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倉知先生と杉浦先生
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〈杉浦編〉
焼肉を食べている。
私は肉が好きだが、一人焼肉をする勇気がないヘタレだ。
だから、浅見先生に「肉食いに行かない?」と誘われたときは内心で奇声を上げたし、「俺の奢り」と付け足されたときは思わず目を見開き、「倉知先生もいるよ」と続いたときには声高らかに返事をしていた。
「行きます」
私は倉知先生が好きだった。
当然ではあるが、恋愛の意味ではない。LOVEではなく、LIKE。人として、彼が好きだ。
同期の彼は、背が高く、同い年だが童顔で、性格がいい。真面目で、優しくて、天然なのが面白く、生徒にも人気があって、ファンクラブも存在する。
正直、私も会員になりたい。教師が教師のファンクラブに入るなんて、許されないのはわかっている。
ただ誰かと、推しについてキャッキャウフフと語り合いたい欲求がある。
そう、彼は私の「推し」なのだ。
推し、という言葉はとても便利だ。明らかにステージの違う相手に寄せる好意を、恋愛とは別の意味で位置づけることができる。
教師一年目で彼と出会ったときの言語化できない感情は、「推し」という言葉ですべて説明がつくのだ。
肉を咀嚼しながら、となりに座る倉知先生の手を見つめた。
右手でトングを使い、左手でビールジョッキを握っている。薬指の指輪を見て、私はひそかに胸を押さえた。
キュン、と音が鳴る。
私は倉知先生の指輪を見るたびに、あの日見た、ハワイ挙式の写真を思い出す。
この人にはかけがえのない大事な相手がいる。その事実が、ひたすらに尊いと感じる。
「杉浦先生」
ハッとして、浅見先生を見た。
「そこ、肉焼けてるよ」
「あ、はい、いただきます」
「で、杉浦先生は? 最近どう?」
浅見先生は、定期的にこういう質問をする。悩んでいないか、躓いていないか、気にかけてくれる。おかげで教師生活はそれなりに順調で、安定している。
「最近、猫を飼い始めました」
「猫」
倉知先生が反応した。猫が好きなのだろうか。
「あ、写真、見ます?」
「見ます」
食い気味に即答したのがなんだか面白くて、笑いを堪えながらバッグからスマホを取り出した。
「可愛い。目がぱっちり、真ん丸ですね」
私の猫を、倉知先生が褒めてくれたのが誇らしかった。
「そういう話じゃなかったけど、まあ、猫がいるなら安心だな。俺にも見せて」
浅見先生にスマホを差し出すと、「猫だな」と言った。興味がないのがよくわかる。
「名前、なんていうんですか?」
「まだ決めかねてて。実家の猫がおもちだから、食べ物つながりがいいかなって漠然と思ってるんですけど」
倉知先生が、へえ、と相槌を打つ。
「何かいい案ありますか?」
あわよくば、名付け親になってほしい。
「食べ物かあ……」
スマホ画面の猫を凝視して、しばらく思案していた倉知先生が、あっ、と思いついたように声を上げた。
「お肉、とかは?」
焼けた肉を箸で持ち上げ、いたずらっぽく笑う倉知先生。「肉」ではなく、あえて「お」をつけるところがいじらしい。
「……んっ、お肉に決めました」
歯を食いしばってからそう言うと、倉知先生が「待って」と慌てた。
「もっと可愛い、なんか、そうだ、スイーツとかのほうが……、ほら、チョコとか、マカロンとか、プリン、あっ、可愛い、プリンはどうですか?」
お肉は冗談だったらしい。慌てふためく様子がおかしくて、笑いを堪えるのが大変だ。
「オスなので、そういうのよりやっぱりお肉ですよ。もう、お肉に決めました。ありがとうございます」
「そんな、お肉……、ごめん、お肉……、俺のせいで……」
倉知先生が天を仰いでいる。吹き出しそうになった。やっぱり倉知先生は面白い。
もしかしたら酔っているのかもしれないが、ふざけているのではなく、この人は真剣なのだ。だから、面白い。
「君たち、仲良しだよね」
