抱かれてみたい

小桃沢ももみ

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ライム先輩との冬

オペラ座見学

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 生徒達は教師に引率されながら、オペラ座を回る。案内役は支配人だ。
 大階段を登って、まずは回廊の天井画を見に行く。
 殆どの生徒は観劇経験があるが訪れるのは夜暗くなってからなので、陽が差している明るい状態で回廊を見るのは初めてだ。ただここに居るのは貴族の少年達、豪華絢爛な長い廊下に溜息を吐いているのは、アーロンみたいなオペラ座自体初めての田舎者か、火の国の二人のような異国人だけだ。
 皆が天井を見上げて支配人の説明に耳を傾けている時に、アーロンは壁や柱の装飾やシャンデリアから目が離せない。

 「わあ」

 と小さく声を吐き、豪華な内装に目を奪われていると、集団が移動し始める。
 慌てて此処には天井画を見に来たんだと見上げると、支配人の説明を聞いていたライム先輩が教えてくれた。それをアーロンと同じように他に見惚れていて支配人の説明に遅れた、タイスケや何人かの生徒が頷きながら聞く。そんな事を繰り返す内に、いつの間にか集団は二つに分かれていた。支配人が案内する大勢の集団と、アーロンのお零れでライム先輩の説明を聞きながら移動する小さな集団だ。

 「すっかりライム先輩が案内役っす」

 いつの間にかアーロン達の直ぐ後ろという、ライム先輩の説明を聞くのに良い位置に陣取っていたタイスケが呟くのに、アーロンが「ほんと」とくすくす笑いながら同意する。
 イチロウは寮長と王太子と一緒に居るようで先に行っている。もしかしたら、タイスケは王太子と一緒に回るのに居心地が悪くなって、こっそり抜けて来たのかもしれない。
 ライム先輩は後ろにおまけがぞろぞろ付いてくる状況に気を悪くはせず、「次は大階段を案内します。皆逸れずに私に付いて来ているかい?」等と茶目っ気たっぷりに声を掛け、にわか案内役状態を楽しんでいた。
 一通り回ると次は観劇だ。

 「前の集団よりよっぽど楽しめたっす。お声は良いし、噛み砕いて説明して下さるし。お二人のお邪魔をして申し訳ありませんでした。ありがとうございました」

 とタイスケ頭を下げて、イチロウの元へ戻って行った。他の生徒達も礼をしながら散って行く。
 アーロンはライム先輩を気遣った。

 「ありがとうございました。お疲れではありませんか?」
 「うん。大丈夫だが、喋り通しで少し喉が渇いたよ」
 「え、それは大変。お水」

 ときょろきょろしたが、見学の為に喫茶室や休憩所は休みになっていて、飲み物を飲めるような場所はない。

 「あと、三十分位で終わるから大丈夫だよ。それより観劇は何処でするかい?」
 
 とライム先輩は笑ってアーロンに尋ねた。

 「席の場所ですか?」
 「うん。今日は貸切だからね、好きな席で観られるのだよ。と言っても、ボックス席は各家で年間を通して借り切っているので開放されない。今日座れるのは、平土間かバルコニー席か、天井桟敷だね。因みに私のお勧めは、天井桟敷だ」

 とライム先輩が悪戯っぽく片目を瞑って見せるのに、アーロンは驚いた。

 「え、確か天井桟敷って一番安い席ですよね?」

 田舎者のアーロンでさえ知っている。座席の列の一番上にある、天井に近くて狭い席だ。貴族の、それもライム先輩のような良い家柄の人が座るような席ではない筈だ。

 「うん。だからこそ座ってみたいと思わないかい? それにお勧めの理由はそれだけでは無いのだよ」
 「えーと、そしたら天井桟敷にしてみます」

 アーロンは良く分からないがライム先輩が勧めるならと、天井桟敷を選んだ。
 アーロン達が席に着くと、もう演目は始まっていた。白い衣装を着た女性と、黒い衣装を着た男性が踊っている。下手すると落ちてしまいそうな高さにびくびくしながら下の舞台を覗き込む。少し身を乗り出すようにしないと舞台全体は見えず、見辛い。
 殆どの生徒は平土間に姿が見えた。イチロウ達は誰が選んだのか、その一番前の列を陣取っている。バルコニー席にも生徒達が居て、驚いた事に天井桟敷にも何人か座っている。皆思い思いの場所に席を取ったようだ。

 「上を見上げてご覧」

 囁くようにライム先輩に耳打ちされて見上げると、華やかな天井画が手で触れそうな程近くにあった。

 「わあ」

 思わずアーロンは小さく声を上げてしまう。

 「これがお勧めの理由だよ」

 驚くアーロンにライム先輩は満足げだ。近くに誰も座っていないのを良い事に二人は小声で会話を続ける。

 「観劇が目的なら確かにここは見え辛い。けれども劇場の雰囲気を感じるにはこれ程うってつけな席はないと私は思う。座っている人達も良く見えるしね」

 先輩の目線の先を見ると、タイスケが最前列で早速船を漕いでいるのが見えた。

 「うふふ」

 笑うアーロンにライム先輩も微笑んだが、喉を気にするように撫でている。そうだ、とアーロンはポケットを探った。

 「先輩、ちょっとだけ目を瞑って、口を開けて頂けませんか?」
 
 不思議そうな顔をした後、言われた通りにしてくれるライム先輩の口に、アーロンはポケットの中の物をそっと差し入れた。唇にアーロンの指先が触れてしまい、ライム先輩の金の長い睫毛が震えびくっと身体が動くのに、慌てて指を引っ込める。

 「もう目を開けて大丈夫です」
 「何だろう? 甘い?」

 ライム先輩が口の中で感触を確かめているようなのに、アーロンは慌てて自分もポケットの中の物を口に突っ込んだ。

 「変な物ではありません。ほら、僕も同じのを食べました」
 「うん。お菓子かな? 飴ではないね」
 「グミってご存知ですか? 喉の渇きの足しにと思って。味はコーラ味です」

 アーロンの領地で売っているグミは見た目が昆虫とか蛇とかなので、先輩に見せるのは……、と思って目を瞑って貰ったのだった。本当は飴があれば良かったけれど、残念ながらポッケにはグミしか入っていない。グミが喉の渇きに効き目があるかは疑問だし、くちゃくちゃと少し音がしてしまうかも知れないけど、近くの席に誰も居ないし良いかと思ったのだ。

 「グミは知っているが、食べるのは初めてだな。コーラ味というのも初めて聞く」
 「コーラは銀鼠で売っている飲み物です。しゅわしゅわして美味しいですよ。うちの領地のグミは何故かコーラ味だけなんです」
 「成る程、アーロン君の領地の味か」

 ライム先輩は口の中の物をゆっくりと味わうようにしながら、首を傾げた。

 「しかし、この席では物を食べて良かったのかな?」
 「あ、駄目でした?」
 「ふふふ。私達だけの秘密にしておこう」
 「はい」

 二人は目を合わせてこっそりと笑い合った。

 
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