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一人の休日
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〈加賀編〉
今日は一月二日。
元旦に倉知家の家族と初詣に行き、夜には自宅アパートに一人で帰宅した。
二日は毎年親戚の家を訪問するらしく、倉知は行きたくないと暗い顔をしていた。俺を抱きしめてなかなか離そうとしなかった。
休日なのに、一緒にいないなんて変な感じではある。でもたまにはこういう時間も必要だと思う。あんまりべったりしていたら、お互いに飽きてしまう。
とはいえ飽きない自信はあるのだが。
面白くもないテレビを眺めて、ダラダラと過ごし、ようやく昼になった。時間が経つのがやたら遅く感じる。
一人の休日に、何をしていいかわからない。
本を読んでも集中できないし、DVDを借りに行くのも億劫で、料理も面倒だ。
倉知がいないと張り合いがない。ということに気づいた。
話し相手がいないのがつまらなくて、寂しい。かといって、誰でもいいわけじゃない。倉知以外の誰にも代わりは務まらない。
少し前まで一人が普通だったのに。
急に自分の女々しさが恥ずかしくなった。俺は本来、他人に執着する人間ではない。
ソファから立ち上がり、お茶を淹れることにした。
マグカップにお茶を注ぎ、テーブルの上に置いて、はた、と気づく。
無意識に、カップを二つ用意していた。湯気の上がる二人分のカップを見下ろして、頭を掻いた。
これは、駄目だ。気分転換に外に出るか、と支度をしていると、携帯が震えた。画面を見ると倉知からのメールだった。それだけで顔が綻ぶ。
『お昼ご飯食べましたか?』
短い文章の中に勝手に愛を感じて胸が温かくなった。
『まだー。今から外で食べてくるわ。倉知君がいないとつまんないようおう』
送信して、靴を履き、ドアを開けると再びメールを受信した。
『俺もです。加賀さんと一緒にいたい。抱きしめたい。キスしたい。大好きです』
鍵穴に鍵を差し込もうとする手がおぼつかない。今更何を照れているのか。
苦労して鍵をかけて、階段を下りると下から上がってくる女性が俺に気づいて「あ」と声を上げる。隣の住人だ。
「あけましておめでとうございます」
お辞儀をすると、早口で「おめでとうございます」と慌てて頭を下げてきた。そのまますれ違ってから、思い直して「あの」と声をかけた。
「はっ、はい」
裏返った声で数段上から俺を見下ろす女性の顔が赤い。
「うち、うるさくないですか?」
「え?」
「物音とか話し声とか」
喘ぎ声とか、と言いかけて、言葉を切る。隣の住人は夜勤の多い看護師で、夜家にいることが少ない。それにうちのアパートは決して壁が薄くない。今まで自分自身、他の住人の生活音をうるさいと感じたことがない。テレビの音すら聞こえない。
「全然、大丈夫ですよ」
はにかんで答える女性がコートの裾を握りしめて、少しためらいがちに「あの」と言った。
「お雑煮作るんですけど、よかったら、その……うち、来ませんか?」
こんなふうに隣の女性と会話することすら珍しいのに、どうやら誘われているらしいと気づいて気が重くなった。
「あー、すいません、ちょっと用事あるんで」
断った直後に携帯がバイブ音を鳴らす。多分、倉知だ。
残念そうに肩を落とす女性と別れ、携帯の画面に目を落とす。
『ナンパされないでくださいね』
思わず辺りを見回した。見られているのかと思った。こわ、と呟いてから返信する。
『はい、ごめんなさい』
その一言がいけなかったのか、メールではなく電話がかかってきた。
「違う違う、大丈夫だから」
倉知が喋る前に先手を打つ。
『なんで謝ったんですか?』
「ん、いや、隣の部屋の人にたまたま会って、挨拶したら、うち来ませんかって」
『……なんですかそれ。普通、そんなことになりますか?』
「なっちゃったんだよ、ごめん。ちゃんと断ったからね」
『当たり前です』
はあ、とため息をついた倉知が、黙った。
「怒ってる?」
『怒りません。加賀さんがモテるのは諦めてます。でも、なんていうか、もやもやして、心配で』
「大丈夫だよ、誰にもついていかないし」
『当たり前です』
同じ科白を繰り返して、「加賀さん」と苦しげに囁いた。
『会いたくて、泣きそう』
昨日会ったのに、大げさだ。それでも、泣きそうな声で「泣きそう」と言った倉知が妙に愛しくて、こっちまで泣きそうになる。
「明日会えるだろ?」
『はい……』
「一日中イチャイチャしような」
『はい!』
力強いはきはきとした返事がおかしくて、吹き出してしまった。
「あー、もうほんと、可愛い奴」
『加賀さん、大好き』
「おう、俺も」
七世ー、食べるよー、と電話の向こうで倉知の母の声が聞こえた。
『もう切りますね』
「ん、じゃあ明日な」
電話を切って、歩き出す。
明日は外に出なくてもいいように、今日のうちに食材を買っておこう。それと、コンドームとローションを補充しておくか。