浅見先生にそう言われ、私たちは顔を見合わせた。大学を出てすぐのまっさらな状態で、同じ学校に赴任し、今年で三年目同士。仲間意識があるのは確かだ。
照れ笑いで頭を下げ合っていると、四名様入りまーす、という店員の声に紛れて「七世君じゃない?」という女性の声が聞こえた。七世君、というのは、倉知先生の下の名前だ。
振り返ると、女性と目が合った。彼女が背後を振り仰ぐ。見たことのあるスーツの男性が立っていた。やけに整ったその人に、見覚えがあった。
「お、加賀さんだ」
浅見先生が言った。ビクッと倉知先生が跳ねて、その勢いのまま、素早く立ち上がった。
「えっ、加賀さん……!」
そうだ、彼は倉知先生の大切な人だ。
「おー、めっちゃ奇遇じゃん」
その人は本当にまぶしくて、私は自然と目を凝らしていた。不躾に見るのは失礼だと思うものの、目を惹かれる。
七世君久しぶり、七世君、七世君、と連れの人たちに取り囲まれながら、倉知先生はどうしたって彼が気になって仕方がない様子だ。
「こらこら、他のお客様のご迷惑だから。すぐ行くから先座ってて」
加賀さんがたしなめると、女性二人と男性一人の計三人が、「はーい」と返事をし、私たちに軽く頭を下げて席に着く。
浅見先生と加賀さんが「こんばんは、お久しぶりです」とあいさつを交わす。それから、加賀さんが私を見た。
「先生ですか?」
近くで見る彼は、破壊力がすごかった。一瞬頭が真っ白になったが、急いで腰を上げた。
「はい、私、同じ学校の同僚で、す、杉浦と申します」
震える声で頭を下げると、穏やかな声が降ってきた。
「初めまして、加賀です。うちの人がいつもお世話になっております」
うちの人、という表現にグッと喉がつまる。
えっ、可愛い。
顔を上げると、柔らかく微笑んでくれた。私を見ている。こんな人が。私を。
緊張で震える私のとなりで、倉知先生が両手で顔を覆ってうめいている。うちの人、と小さく反芻しているのが聞こえた。本人にも刺さったらしい。
「倉知君」
加賀さんに呼ばれ、倉知先生がガバッと顔を上げた。
「は、はい」
「肉、燃えてる」
加賀さんが網の上を指差した。
「わ、ほんとだ、やばい」
慌てて肉を救出する倉知先生をほのぼのとした顔で見つめてから、加賀さんが私たちに軽く会釈をした。会釈を返しながら、去り際に倉知先生の頭を軽く撫でていったのを見逃さない。
私は放心状態で着席した。
「加賀さんっていつ見ても小奇麗だしキリッていうかシャキッていうか、家でもあんななの? あの人ちゃんとダラダラするの? 想像つかないけど」
肉を頬張りながら、浅見先生が倉知先生を見る。
「いえ、はい、いえ」
「どっち?」
「内緒です」
「赤面するなよ、こっちまで照れるわ」
二人のやりとりを眺めていると、浅見先生が私を見た。
「肉、もういいの? 遠慮しないで、若いんだからどんどん食いなさい」
「はい、いただきます」
どんどん食べた。食べることで、気を逸らそうと必死だった。
興奮が、収まらない。
さっきからずっと、倉知先生が斜向かいのテーブルを気にしているからだ。加賀さんを見ているらしい気配が、となりからひしひしと伝わってくる。加賀さんのほうも、倉知先生を何度も見る。つまり、隙を見て見つめ合っている。それを浅見先生も気づいていて、無表情の仮面が剥がれかかっている。ほんのり笑っているよう見えた。
「あちらのみなさんと、親しそうですね」
七世君と下の名前で呼ぶのだから、とても親しいに決まっている。加賀さん以外の三人が、こちらを振り返って笑顔で手を振っている。小さく手を振り返し、倉知先生が目尻を下げた。
「はい、高木印刷の方たちで、すごくよくしてくれて。ありがたいです」
「久々に会ったんじゃない? あっちのテーブル、挨拶してくれば?」
浅見先生がメロンソーダの氷をかみ砕きながら言った。
「えっ、あっ、いいですか?」
倉知先生が勢いよく私を見た。許可を求める健気なまなざし。口元を緩ませて、どうぞどうぞと手のひらを差し向ける。
