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第一章

20話「幼馴染の秘め事」

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「いかんいかん……相手は女性だとしても幼馴染で元は男だ! 正気を保て俺よっ!」

 風呂上がりの幽香の姿を見て優司は邪な感情が溢れそうになると、その場から逃げるようにしてシャワー室へと駆け込んで全身に湯を浴びながら冷静な思考を取り戻そうとしていた。

「だが待てよ……。このシャワー室もさっきまでは幽香が使っていたわけだよな?」

 しかしふと脳裏に過ぎってしまった事がきっかけで優司はさらに悶々としてしまい、いっそ冷水に切り替えて無理やりにでも頭に篭った邪念を取り払おうとシャワーの蛇口を捻って切り替えた。
 
「よしよし、これできっと俺の中に湧いた変な気持ちは収まるだ……ちょあぁぁ!? 冷てぇえあぁぁ!?」

 なんとも名案なのではないかと自画自賛していたが、予想していた数倍の冷水が勢いよく頭部から降り注ぎ優司は急いで止めるが無駄に体を冷やしてしまっただけであった。
 これでは小学生が人工的に風邪を引こうとするようなものだと、彼はお湯を再び出しながら思った。

「ああ、これで風邪引いたら俺は馬鹿だな。いやでも馬鹿は風邪を引かないと言うか」

 そう呟きながら体を温めていると急にシャワー室の扉から軽いノック音が聞こえてきた。

「ゆ、優司? 何かあったのかい? 急に叫び声のようなものが聞こえたけど……」

 幽香の声には戸惑いのようなものが感じられて、自分の馬鹿行為のせいで無駄に彼女を心配させたらしく優司はお湯を止めてから口を開いた。

「問題ないぞ! ちょっとお湯と冷水を間違えただけだ! はっはは!」

 何でも笑いながら言えば誤魔化せるだろうと彼は作り笑いでその場を凌ぐ事にした。
 正直に幽香の女体化を妄想して浮かんだ邪念まみれの考えを、冷水によって強制的に払拭しようとしただなんて口が裂けても言えないことなのだ。

「そ、そう? ならいいけど……風邪引かないでね?」

 幽香は彼の誤魔化しを信じてくれたらしく最後に気遣いまでしてくれた。

「おう! 馬鹿は風邪引かないらしいから大丈夫だ!」
 
 本当に女体化している時の幽香は優しさの塊なのではないだろうかと彼は思いつつ返事をすると体を洗い始めた。

「……しっかし、相変わらずこの刺青みたいな呪印は消えないよなぁ。こんなのクラス連中に見られたら気味悪がられるところじゃないよな多分」

 頭を洗い終わって体を洗おうとすると嫌でも腕の呪印が視界に映り、その度に優司はあの時の光景が脳裏で再生されて後悔念が押し寄せてくる。だが彼はこの腕をクラスの皆には見せる訳にはいかないと包帯を巻いてやり過ごしていたのだ。

 そのせいで学園見学中に裕馬からは「それはあの傷なのか?」と疑われたが取り敢えず火傷が原因とだけ言ってなんとかやり過ごしているのだ。
 呪印の位置的にそれを疑われても仕方ないのだが……優司としては気が重くなる。

「さてっと……全て洗い終わったしそろそろ出るとするかな」

 色々と思案しているうちに自身の体を隅々まで綺麗に洗い終わると、体に付いた泡を湯で流してから近くに掛かっていたタオルを手に取り顔を軽く拭くと次に頭を拭こうとしたのだが。
 ――がたんっ。と何か物が当たる音が聞こえたのだ。

「ん、なんだ? ……はっ!? も、もしかして!」

 優司は可能性として部屋で幽香が盛大に転んだのではないのかと考えると、直ぐに扉を開けて安否を確認しようとした。
 ……だがしかし、優司の目の間に映った光景は何とも言葉に出しづらいものであった。

「ゆ、幽香は一体何をしているんだ……」

 咄嗟の出来事に優司は開けた扉を音を立てないように静かに閉めると、僅かな隙間から様子を伺った。何故なら幽香はベッドの上で掛け布団に包まりながら、優司が先程まで着ていた制服を自身の顔に近づけて匂いを嗅いでいるよう素振りをしていたのだ。

「ま、まま、まじで本当に……なにが……」

 その出来事は優司の脳内を混乱させるには充分過ぎて、目の前で起こった事の内容はまったく理解出来なかった。
 だが彼は隙間から様子を伺っているうちにあの行為は何処で見た事があることに気がついた。

「ああ、そうだ! あれは数多くの同人誌に絶対と言っていいほど描かれているアレだ! 確か好きな異性の匂いを嗅ぐとストレスが和らぐとかだった気がするが……」
 
 それを踏まえつつ優司は改めて幽香が何をしているのかと考えながら視認を続けると、彼女の方が突然大きく動き始めて包まっていたシーツを退かすと左手を躊躇なく自分のショートパンツの中へと入れていた。