急に足取りが軽くなった。
俺も大概、現金な奴だ。
〈おわり〉
今日は一月二日。
元旦に倉知家の家族と初詣に行き、夜には自宅アパートに一人で帰宅した。
二日は毎年親戚の家を訪問するらしく、倉知は行きたくないと暗い顔をしていた。俺を抱きしめてなかなか離そうとしなかった。
休日なのに、一緒にいないなんて変な感じではある。でもたまにはこういう時間も必要だと思う。あんまりべったりしていたら、お互いに飽きてしまう。
とはいえ飽きない自信はあるのだが。
面白くもないテレビを眺めて、ダラダラと過ごし、ようやく昼になった。時間が経つのがやたら遅く感じる。
一人の休日に、何をしていいかわからない。
本を読んでも集中できないし、DVDを借りに行くのも億劫で、料理も面倒だ。
倉知がいないと張り合いがない。ということに気づいた。
話し相手がいないのがつまらなくて、寂しい。かといって、誰でもいいわけじゃない。倉知以外の誰にも代わりは務まらない。
少し前まで一人が普通だったのに。
急に自分の女々しさが恥ずかしくなった。俺は本来、他人に執着する人間ではない。
ソファから立ち上がり、お茶を淹れることにした。
マグカップにお茶を注ぎ、テーブルの上に置いて、はた、と気づく。
無意識に、カップを二つ用意していた。湯気の上がる二人分のカップを見下ろして、頭を掻いた。
これは、駄目だ。気分転換に外に出るか、と支度をしていると、携帯が震えた。画面を見ると倉知からのメールだった。それだけで顔が綻ぶ。
『お昼ご飯食べましたか?』
短い文章の中に勝手に愛を感じて胸が温かくなった。
『まだー。今から外で食べてくるわ。倉知君がいないとつまんないようおう』
送信して、靴を履き、ドアを開けると再びメールを受信した。
『俺もです。加賀さんと一緒にいたい。抱きしめたい。キスしたい。大好きです』
鍵穴に鍵を差し込もうとする手がおぼつかない。今更何を照れているのか。
苦労して鍵をかけて、階段を下りると下から上がってくる女性が俺に気づいて「あ」と声を上げる。隣の住人だ。
「あけましておめでとうございます」
お辞儀をすると、早口で「おめでとうございます」と慌てて頭を下げてきた。そのまますれ違ってから、思い直して「あの」と声をかけた。
「はっ、はい」
裏返った声で数段上から俺を見下ろす女性の顔が赤い。
「うち、うるさくないですか?」
「え?」
「物音とか話し声とか」
喘ぎ声とか、と言いかけて、言葉を切る。隣の住人は夜勤の多い看護師で、夜家にいることが少ない。それにうちのアパートは決して壁が薄くない。今まで自分自身、他の住人の生活音をうるさいと感じたことがない。テレビの音すら聞こえない。
「全然、大丈夫ですよ」
はにかんで答える女性がコートの裾を握りしめて、少しためらいがちに「あの」と言った。
「お雑煮作るんですけど、よかったら、その……うち、来ませんか?」
こんなふうに隣の女性と会話することすら珍しいのに、どうやら誘われているらしいと気づいて気が重くなった。
「あー、すいません、ちょっと用事あるんで」
断った直後に携帯がバイブ音を鳴らす。多分、倉知だ。
残念そうに肩を落とす女性と別れ、携帯の画面に目を落とす。
『ナンパされないでくださいね』
思わず辺りを見回した。見られているのかと思った。こわ、と呟いてから返信する。
『はい、ごめんなさい』
その一言がいけなかったのか、メールではなく電話がかかってきた。
「違う違う、大丈夫だから」
倉知が喋る前に先手を打つ。
『なんで謝ったんですか?』
「ん、いや、隣の部屋の人にたまたま会って、挨拶したら、うち来ませんかって」
『……なんですかそれ。普通、そんなことになりますか?』
「なっちゃったんだよ、ごめん。ちゃんと断ったからね」
『当たり前です』
はあ、とため息をついた倉知が、黙った。
「怒ってる?」
『怒りません。加賀さんがモテるのは諦めてます。でも、なんていうか、もやもやして、心配で』
「大丈夫だよ、誰にもついていかないし」
『当たり前です』
同じ科白を繰り返して、「加賀さん」と苦しげに囁いた。
『会いたくて、泣きそう』
昨日会ったのに、大げさだ。それでも、泣きそうな声で「泣きそう」と言った倉知が妙に愛しくて、こっちまで泣きそうになる。
「明日会えるだろ?」
『はい……』
「一日中イチャイチャしような」
『はい!』
力強いはきはきとした返事がおかしくて、吹き出してしまった。
「あー、もうほんと、可愛い奴」
『加賀さん、大好き』
「おう、俺も」
七世ー、食べるよー、と電話の向こうで倉知の母の声が聞こえた。
『もう切りますね』
「ん、じゃあ明日な」
電話を切って、歩き出す。
明日は外に出なくてもいいように、今日のうちに食材を買っておこう。それと、コンドームとローションを補充しておくか。
急に足取りが軽くなった。
俺も大概、現金な奴だ。
〈おわり〉
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