「じゃあちょっとだけ、行ってきます」
すっくと立ちあがり、失礼しますと頭を下げ、意気揚々とあちらのテーブルに飛んでいく。
「嬉しそう」
思わず口にすると、浅見先生が吹き出した。
「うん、可愛い奴だよ。杉浦先生、パフェ付き合わない?」
「いただきます」
パフェを食べている間、私はチラチラと倉知先生を盗み見た。
長い付き合いだと聞いているが、恋の始まりみたいな二人だ。どうやったら、これほど情熱が長続きするのだろうか。
肉の焼ける音と、客たちの話し声。騒々しさのせいで、あちらのテーブルがどんな会話をしているのかはわからない。
加賀さんのとなりに座らされた倉知先生が、真横を向いた状態で置物のように座っている。誰の声も届いていない雰囲気だ。話しかけられても気づかないので、加賀さんに肘で突かれている。
本当に大好きなのだ。
「はあ……」
感心のあまり、ため息が勝手に出た。
一緒に暮らしているのだから、家に帰ればいくらでも顔を見ていられるじゃないか。
そんなに見る? というくらい、うっとりした目で彼を見ている。
「倉知先生って見てて飽きないよね」
観察していることを咎めるでもなく、浅見先生が言った。
「はい、なんかもう、すごい」
私は語彙力を放棄した。
パフェを口に運びながら、普段見ることのできない倉知先生の一面を存分に堪能する。
とろけそうな、優しい表情。
愛しげに彼を見つめる視線。
パフェを完食し、両手を合わせ、「ごちそうさまでした」と拝む。
ほどなくして同時にお開きになり、順番に会計を済ませ、我々はガヤガヤと外に出た。
私の前に、倉知先生と加賀さんがいる。いいポジションだ。
身長差がちょうどいいな、と真後ろにぴたりと張りついて見上げていると、加賀さんが倉知先生の胸元に顔を寄せた。
「スーツやべえ、めっちゃ肉」
「ほんとだ。クリーニング行きですね」
目の前で、「香ばしい」「美味しそう」とお互いの匂いを嗅ぎ合う二人。
本当に自分でもわけがわからないが、なぜだか泣けてきた。
涙を拭い、彼らの姿を目に焼きつける。
今夜はいい夢が見られそうだ。
〈おわり〉
焼肉を食べている。
私は肉が好きだが、一人焼肉をする勇気がないヘタレだ。
だから、浅見先生に「肉食いに行かない?」と誘われたときは内心で奇声を上げたし、「俺の奢り」と付け足されたときは思わず目を見開き、「倉知先生もいるよ」と続いたときには声高らかに返事をしていた。
「行きます」
私は倉知先生が好きだった。
当然ではあるが、恋愛の意味ではない。LOVEではなく、LIKE。人として、彼が好きだ。
同期の彼は、背が高く、同い年だが童顔で、性格がいい。真面目で、優しくて、天然なのが面白く、生徒にも人気があって、ファンクラブも存在する。
正直、私も会員になりたい。教師が教師のファンクラブに入るなんて、許されないのはわかっている。
ただ誰かと、推しについてキャッキャウフフと語り合いたい欲求がある。
そう、彼は私の「推し」なのだ。
推し、という言葉はとても便利だ。明らかにステージの違う相手に寄せる好意を、恋愛とは別の意味で位置づけることができる。
教師一年目で彼と出会ったときの言語化できない感情は、「推し」という言葉ですべて説明がつくのだ。
肉を咀嚼しながら、となりに座る倉知先生の手を見つめた。
右手でトングを使い、左手でビールジョッキを握っている。薬指の指輪を見て、私はひそかに胸を押さえた。
キュン、と音が鳴る。
私は倉知先生の指輪を見るたびに、あの日見た、ハワイ挙式の写真を思い出す。
この人にはかけがえのない大事な相手がいる。その事実が、ひたすらに尊いと感じる。
「杉浦先生」
ハッとして、浅見先生を見た。
「そこ、肉焼けてるよ」
「あ、はい、いただきます」
「で、杉浦先生は? 最近どう?」
浅見先生は、定期的にこういう質問をする。悩んでいないか、躓いていないか、気にかけてくれる。おかげで教師生活はそれなりに順調で、安定している。
「最近、猫を飼い始めました」
「猫」
倉知先生が反応した。猫が好きなのだろうか。
