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初心者のための麻雀勉強会
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〈千葉編〉
加賀さんはカッコイイなと思った。
いや、そんなことはとっくにわかっていたのだが、改めて思う。
ただ麻雀牌を掻き混ぜているだけなのに、ただ牌を積んでいるだけなのに、なぜかカッコイイ。
「なぜカッコイイんですか?」
「え」
「加賀さんはなぜカッコイイんですか? カッコつけてないのにカッコイイのはなぜ?」
小さなサイコロを二つ手のひらで転がしながら、加賀さんが俺を見て笑った。
「なんか言い出した」
「所作の一つ一つがなぜかカッコイイんですけど……、俺の気のせいですか?」
「気のせいじゃないです。加賀さんはいつもカッコイイです」
倉知君が同意すると、六花さんが「フォウ」と小さく声を漏らす。
「姿勢かな。あぐらなのに姿勢がいいですね。なんかヨガっぽいな」
足を崩して加賀さんの真似をしてみたが、体が痛い。
「いたたたた?」
「はは。千葉君、体硬いなー」
「くっ、こんなはずでは」
「加賀さんのカッコよさは天然だから。そうやって安易に真似て、形から入ろうとするのがもうすでにカッコ悪い」
六花さんが冷めた目で言ったが、俺にはわかっている。冷めた目でも、愛は冷めていない。それに、六花さんが俺に「カッコよさ」を求めていないことは知っている。
わかってるよ、という意味でうんうんうなずいた。となりで加賀さんもうんうんうなずいた。倉知君にも伝染して、三人でうなずいたが、六花さんはツンと澄ましてうなずかない。胸が、キュンと鳴る。
「じゃあ始めるか。俺が親なので、サイコロ振りまーす」
加賀さんがサイコロを振る。ただ振っただけなのに、二つのサイコロが弾け飛び、別々の軌道を描いて転がっていく。
「え、今の、なんですか、普通にサイコロころころ転がさないんですか? なんか発射したみたいでしたよね。もう一回やって見せてください」
初めて見る技に思わず前のめりになる。俺が参考にしている動画は自動雀卓だ。こういうシーンは出てこない。ボタンを押したら卓の真ん中でサイコロが回るタイプか、ルーレットタイプだ。
「いいけど、発射って」
転がったサイコロを回収して、加賀さんが手首を振って見せる。
「自分とこの山の壁にぶち当てる感じ。手前にスナップ効かせて。こう」
パシン、と軽快な音と立てて、サイコロが転がっていく。
「カッコイイ。俺もこれを自宅で練習しよう」
「うん、まあ、夜な夜な練習して。はい、サイコロの目は五と三ですが?」
「たしか、足すんですよね、八です。これ……、なんでしたっけ。反時計回りに八だから、一、二、三……八、俺のとこですね。こっちから、八個飛ばした九個目から取っていくんですよね?」
「そう正解。ひだりっぱ」
「ひだりっぱ」
「うに、といさん、さし、じご、うろく、といなな、ひだりっぱ、じく、みたいに語呂で覚えるといいよ」
加賀さんが反時計回りにぐるぐると指を差し示しながら言った。まるで呪文だが、いつか俺もさらりと詠唱できるまでに成長したい。
「なるほど、覚えます」
「はい、八個残してここから四枚ずつ取っていきまーす」
加賀さんが俺の積んだ山から牌を持っていく。みんなが黙々と牌を回収し、それを三回繰り返す。
倉知君と六花さんの手つきも慣れてはいたが、加賀さんはなんだか違った。持ってきた牌を片手で並べているのだと気づき「カッコイイ!」と叫んだ。
「うるさっ」
六花さんがのけぞった。
「気持ちはわかるけど」
倉知君が苦笑いで言った。
「どうやって片手で? 今のはなんですか、手品? 俺もやりたいです」
「いや別に、普通に両手で並べたらいいから」
「でもどうせならカッコよく並べたいじゃないですか。教えてくださいよ」
