抱かれてみたい

小桃沢ももみ

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入学式

秘密の花園

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 アーロンはベンチに座ると「はあ」と溜息をついた。
 貧乏男爵の十男であるアーロンは今年で十六歳。王都にある貴族学院に入学する事になって、今日が入学式なんだけど、もう既に家に帰りたい。領地が田舎なのは知っていたし、ずっと王都に行ってみたいと思っていたけど、なんだか想像していたのとは違う。領地とは匂いも空気も違うし、人も多過ぎる。おまけに学院の生徒達は自分とは別世界の人間のように見えて、すっかり怖気付いてしまった。



 「これが秘密の花園の鍵」

 別れ際、三番目の兄ケビンに渡された鍵はちょっと錆び付いていた。

 「握って願えば花園に行ける。ジェフが身い張って手に入れてくれたもんだから、大事に使えよー」

 そう言われたのに、ケビンと別れた早々使ってしまった。これから入学式なのに行きたくなくて、アーロンはこの場所に来てしまったのだ。


 ジェフはアーロンの二番目の兄だ。王都まではケビンとジェフが連れて来てくれた。三人で道中観光しながら楽しく旅して来た。アーロンは十人兄弟の末っ子なので、次男と三男である二人とは親子ほども年が離れている。けれど生まれて初めて領地を出たアーロンにとって、年の離れた兄二人が一緒だったお陰で安心出来た。それに王都でも一泊して学院の周りを案内して貰う予定で、そしてその後二人はアーロンの入学式にも出席してくれる筈だったのに。なのに、王都に入るなりジェフ目指して駆け寄って来た一人の兵士が全部駄目にしてしまった。
 王都に入るには、貴族用の門と、平民用の門がある。アーロンは貴族用の門からだった。今まで旅して来たので、貴族学院から届いた入学通知が人物証明になる事は分かっていた。二人の兄は学院の卒業証書を見せていた。道中通った他の貴族の領地でも中に入るには、貴族と平民の列は別にされていたけれど、門から違うというのは初めてでアーロンは圧倒された。貴族用の門の上は王様に謁見する貴族達の様子が彫刻されていて、豪華だった。中に入ると反対側は王が貴族に褒賞を与えている様子になっていて、振り返って口を開けてぽけーっと見上げていると、ケビンに笑われた。ジェフの方はと見ると、門番から何か受け取っていた。

 (何だろう)

 でも特にジェフから説明はなく、それどころかどこかほっとしたような顔でアーロンの頭をぽんぽんと叩くと、「じゃ、行くか」といつになく大きな声を上げたのに、それがケビンの「おい」という張り詰めた声に過ぎた門を振り返った途端、泣き笑いのような顔になった。

 「まだ諦めてくれないのか」

 ぽつりと呟くと、ジェフはケビンに何かを渡した。ケビンはそれに驚く事はなく、慰めるようにジェフの肩を叩いていた。アーロンには一人の兵士が駆け寄って来るのが見えた。似たような服装だけど一目で明らかに門番の兵士よりも優れているのが分かる、体格も顔立ちも。なのに髪の毛は慌てて走って来たように乱れていた。ジェフが自分を認めたのに気がつくと立ち止まり遠くから申し訳なさそうに会釈した。それに気が付いた貴族達が騒めく。

 「近衛兵だ」

 誰かが言っているのアーロンの耳に入った。
 近衛兵なんて王宮に入る資格もない貧乏男爵の子であるアーロンには遠い存在だ。さすが王都、どこにいるのだろうとアーロンがキョロキョロすると、チッと舌打ちしたケビンに逃げるように肩を抱かれて早足でその場から移動させられた。

 「悪い、王都観光は無しだ。このまま宿に行って、ジェフが戻って来るのを待つ」

 ケビンに耳打ちされて、アーロンは頷いた。この兄がこのような話し方をするのは初めてだ。家族で一番おちゃらけていて、軽い。家を出た兄達の中で、この兄だけは何をして生活しているのか謎だ。頻繁に領地に帰って来る時と来ない時がある。でも帰る時はいつも沢山のお土産やお小遣いをくれる。時には外国の品もある。だからアーロンは兄達の中で一番ケビンに懐いていた。ケビンもアーロンには特に甘い。いつもニコニコしていて優しい兄が、見た事ないような怖い顔をしているのに、驚いてアーロンは黙って従った。
 ケビンは二人部屋をとった。

 「ジェフの奴、戻って来るか分かんねえからな」

 宿の部屋で、恐る恐る二の兄上は何処へ行ったの?とアーロンは尋ねてみたけれど、ケビンは教えてくれなかった。

 「ジェフの個人的な事だから俺が勝手に教えるってのはなあ。でも、学院に通うようになったら多分アーロンの耳にも入るだろ」

 それなら今ここで教えてくれてもと思ったが、ケビンは口が硬かった。

 「ただ一つ言えるのは、俺があの場所を離れたのも、ジェフが王都に来たのもアーロンの為だからさ」

 そんな事を言われたけど、アーロンは予定が予定通りにいかなかったのでむしゃくしゃした。取りなすように、ケビンが色々学院について話をしてくれたけど身を入れて聞く事はできず、頭には入らなかった。結局食事も部屋で食べ、アーロンは早々にベッドに入るよう促された。疲れていたのか夢も見ずに寝てしまったけれど、朝になってもジェフは戻って来なかった。

