抱かれてみたい

小桃沢ももみ

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ライム先輩との冬

夕食と契約書

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 観劇が終わると特別講義は解散になった。
 生徒達はそのまま教師と一緒に学院の馬車で戻る者と、自由行動する者に別れる。王太子は教師と一緒に学院の馬車で戻る様だ。学院の馬車はもう待っていた。直ぐ乗れる状態になっていて、王太子と教師、数人の生徒達が乗り込むや発車する。
 イチロウ達は王太子と別れた後、アーロン達に黙礼し、徒歩で王都の街中へと消えて行った。直ぐ近くに銀鼠商会があるそうだ。教師達は王太子がそれに着いて行くと言い出さなかったので、さぞ安堵した事だろう。王太子は個人行動は取るが、学院側に迷惑を掛けるのは好まないのかもしれない。もしも王太子殿下が三の兄上みたいな性格だったら、絶対に着いて行っただろうなと考えてアーロンはくすりとした。
 同じ様に徒歩で街に消えて行く生徒達と、オペラ座の前で馬車を待つ生徒達がいる。アーロンもライム先輩と二人で、ライム伯爵家の馬車が来るのを待った。
 学院の馬車と入れ替わる様にこの間より小さめの箱馬車が来た。御者の隣にライム先輩の使用人マーリーが座っているので、それと分かる。乗り込むと前向きに座って乗る型の三人用の馬車だった。馬車を何台も持っているというのは、それだけお金がある証拠だ。因みに、アーロンの家にある馬車は荷馬車が一台きり。ライム先輩の家は王都にタウンハウスもあるし、兄から聞いた通り裕福な家なのだなあとアーロンは今更ながらに思った。

 「やはり夜は冷えるかい?」
 「え? 大丈夫ですよ」
 
 アーロンは寒さが気になっていなかったので吃驚した。

 「だが、君の小さな白い歯の間からしーっと吐く様な音が漏れているよ」

 ライム先輩に少し揶揄う様な口調で指摘され、アーロンはぱっと自分の口を押さえた。

 「あ。気が付かなかった」
 「ふふふ。可愛らしいから気にしなくて良いよ。暖房を付けさせよう」

 とライム先輩は前方に付いている小窓から、マーリーに指示を出した。直ぐにじんわりと座席が暖まって来るのを感じた。

 「凄い。魔道具ですか?」
 「うん。最近付けさせたんだ」

 アーロンが感動したように、座席を撫でながら「あったかい」と言うのに、ライム先輩が教えてくれる。

 「座席だけでなく、足元も暖められるようになっているのだよ」

 アーロンは自分の脚の後ろの部分を触ってみる。

 「本当だ」
 「うん」

 ライム先輩は楽しそうに椅子を触るアーロンの様子を眺めていた。



           
           ☆



 店では前回とは違う部屋に通された。
 二人だからか少し狭いが、前回の部屋よりは薄暗くて何処か雰囲気のある部屋だ。心成しライム先輩の席とも近い様に感じる。でもそれが気になったのは最初だけで、料理が運ばれるとアーロンは直ぐに夢中になった。

 「わあ」

 最初に運ばれて来たのは、海鮮の盛り合わせだった。
 大きな銀のバケツのような物に、氷がたっぷり。その上に目一杯並べられた、種類の違う牡蠣、蛤やムール貝、海老等。

 「冬は生牡蠣が美味しいからね。さあ食べよう」
 「はい!」
 
 その後はライム先輩にはベッコフという肉や野菜の入ったスープ、アーロンには肉のシュークルトが来た。最後にデザート代わりに林檎のタルトフランベを食べたのはアーロンだけ、ライム先輩はお腹いっぱいとの事でタルトフランベを食べるアーロンを優雅に眺めながらミントティーを飲んでいる。

 「満足したかい?」
 「はい。とても。僕、お肉のシュークルトは毎日でも食べられそうです」
 「うん。君は嘘の無い人だ、今の言葉も本気で言ってくれていると分かっているから、とても嬉しいよ」
 「嘘なんて言いません」
 「うん。そうだね」
 「その、貴族として勿論取り繕ったりはしますが」
 「うん。私もそうだよ」