「はいはい、あとでな。今、手牌は全員十二だろ。親はこことここ二枚、一つ飛ばしでちょんちょん、子は一枚ずつね」
言いながら加賀さんが、手牌を並べ替えている。すごい速さだ。片手で牌を回転させて、素早く並べ替えている。
「はい、ストップ。いちいちカッコイイですね。何がどうなってるんですか?」
「さっきからカッコイイしか言ってなくない?」
六花さんが半笑いで牌をカチカチ鳴らしている。
「あの、千葉さん。加賀さんのカッコよさはところどころ出てくるというか、無限にあるので一つ一つに触れてたら夜になります」
倉知君がちょっと困った顔でいかにも教師らしく俺をたしなめた。
「今のろけたよね」
六花さんが幸せそうに目を細めた。
「とりあえず、一局流れとしてやってみましょう」
「わかりました、倉知先生」
と、答えたものの、再びストップをかけたのは直後だった。
「はい、ここがドラ」
そう言って、人差し指で牌をひっくり返す加賀さんの手つきがまたしても手品だったのだ。
「カッコイイ待って、今、クルってなりましたよね、クルって」
倉知君と六花さんの呆れた視線を感じるが、加賀さんへのカッコイイが止まらない。
「ここ軽く押して、こう。な、めっちゃ簡単」
「はー、なるほど」
「千葉君は理牌した?」
「あっ、自動的に並ばないんだ」
みんなにほのぼのとした目で見られて頬が熱くなる。当たり前だ。スマホゲームとは違う。まどろっこしい反面、自分で並び変えるのは楽しかった。
「できたら始めようか」
「はい、お願いします!」
スマホのゲームとは違う。牌を握る感触が、新鮮だった。ゲームだと、ポンやチー、リーチができるとき、上がれるときに親切に教えて貰えるが、当然現実は自分で判断しなければならない。
練習だから何してもいいよとみんなに慰められつつ、あらゆるミスをした。そこから学んでいく感じだった。細かいルールは多いが、何も難しいことはない。
経験値を積んでいる実感があった。
無性に楽しかった。
相手が生身の人間だと、こうも違うのか。
時間があっという間に経っていく。
麻雀のセットと折り畳みのテーブルを抱えてマンションを訪れたのは午後一時。半荘を二回終えて、そろそろ午後の三時。倉知君が、「休憩しましょうか」と提案した。
六花さんがトイレに立ち、倉知君はお茶を淹れに離席する。
「加賀さん、今のうちに何かカッコいい技を教えてください」
「千葉君そればっかだな」
加賀さんが呆れた顔で牌を掻き混ぜている。
「牌を積むことからマスターしろよ」
十七列の牌を並べ、二段重ねにする作業がある。俺はこれがへたくそだ。はっきり言って、無様だ。確かに、お父さんの前で牌もろくに積めないとなると、貴様に娘を任せられんと言われかねない。
「よし、倉知家に自動雀卓をプレゼントするというのは」
倉知家は手で積むタイプらしいが、自動雀卓だとこの作業もいらない。
「いや、重いだろそれ」
「重量がですか、気持ちがですか」
「気持ちな。それにお父さん、手打ちが好きなんだよ。こだわり」
「こだわりかあ。それなら積む練習に励みます」
「千葉君、麻雀楽しい?」
牌を掻き混ぜるジャラジャラという音に紛れて加賀さんの問いが聞こえた。
「めちゃくちゃ楽しいです」
「ならよかった。面白くないのに無理にやらなきゃってことはないからね」
「はい、それは全然、ええ、大丈夫です」
お父さんに取り入るために、麻雀を習得しようというつもりはない。一緒に打ちたい、打てたら楽しいだろうという純粋な気持ちだ。
「麻雀できなくてもお父さんは可愛がってくれるよ。ほんと、めっちゃいい人」
「加賀さん優しいですね」
「そう? 何が?」
「俺、モテることにはそうこだわりがなくなったんですけど、やはり俺が目指す男の姿は加賀さんなんだと思います。こうなりたいっていうか、理想です」