 次の日の朝は快晴だった。朝食も部屋でとった。宿ではミルク粥とコーヒーが出た。アーロンはコーヒーには砂糖を入れないと飲めない。ケビンはいつもは砂糖入れないのに、何故か入れてしまって「ああ」とがっかりした声を出した。一口飲んで、「うぇっ」と言ってからアーロンの方へ押しやったので、自分のを飲み干した後カップに継ぎ足した。空いたカップを兄に戻すと、ケビンはポットからコーヒーを注いではあと満足気に一息ついた。

 「アーロン悪い。ジェフを迎えに行ってやんないと。お前の入学式に俺、出れねえわ」

 がっかりしたけれど、兄の様子を見ていたらそんな気もしていた。

 「学院までは送るから。な!」

 この通り、と拝むように手を合わせられては嫌とは言えない。何しろ貴族学院に入学する事は、貴族子息にとっては大人への第一歩、卒業したら成人したと見なされるのだ。そんなアーロンが小さな子みたいに寂しいと甘えた事を言う訳にはいかない。
 黙って頷いて、でもちょっと不貞腐れながら学院まで送って貰って、別れる時に鍵を渡された。

 「学院では危ないから絶対一人にはなるな。常に誰かと行動するんだぞ。分かったな?」
 「うん」
 「アーロンは、母上に似てほんと可愛い顔してるからなあ」

 ケビンはアーロンの顔を両手で挟むようにして覗き込んできた。
 
 「ああ、心配だな。本当に分かってんのかな? その、うん」
 「分かってるよ」

 (もう何回も言われたもん)

 「はあ。まあ、信じるしかないか。で、だ、それでもどうしても一人になりたい時があったら、この鍵を使え」
 「これ、何?」
 「これが秘密の花園の鍵」

 ちょっと錆び付いた鍵には長めの紐が付いていて、ケビンはそれをアーロンの首に掛けた。

 「ぷっ、は。鍵っ子みたい」
 「鍵っ子?」

 ケビンはアーロンの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜるように乱暴に撫でると、じゃと手を振った。

 「ジェフが身い張って手に入れてくれたもんだから、大事に使えよー。落ち着いたら会いに来るから!」

 走り去っていくケビンにアーロンは涙が溢れそうになった。

 (こんなにあっさり行っちゃうなんて、僕、これから一人ぼっちでどうすればいいの?)

 学院の門の前でアーロンは途方に暮れた。馬車以外に徒歩で中へ入っていく生徒もいるけれど、アーロンみたいに一人ぼっちはいない。家族やら、使用人やら誰かしらと一緒にいるように見えた。立ち止まっていると歩く人にぶつかりそうになるので、自然とアーロンは隅に隅に避けていった。生徒達はどの子も自分より年上のように思え、洗練されているように見える。そしてアーロンの前を通り過ぎていく皆に、ちらちらと見られているような気がした。

 (やっぱ田舎臭が溢れ出てるのかな。貧乏くさく見えるとか。嫌だな、帰りたい。うちに帰りたい。いや、無理だった。もう、僕、帰るとこないんだった。これから自分の力で何とかやっていかないといけないんだ。うん、せめて兄上達が入学式が終わるまで一緒にいてくれたら良かったのに。なんで急に駄目になったんだろう。急に凄く不安なんだけど。怖い、怖い学院怖い。嫌だな……)

 アーロンはただ何となく、ケビンに渡された鍵を握りしめたままでいた。そしてここに居たくない、と思いながら目を瞑って、パッと開いた。


 するとどうだろう。アーロンは知らない場所に一人で立っていた。そこは小さな庭だった。真ん中に白い小さな銅像があって銅像の腰のあたりからチョロチョロと水が流れ落ちていた。銅像の足元には同じく白い石で囲まれた池のような物があり、水の中にはピンクの大きな花や葉が浮かんでいる。白い石の白さは眩い程で、先程までの喧騒が嘘のように長閑だった。ふらふらと吸い寄せられるように近寄っていくと、銅像は幼い男の子でどこかで見た様な顔立ちだった。しかも裸ん坊。そして水は男の子の小さなおちんちんの先から流れ落ちているのだった。

 「ぷっ、何これ」

 思わずアーロンは笑ってしまい、少し肩の力が抜けた。すると男の子の銅像の視線の先に、座りやすそうなベンチがあるのに気が付いた。アーロンはベンチに座ると「はあ」と溜息をついた。

 「知ってる? 溜息をつくと、一つ幸せが逃げていくんだよ」
 
 どこからか男の子の声がして、アーロンは思わず銅像を見上げた。すると、くすくすと笑い声がすぐ横からしたのだった。
 

 
 
 
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