 ライム先輩は背後を見ると、マーリーを呼んだ。
 マーリーがアーロンの前に冊子を置く。

 「君も大分私に慣れて来てくれた様に見えるので、次の段階へ進みたい」
 「は、はい」

 そうだった、ライム先輩とはただの先輩後輩では無かった、とアーロンは思い出す。

 (次の段階って、やっぱり身体の関係の事だろうか? 僕、その、ライム先輩と?)

 頬が少し熱を持つのを感じたが、ライム先輩は淡々と話を続けた。

 「それは我が家の使用人に対する雇用条件だ」

 (使用人。そっか、愛し子って仕事だった)

 アーロンは一気に熱が冷めた。きりっとした顔でライム先輩を見上げる。

 「うん。そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」
 「はい」
 「外部に出回っては困るのでね、今の状態では私と父、マーリーと君、一応君の兄君のケビン先生の五名だけ読めるようにしてある」
 「あ、はい」
 「君も兄君に相談したいだろうと思ってね?」
 「はい。ありがとうございます。拝見しても宜しいですか?」
 「ああ」

 表紙にはライム先輩とアーロンの名前が書いてあった。

 「まだそれには効力は無い。父の署名が無いからね」
 「はい」
 「細かくは後で読んでおいて欲しい」
 「はい」
 「数カ所だけ説明したい。君の職種だが、秘書か魔道具師で採用を考えている」
 「魔道具師」
 「うん。だたそれはこれからの君の学院での成績次第だ。勿論魔道具師の方が、秘書よりは給与が良い」
 「はい」

 愛し子の多くは、対外的には秘書として雇われると三番目の兄ケビンから聞いている。実際に秘書の仕事をするかどうかは家によっても本人の能力に寄っても違う。将来愛し子の仕事がお役御免になってしまった時の事を考えると、実際に秘書の仕事をする契約にして貰った方が何かと安心だと、ケビンは言っていた。

 「それから、万が一契約を解除する事態になった時の慰謝料も書いてある。私に瑕疵があった場合と、君に瑕疵があった場合」
 「僕」
 「うん、私よりもっと良い相手を見つけた、とかだね。その時は君の相手側に請求する事になるが」
 「は、い」
 「また病気や怪我などで、愛し子としての働きが出来なくなった場合については、我が家の使用人契約の補償に準じた扱いになる」
 「……はい」

 アーロンはどんどん声が小さくなるのが自分でも分かった。これは仕事だ、仕事なんだ。ライム先輩にとって、僕は……。

 「難しい顔をしているね?」

 とそっとライム先輩のひんやりした美しい指がアーロンの頬に触れた。

 「すみません」

 アーロンが項垂れるのに、ライム先輩のもう片方の手が伸びてきて、優しく上を向かされる。

 「君の可愛い顔を見せておくれ」
 「……」
 「冷たい言い方に聞こえたのなら申し訳無い。だが私も愛し子を持つのは初めてだ。出来るだけ君に損が無く、この先一生一緒に居られる契約を結びたいと思って真剣に考えたのだよ」
 「はい」

 ちゃんと返事をしたら、ゆっくりと手が離れていった。

 「君の兄君に見て貰うと良い。分からない事があれば、私かマーリーに聞いてくれ」
 「はい」
 「条件の変更や、付加も検討しよう。来月、試験の一週間前に食事をしよう。その席で返事を貰いたい」
 「はい」
 「因みに、今の段階なら断っても慰謝料は発生しない」
 「え」

 ライム先輩は寂しそうな顔をして、「そうならない事を願っている」と言った。
 帰りの馬車では二人とも会話は無く、寮へ送って貰ったアーロンは、ライム先輩がおでこにお休みの口付けをせずに親指でそっと撫でるだけだったのを残念に思った。


 
 
 
 
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