「千葉君の目には俺がどう映ってんのかな。あ、そうだ、千葉君が好きそうな技あるわ」
混ぜていた手を止めて、裏返っている牌を一つつかむと目を閉じた。
「イーピン」
と言ってマットに牌を打ちつけた。ハッと目を見張る。イーピンだ。
「今度こそ手品じゃないですか! え、じゃあこれは?」
俺が指差した牌を、加賀さんがつかみ、「東」と宣言してから表を返す。
「東だーっ、あっ、そうか、超能力?」
「お、おう、これ親指の腹で触って当ててんの」
「まずい……、これは絶対習得しなきゃいけない技ですね」
「いやもっともどうでもいい技」
わあわあ騒いでいると、六花さんがリビングのセンターテーブルに、氷の入った麦茶のグラスと切り分けられたメロンを置いた。
「あ、メロンだ。お土産ありがとうね」
加賀さんが俺に言った。手ぶらで来いとは言われていたが、そんなわけにもいかない。
「こちらこそ、今日は本当にありがとうございました」
「ほんと、貴重な二人の時間にお邪魔しちゃって……、心苦しい」
六花さんがニヤニヤしながら胸を押さえている。とても心苦しくは見えない表情だ。輝いた瞳で、六花さんが加賀さんに詰め寄った。
「でもこのあとめちゃくちゃイチャイチャするから。って言ってください」
「でもこのあとめちゃくちゃイチャイチャするから」
加賀さんが素直にリピートして肩をすくめた。
「ほんとにするけどね、めちゃくちゃ」
六花さんがうほほほほほほとけたたましく笑う。
「あ、六花ちゃん、おめでとう。聞いた」
何を、とは言わずに加賀さんが言った。六花さんが笑いを消して、横目で俺を見てから咳払いをした。
「ありがとうございます」
「はは、温度差がすごいな」
六花さんは自分のことになると途端にトーンダウンする傾向がある。不機嫌とは違う。無になる。
「自分のことなんて全然面白くないじゃないですか。それよりもっとください、二人ののろけとか、のろけとか、のろけとか」
パーン、と破裂音が鳴った。三人の体が飛び上がる。
「えっ、何」
「びっくりしたー」
六花さんと加賀さんが、振り返る。音の発生源は倉知君だった。手に、色とりどりの紙がぶら下がったクラッカーを持っている。
「うるさいですね、俺もびっくりしました」
本当にびっくりした顔をしている。加賀さんが吹き出して、「何これ、どうした」と倉知君を見上げている。
「いえ、あの、六花と千葉さん、おめでとうございます。この前百均で見つけて、おめでたそうだなと思って、買ってみました」
ああー、と納得した三人の声が重なった。俺と六花さんの婚約を祝ってくれたのだ。クラッカーで。
急いで姿勢を正し、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。おかげさまでついに、とうとう、俺たち二人は」
「ちょっと、ねえ、加賀さんもびっくりしてたけど、ウッフ、七世の独断? そうだ、クラッカー鳴らそうって、ンフ、思ったの? ブフッ、このタイミングで?」
喋っている途中で六花さんに割り込まれてしまった。ところどころ軽く吹きながら訊かれ、倉知君が照れ臭そうに頭を掻く。
「そう、ちょっとタイミングがわからなくて」
クラッカーから垂れ下がる残骸を丸めてポケットに突っ込むと、何食わぬ顔で「メロン食べましょうか」と言った。なんだか可愛いな、と思った。口元がほころんでしまう。
「……加賀さん、大丈夫?」
六花さんが声を震わせて訊いた。加賀さんの声は冷静だった。
「今すぐ押し倒して馬乗りになってウワーってやりたい」
「やっちゃってください」
六花さんが煽ると、加賀さんがゆっくりと腰を上げた。
「か、加賀さん、落ち着いて、あとで、あとですればいいから」
逃げる倉知君を、加賀さんが追う。アイランドキッチンの周辺を、ぐるぐる追いかけっこする二人を、六花さんが笑いながらスマホで撮っている。
楽しくて、顔が笑う。
愛しい人たち。