「あ、写真、見ます?」
「見ます」
食い気味に即答したのがなんだか面白くて、笑いを堪えながらバッグからスマホを取り出した。
「可愛い。目がぱっちり、真ん丸ですね」
私の猫を、倉知先生が褒めてくれたのが誇らしかった。
「そういう話じゃなかったけど、まあ、猫がいるなら安心だな。俺にも見せて」
浅見先生にスマホを差し出すと、「猫だな」と言った。興味がないのがよくわかる。
「名前、なんていうんですか?」
「まだ決めかねてて。実家の猫がおもちだから、食べ物つながりがいいかなって漠然と思ってるんですけど」
倉知先生が、へえ、と相槌を打つ。
「何かいい案ありますか?」
あわよくば、名付け親になってほしい。
「食べ物かあ……」
スマホ画面の猫を凝視して、しばらく思案していた倉知先生が、あっ、と思いついたように声を上げた。
「お肉、とかは?」
焼けた肉を箸で持ち上げ、いたずらっぽく笑う倉知先生。「肉」ではなく、あえて「お」をつけるところがいじらしい。
「……んっ、お肉に決めました」
歯を食いしばってからそう言うと、倉知先生が「待って」と慌てた。
「もっと可愛い、なんか、そうだ、スイーツとかのほうが……、ほら、チョコとか、マカロンとか、プリン、あっ、可愛い、プリンはどうですか?」
お肉は冗談だったらしい。慌てふためく様子がおかしくて、笑いを堪えるのが大変だ。
「オスなので、そういうのよりやっぱりお肉ですよ。もう、お肉に決めました。ありがとうございます」
「そんな、お肉……、ごめん、お肉……、俺のせいで……」
倉知先生が天を仰いでいる。吹き出しそうになった。やっぱり倉知先生は面白い。
もしかしたら酔っているのかもしれないが、ふざけているのではなく、この人は真剣なのだ。だから、面白い。
「君たち、仲良しだよね」
浅見先生にそう言われ、私たちは顔を見合わせた。大学を出てすぐのまっさらな状態で、同じ学校に赴任し、今年で三年目同士。仲間意識があるのは確かだ。
照れ笑いで頭を下げ合っていると、四名様入りまーす、という店員の声に紛れて「七世君じゃない?」という女性の声が聞こえた。七世君、というのは、倉知先生の下の名前だ。
振り返ると、女性と目が合った。彼女が背後を振り仰ぐ。見たことのあるスーツの男性が立っていた。やけに整ったその人に、見覚えがあった。
「お、加賀さんだ」
浅見先生が言った。ビクッと倉知先生が跳ねて、その勢いのまま、素早く立ち上がった。
「えっ、加賀さん……!」
そうだ、彼は倉知先生の大切な人だ。
「おー、めっちゃ奇遇じゃん」
その人は本当にまぶしくて、私は自然と目を凝らしていた。不躾に見るのは失礼だと思うものの、目を惹かれる。
七世君久しぶり、七世君、七世君、と連れの人たちに取り囲まれながら、倉知先生はどうしたって彼が気になって仕方がない様子だ。
「こらこら、他のお客様のご迷惑だから。すぐ行くから先座ってて」
加賀さんがたしなめると、女性二人と男性一人の計三人が、「はーい」と返事をし、私たちに軽く頭を下げて席に着く。
浅見先生と加賀さんが「こんばんは、お久しぶりです」とあいさつを交わす。それから、加賀さんが私を見た。
「先生ですか?」
近くで見る彼は、破壊力がすごかった。一瞬頭が真っ白になったが、急いで腰を上げた。
「はい、私、同じ学校の同僚で、す、杉浦と申します」
震える声で頭を下げると、穏やかな声が降ってきた。
「初めまして、加賀です。うちの人がいつもお世話になっております」
うちの人、という表現にグッと喉がつまる。
えっ、可愛い。
顔を上げると、柔らかく微笑んでくれた。私を見ている。こんな人が。私を。
緊張で震える私のとなりで、倉知先生が両手で顔を覆ってうめいている。うちの人、と小さく反芻しているのが聞こえた。本人にも刺さったらしい。
「倉知君」
加賀さんに呼ばれ、倉知先生がガバッと顔を上げた。
「は、はい」
「肉、燃えてる」
加賀さんが網の上を指差した。
「わ、ほんとだ、やばい」