「なにっ!? ……おいおい。も、もしかして……これって……」

 優司がその行為に絶句して言葉が途切れ途切れになると、幽香からは声を押し殺しているようなものが聞こえてくる。それもショートパンツへと入れた左手が動くと同時にだ。
 それは最早疑いようの余地もなく優司が同人誌で見た絵とそっくりな事であった。

「んっ……あぁっ……ゆ、優司ぃ……」
 
 ベッドの上で彼の制服の匂いを嗅ぎながら左手で下半身を触り出すと不意に声を漏らしてしまったのか、そこには優司の名前があった。

「な、名前を……ってことはやっぱりそういう事なのか……?」

 優司はそこで幽香が何をしているのか何故そうしているか、それらが少しだけ分かってしまった気がしたが、きっとそれは今は黙っていた方が良いのだろうと本能的に察した。

 ……だが幽香のその行為が終わるまで出るに出られなくなった優司は暫くの間、彼女から時たま漏れ聞こえる喘ぎ声を聞きながら只管に耐え忍んだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「じゃあ、おやすみ優司」
「あ、ああ。おやすみ……」

 なんとか幽香の慰めが終わってタイミングを見計らってシャワー室から出ると優司は何も見ていない事を貫き通すと決めて、普通に雑談を交えながら消灯の時間まで二人で何事もなく過ごした。 
 そして寮内に消灯の言葉が流れると二人はベッドへと入って寝る前の挨拶を交わすと優司は静かに目を閉じた。

 ……暫くして幽香から寝息が聞こえてくると、優司は閉じていた目を開けて真っ暗になった部屋の天井を見て思い耽った。

「はぁ……あんなの見させられたら、ずっと瞼の裏に焼きついて寝れないぜ。それに今日はいいとして明日からどんな顔をして話せばいいのやら……」

 ため息混じりのその言葉は明日起きてから何事もなかったかのようにして接しないといけないという憂鬱さが滲み出ているようだった。仮にさっきのあれが女体化だけの時ならまだいいが、それが男の時だったら……という一抹の不安もあるのだ。

「うーむ……ああ見えて幽香は色々と抱えているのか? だとしたら後日、裕馬から借りる予定の村正ライフ先生新作の同人誌とティッシュひと箱をセットで渡してみるか」

 きっと幽香も男だから色々と溜まっていて女体化した時にそれが溢れてしまったのだろうと、優司は自分の中で約三時間に及ぶ一人議論のすえ答えを導き出した。

 だが一つ疑問があるとするならなぜ自分の制服の匂いを嗅いでいたのかと言うのがあるが、よくよく考えてみれば自分のよりかは他の人の方が良いだろうという事で直ぐに優司の中で答えが出た。

「意外と深夜の方が俺は頭が冴えるのか? ……ふむ、だとしたらこれもまた新たな発見だな」

 意外な事実に優司本人が気が付くと、なんとか幽香の解決策は思い浮かんだので安心して再び目を閉じると今度こそ深い眠りへと落ちていった。


◆◆◆◆◆◆◆◆

 
 そして朝を迎えると寮内には聞いたこともない音楽がスピーカーに乗って流れだし、それを起床の合図として望六と幽香は欠伸をしながら起き上がると早々に朝の身支度を済ませた。
 だが幽香が寝巻きから制服に着替えるとなると優司の頭は光の速さで覚醒していく。

「やっぱり朝の六時を超えると男に戻るのか……不思議だな」

 覚醒しきった脳を動かしてまじまじと幽香の姿を優司は捉えていく。

「何を今更いってるんだよ。それよりも着替えるんだから壁の方を向いてて」

 制服を片手に彼はジト目でそう言ってきた。しかし優司的には別に今は男同士だと言うのに何をそんなに警戒しているのかと疑問だったが昨日のこともあって素直に従った。

「はいはい。んじゃ俺もついでに着替えるかな」

 壁と睨めっこすると優司も制服に着替えるべく寝巻きのジャージを乱暴に脱ぎ捨てると制服を身に纏い、暫くすると背後から幽香が着替えを終えた事を教えてくれた。

「まったく、男同士なんだからそんな着替え如きで恥ずかしがるなよなぁ」
 
 優司は振り向きざまに肩を竦めながら言う。

「べ、別に恥ずかしいわけではないっ! ただ……ちょっと色々とあるのだ」

 幽香は着替えを見せると事自体は恥ずかしい事ではないと言っているが、赤面しながら言われてもなんの説得力もないと優司は見ていて思った。

「さいですか。じゃ、着替えも終わったし食堂で朝食取ったらクラスに向かうか」 

 取り敢えずいつまでも寮に居てもしょうがないので食堂へと向かう事を提案する。

「う、うむ!」
 
 教科書類の入ったバッグや除霊具が収納されているケースを抱えながら幽香は頷くのだった。
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