眺めていると、幸せだなあと思った。
この先もっと、きっと、幸せになる。
〈おわり〉
加賀さんはカッコイイなと思った。
いや、そんなことはとっくにわかっていたのだが、改めて思う。
ただ麻雀牌を掻き混ぜているだけなのに、ただ牌を積んでいるだけなのに、なぜかカッコイイ。
「なぜカッコイイんですか?」
「え」
「加賀さんはなぜカッコイイんですか? カッコつけてないのにカッコイイのはなぜ?」
小さなサイコロを二つ手のひらで転がしながら、加賀さんが俺を見て笑った。
「なんか言い出した」
「所作の一つ一つがなぜかカッコイイんですけど……、俺の気のせいですか?」
「気のせいじゃないです。加賀さんはいつもカッコイイです」
倉知君が同意すると、六花さんが「フォウ」と小さく声を漏らす。
「姿勢かな。あぐらなのに姿勢がいいですね。なんかヨガっぽいな」
足を崩して加賀さんの真似をしてみたが、体が痛い。
「いたたたた?」
「はは。千葉君、体硬いなー」
「くっ、こんなはずでは」
「加賀さんのカッコよさは天然だから。そうやって安易に真似て、形から入ろうとするのがもうすでにカッコ悪い」
六花さんが冷めた目で言ったが、俺にはわかっている。冷めた目でも、愛は冷めていない。それに、六花さんが俺に「カッコよさ」を求めていないことは知っている。
わかってるよ、という意味でうんうんうなずいた。となりで加賀さんもうんうんうなずいた。倉知君にも伝染して、三人でうなずいたが、六花さんはツンと澄ましてうなずかない。胸が、キュンと鳴る。
「じゃあ始めるか。俺が親なので、サイコロ振りまーす」
加賀さんがサイコロを振る。ただ振っただけなのに、二つのサイコロが弾け飛び、別々の軌道を描いて転がっていく。
「え、今の、なんですか、普通にサイコロころころ転がさないんですか? なんか発射したみたいでしたよね。もう一回やって見せてください」
初めて見る技に思わず前のめりになる。俺が参考にしている動画は自動雀卓だ。こういうシーンは出てこない。ボタンを押したら卓の真ん中でサイコロが回るタイプか、ルーレットタイプだ。
「いいけど、発射って」
転がったサイコロを回収して、加賀さんが手首を振って見せる。
「自分とこの山の壁にぶち当てる感じ。手前にスナップ効かせて。こう」
パシン、と軽快な音と立てて、サイコロが転がっていく。
「カッコイイ。俺もこれを自宅で練習しよう」
「うん、まあ、夜な夜な練習して。はい、サイコロの目は五と三ですが?」
「たしか、足すんですよね、八です。これ……、なんでしたっけ。反時計回りに八だから、一、二、三……八、俺のとこですね。こっちから、八個飛ばした九個目から取っていくんですよね?」
「そう正解。ひだりっぱ」
「ひだりっぱ」
「うに、といさん、さし、じご、うろく、といなな、ひだりっぱ、じく、みたいに語呂で覚えるといいよ」
加賀さんが反時計回りにぐるぐると指を差し示しながら言った。まるで呪文だが、いつか俺もさらりと詠唱できるまでに成長したい。
「なるほど、覚えます」
「はい、八個残してここから四枚ずつ取っていきまーす」
加賀さんが俺の積んだ山から牌を持っていく。みんなが黙々と牌を回収し、それを三回繰り返す。
倉知君と六花さんの手つきも慣れてはいたが、加賀さんはなんだか違った。持ってきた牌を片手で並べているのだと気づき「カッコイイ!」と叫んだ。
「うるさっ」
六花さんがのけぞった。
「気持ちはわかるけど」
倉知君が苦笑いで言った。
「どうやって片手で? 今のはなんですか、手品? 俺もやりたいです」
「いや別に、普通に両手で並べたらいいから」
「でもどうせならカッコよく並べたいじゃないですか。教えてくださいよ」
「はいはい、あとでな。今、手牌は全員十二だろ。親はこことここ二枚、一つ飛ばしでちょんちょん、子は一枚ずつね」