慌てて肉を救出する倉知先生をほのぼのとした顔で見つめてから、加賀さんが私たちに軽く会釈をした。会釈を返しながら、去り際に倉知先生の頭を軽く撫でていったのを見逃さない。
私は放心状態で着席した。
「加賀さんっていつ見ても小奇麗だしキリッていうかシャキッていうか、家でもあんななの? あの人ちゃんとダラダラするの? 想像つかないけど」
肉を頬張りながら、浅見先生が倉知先生を見る。
「いえ、はい、いえ」
「どっち?」
「内緒です」
「赤面するなよ、こっちまで照れるわ」
二人のやりとりを眺めていると、浅見先生が私を見た。
「肉、もういいの? 遠慮しないで、若いんだからどんどん食いなさい」
「はい、いただきます」
どんどん食べた。食べることで、気を逸らそうと必死だった。
興奮が、収まらない。
さっきからずっと、倉知先生が斜向かいのテーブルを気にしているからだ。加賀さんを見ているらしい気配が、となりからひしひしと伝わってくる。加賀さんのほうも、倉知先生を何度も見る。つまり、隙を見て見つめ合っている。それを浅見先生も気づいていて、無表情の仮面が剥がれかかっている。ほんのり笑っているよう見えた。
「あちらのみなさんと、親しそうですね」
七世君と下の名前で呼ぶのだから、とても親しいに決まっている。加賀さん以外の三人が、こちらを振り返って笑顔で手を振っている。小さく手を振り返し、倉知先生が目尻を下げた。
「はい、高木印刷の方たちで、すごくよくしてくれて。ありがたいです」
「久々に会ったんじゃない? あっちのテーブル、挨拶してくれば?」
浅見先生がメロンソーダの氷をかみ砕きながら言った。
「えっ、あっ、いいですか?」
倉知先生が勢いよく私を見た。許可を求める健気なまなざし。口元を緩ませて、どうぞどうぞと手のひらを差し向ける。
「じゃあちょっとだけ、行ってきます」
すっくと立ちあがり、失礼しますと頭を下げ、意気揚々とあちらのテーブルに飛んでいく。
「嬉しそう」
思わず口にすると、浅見先生が吹き出した。
「うん、可愛い奴だよ。杉浦先生、パフェ付き合わない?」
「いただきます」
パフェを食べている間、私はチラチラと倉知先生を盗み見た。
長い付き合いだと聞いているが、恋の始まりみたいな二人だ。どうやったら、これほど情熱が長続きするのだろうか。
肉の焼ける音と、客たちの話し声。騒々しさのせいで、あちらのテーブルがどんな会話をしているのかはわからない。
加賀さんのとなりに座らされた倉知先生が、真横を向いた状態で置物のように座っている。誰の声も届いていない雰囲気だ。話しかけられても気づかないので、加賀さんに肘で突かれている。
本当に大好きなのだ。
「はあ……」
感心のあまり、ため息が勝手に出た。
一緒に暮らしているのだから、家に帰ればいくらでも顔を見ていられるじゃないか。
そんなに見る? というくらい、うっとりした目で彼を見ている。
「倉知先生って見てて飽きないよね」
観察していることを咎めるでもなく、浅見先生が言った。
「はい、なんかもう、すごい」
私は語彙力を放棄した。
パフェを口に運びながら、普段見ることのできない倉知先生の一面を存分に堪能する。
とろけそうな、優しい表情。
愛しげに彼を見つめる視線。
パフェを完食し、両手を合わせ、「ごちそうさまでした」と拝む。
ほどなくして同時にお開きになり、順番に会計を済ませ、我々はガヤガヤと外に出た。
私の前に、倉知先生と加賀さんがいる。いいポジションだ。
身長差がちょうどいいな、と真後ろにぴたりと張りついて見上げていると、加賀さんが倉知先生の胸元に顔を寄せた。
「スーツやべえ、めっちゃ肉」
「ほんとだ。クリーニング行きですね」
目の前で、「香ばしい」「美味しそう」とお互いの匂いを嗅ぎ合う二人。
本当に自分でもわけがわからないが、なぜだか泣けてきた。
涙を拭い、彼らの姿を目に焼きつける。
今夜はいい夢が見られそうだ。
〈おわり〉
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