方から人気がある。そこは王立アカデミー時代から変わらぬ点だった。
「魔術師協会ではステファノ先生が圧勝したらしい」
「まじか?」
「鉄鎧を一瞬で吹き飛ばしたとか」
「あのサレルモ師が腰を抜かしたそうだ」
どこから聞き込んでくるのか、生徒たちは事情に詳しかった。但し、噂には尾ひれがつきものだったが。
ディクスンは生徒たちの噂話をマランツからの情報と比較して、事実を浮かび上がらせては自分のものとした。
「こんな噂が流れているようですな?」
いい加減な噂をマランツにぶつけて裏を取ることもある。
「いやいや、それは違うぞ。実際のところはじゃな……」
ネルソン商会出身というダニエルの出自がディクスンの信用を裏づける。何をどう調べてもディクスンが怪しげな取引に手を染めた過去は出てこない。正直な商売しかしてこなかったのだ。
そうでなければジェーンは彼を手駒には選ばなかっただろう。
ディクスンはウニベルシタス出入り商人という立場を得、生徒たちだけでなく学校側の人間とも接点を広げていった。
それはスールー、サントスたちも例外ではなかった――。
◆◆◆
「仕事の邪魔をしてすみませんな」
「いや……」
ディクスンはサントスの工房を訪れていた。
魔法小物を扱う商人として、情革協が生み出す魔道具の数々を見学させてほしいと願ったのだ。
今日スールーは不在で、表の店は使用人に任せているもののディクスンの相手はサントス1人で行うほかなかった。サントスの人見知りは相変わらず直っていない。
「ここでは試作品の製作がメインで、商品の量産は別の場所で行っていると?」
「そう」
この場所についての知識を事前に仕入れてからディクスンはサントスに会いに来ていた。彼の口数が極端に少ないことも承知している。
「それにしても珍しい道具が多いですな。ほとんどは魔道具ですか?」
「そうだ。試作品の加工用」
「そうですか。大変興味深いですな。どうやって使う物か、見せてもらってもよろしいか?」
ディクスンは人当たりの良い笑顔を浮かべながら、巧みにサントスを誘導した。言葉こそ少なかったが、サントスは臆することなくディクスンの求めに応じて魔道具の使い方を実演してみせた。
「ほうほう。これが鉋の役割で、こちらがハンマーに相当すると? これで素材の切断ができるのですか?」
サントスの工房にはまだ世に出ていない魔道具が何種類も置いてあった。技術革新のスピードが速すぎると既存職人の仕事を奪うことになる。ドイルがそう言って、公開時期をわざわざ遅らせるようにしたものたちだ。
と言って、人目から遠ざける程に秘密扱いしているわけでもない。見られたところでどうせまねできないのだ。
サントスも特に気にせずに各魔道具をディクスンに紹介していった。
「ん? こちらは何ですかな?」
ディクスンはサントスの机に置かれた短杖を取り上げて尋ねた。
「そ、それは! 特に使っていない」
「ふむ。魔法発動具ですかな?」
「そう! そ、その試作品!」
サントスはディクスンの手から短杖を取り戻すと、机の引き出しにしまった。
ディクスンの目がその手のわずかな震えを見て、すっと細められた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第644話 サントスは嘘をついたのです。」
「それがどうした? 魔道具工房に短杖が置いてあっただけだろう?」
王都に戻ったディクスンに問い返す男の姿があった。
王立騎士団長のシュルツだ。
ディクスンを裏で操っているのはシュルツであった。
「不思議はないと思うが」
不審気なシュルツの言葉にディクスンは首を振った。
……
◆お楽しみに。
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