言いながら加賀さんが、手牌を並べ替えている。すごい速さだ。片手で牌を回転させて、素早く並べ替えている。
「はい、ストップ。いちいちカッコイイですね。何がどうなってるんですか?」
「さっきからカッコイイしか言ってなくない?」
六花さんが半笑いで牌をカチカチ鳴らしている。
「あの、千葉さん。加賀さんのカッコよさはところどころ出てくるというか、無限にあるので一つ一つに触れてたら夜になります」
倉知君がちょっと困った顔でいかにも教師らしく俺をたしなめた。
「今のろけたよね」
六花さんが幸せそうに目を細めた。
「とりあえず、一局流れとしてやってみましょう」
「わかりました、倉知先生」
と、答えたものの、再びストップをかけたのは直後だった。
「はい、ここがドラ」
そう言って、人差し指で牌をひっくり返す加賀さんの手つきがまたしても手品だったのだ。
「カッコイイ待って、今、クルってなりましたよね、クルって」
倉知君と六花さんの呆れた視線を感じるが、加賀さんへのカッコイイが止まらない。
「ここ軽く押して、こう。な、めっちゃ簡単」
「はー、なるほど」
「千葉君は理牌した?」
「あっ、自動的に並ばないんだ」
みんなにほのぼのとした目で見られて頬が熱くなる。当たり前だ。スマホゲームとは違う。まどろっこしい反面、自分で並び変えるのは楽しかった。
「できたら始めようか」
「はい、お願いします!」
スマホのゲームとは違う。牌を握る感触が、新鮮だった。ゲームだと、ポンやチー、リーチができるとき、上がれるときに親切に教えて貰えるが、当然現実は自分で判断しなければならない。
練習だから何してもいいよとみんなに慰められつつ、あらゆるミスをした。そこから学んでいく感じだった。細かいルールは多いが、何も難しいことはない。
経験値を積んでいる実感があった。
無性に楽しかった。
相手が生身の人間だと、こうも違うのか。
時間があっという間に経っていく。
麻雀のセットと折り畳みのテーブルを抱えてマンションを訪れたのは午後一時。半荘を二回終えて、そろそろ午後の三時。倉知君が、「休憩しましょうか」と提案した。
六花さんがトイレに立ち、倉知君はお茶を淹れに離席する。
「加賀さん、今のうちに何かカッコいい技を教えてください」
「千葉君そればっかだな」
加賀さんが呆れた顔で牌を掻き混ぜている。
「牌を積むことからマスターしろよ」
十七列の牌を並べ、二段重ねにする作業がある。俺はこれがへたくそだ。はっきり言って、無様だ。確かに、お父さんの前で牌もろくに積めないとなると、貴様に娘を任せられんと言われかねない。
「よし、倉知家に自動雀卓をプレゼントするというのは」
倉知家は手で積むタイプらしいが、自動雀卓だとこの作業もいらない。
「いや、重いだろそれ」
「重量がですか、気持ちがですか」
「気持ちな。それにお父さん、手打ちが好きなんだよ。こだわり」
「こだわりかあ。それなら積む練習に励みます」
「千葉君、麻雀楽しい?」
牌を掻き混ぜるジャラジャラという音に紛れて加賀さんの問いが聞こえた。
「めちゃくちゃ楽しいです」
「ならよかった。面白くないのに無理にやらなきゃってことはないからね」
「はい、それは全然、ええ、大丈夫です」
お父さんに取り入るために、麻雀を習得しようというつもりはない。一緒に打ちたい、打てたら楽しいだろうという純粋な気持ちだ。
「麻雀できなくてもお父さんは可愛がってくれるよ。ほんと、めっちゃいい人」
「加賀さん優しいですね」
「そう? 何が?」
「俺、モテることにはそうこだわりがなくなったんですけど、やはり俺が目指す男の姿は加賀さんなんだと思います。こうなりたいっていうか、理想です」
「千葉君の目には俺がどう映ってんのかな。あ、そうだ、千葉君が好きそうな技あるわ」
混ぜていた手を止めて、裏返っている牌を一つつかむと目を閉じた。
「イーピン」
と言ってマットに牌を打ちつけた。ハッと目を見張る。イーピンだ。
「今度こそ手品じゃないですか! え、じゃあこれは?」
俺が指差した牌を、加賀さんがつかみ、「東」と宣言してから表を返す。
「東だーっ、あっ、そうか、超能力?」
「お、おう、これ親指の腹で触って当ててんの」
「まずい……、これは絶対習得しなきゃいけない技ですね」
「いやもっともどうでもいい技」
わあわあ騒いでいると、六花さんがリビングのセンターテーブルに、氷の入った麦茶のグラスと切り分けられたメロンを置いた。
「あ、メロンだ。お土産ありがとうね」
加賀さんが俺に言った。手ぶらで来いとは言われていたが、そんなわけにもいかない。
「こちらこそ、今日は本当にありがとうございました」
「ほんと、貴重な二人の時間にお邪魔しちゃって……、心苦しい」
六花さんがニヤニヤしながら胸を押さえている。とても心苦しくは見えない表情だ。輝いた瞳で、六花さんが加賀さんに詰め寄った。
「でもこのあとめちゃくちゃイチャイチャするから。って言ってください」
「でもこのあとめちゃくちゃイチャイチャするから」
加賀さんが素直にリピートして肩をすくめた。
「ほんとにするけどね、めちゃくちゃ」
六花さんがうほほほほほほとけたたましく笑う。
「あ、六花ちゃん、おめでとう。聞いた」
何を、とは言わずに加賀さんが言った。六花さんが笑いを消して、横目で俺を見てから咳払いをした。
「ありがとうございます」
「はは、温度差がすごいな」
六花さんは自分のことになると途端にトーンダウンする傾向がある。不機嫌とは違う。無になる。
「自分のことなんて全然面白くないじゃないですか。それよりもっとください、二人ののろけとか、のろけとか、のろけとか」
パーン、と破裂音が鳴った。三人の体が飛び上がる。
「えっ、何」
「びっくりしたー」
六花さんと加賀さんが、振り返る。音の発生源は倉知君だった。手に、色とりどりの紙がぶら下がったクラッカーを持っている。
「うるさいですね、俺もびっくりしました」
本当にびっくりした顔をしている。加賀さんが吹き出して、「何これ、どうした」と倉知君を見上げている。
「いえ、あの、六花と千葉さん、おめでとうございます。この前百均で見つけて、おめでたそうだなと思って、買ってみました」
ああー、と納得した三人の声が重なった。俺と六花さんの婚約を祝ってくれたのだ。クラッカーで。
急いで姿勢を正し、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。おかげさまでついに、とうとう、俺たち二人は」
「ちょっと、ねえ、加賀さんもびっくりしてたけど、ウッフ、七世の独断? そうだ、クラッカー鳴らそうって、ンフ、思ったの? ブフッ、このタイミングで?」
喋っている途中で六花さんに割り込まれてしまった。ところどころ軽く吹きながら訊かれ、倉知君が照れ臭そうに頭を掻く。
「そう、ちょっとタイミングがわからなくて」
クラッカーから垂れ下がる残骸を丸めてポケットに突っ込むと、何食わぬ顔で「メロン食べましょうか」と言った。なんだか可愛いな、と思った。口元がほころんでしまう。
「……加賀さん、大丈夫?」
六花さんが声を震わせて訊いた。加賀さんの声は冷静だった。
「今すぐ押し倒して馬乗りになってウワーってやりたい」
「やっちゃってください」
六花さんが煽ると、加賀さんがゆっくりと腰を上げた。
「か、加賀さん、落ち着いて、あとで、あとですればいいから」
逃げる倉知君を、加賀さんが追う。アイランドキッチンの周辺を、ぐるぐる追いかけっこする二人を、六花さんが笑いながらスマホで撮っている。
楽しくて、顔が笑う。
愛しい人たち。
眺めていると、幸せだなあと思った。
この先もっと、きっと、幸せになる。
〈おわり〉
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