抱かれてみたい

小桃沢ももみ

文字の大きさ
85 / 142
ライム先輩との冬

兄に相談

しおりを挟む
 土曜日の夜、と言っても昨日からずっとそうなのだが、火の国の二人はご機嫌だ。

 「これ本当に凄いっすよ」
 「おー、良かったなー」
 「セーターを着なくて良くなりました」
 「おー、良かったなー」

 答えているのは、アーロンの三番目の兄、ケビンだ。今日の献立は塩ちゃんこと、天丼だ。天丼はケビンの要望である。
 アーロンは囲炉裏端で黙々と天丼をかき込んでいた。

 「なんか、昨日からアーロン様大人しいっす」
 「本当だなあ。腹でも壊したか?」
 「いや、いつも通り飯は沢山食ってるっす」
 「アーロン様、この胡瓜と蕪の糠漬けを召し上がって下さい。今年一番の出来だと」

 とイチロウが糠漬けの鉢を勧めると、アーロンは頷いて箸を伸ばすが喋らない。

 「黙ってるとお人形さんみたいっす」
 「見た目は最高級のかわい子ちゃんだからなー、俺の弟は」
 「どうしたのでしょうね」
 「うーん。何か考えてるんだろ? 大丈夫、食ってる内は問題無い。ほっとけ」
 「そうですか。なら良かったです」

 とイチロウが胸を撫で下ろすのに、タイスケはだったら自分の話を聞いてくれとばかりに話し出す。

 「そうだ、師匠聞いて下さいよ。銀鼠は物凄くでかくって、色んな物が売ってたっす。じじシャツなんて、三種類もあって迷いました。全部買いましたけど!」
 「おうおう、楽しくて何よりだ。オペラ座の近くの銀鼠だったらちょっとデパートっぽい感じで、高級感があっただろう」
 「デパートってちょっと分かんないけど、広かったっす」
 「うんうん」
 「あ、それで聞いて下さいよ」
 「あ、ここからが本題なのね」
 「そうっす。じじシャツの色も何種類かあったんすけど、おいら寮長に言われた通り上は白にして、下は無難には黒にしたのに、若ったら下は菫色にしたんすよ」
 「あ、これ、タイスケ」

 とイチロウが慌ててタイスケの口を塞ごうとするがタイスケはするりと逃げてしまう。イチロウはアーロンの様子を伺ったが、アーロンは先程迄と変わりなく、ただ黙々と天丼を食べ続けている。

 「おお、俺とお揃いだな!」

 とケビンがイチロウにズボンの裾を捲って下に履いているじじシャツを見せたので、タイスケは勢いが削がれた様だ。

 「なんか、おっさんがその色とかうきうきしないっす」
 「何言ってるんだ、俺ん家の兄弟は皆これだぞ」
 「え、アーロン様も?」
 「いや、アーロンは自分の瞳の色だなんて嫌だって、黒か紺だな」
 「茶色もあるよ」
 「お、アーロン。今の話聞こえてたか」
 「うん。全部聞こえてたよ」

 とアーロンが応えるのにイチロウが「え」と顔を赤くしたが、アーロンは気付かず、

 「茶色は父上と兄上達の瞳の色」

 と言って食べ終えた天丼の丼を横へ置くと、今度は塩ちゃんこを装って食べ出した。



          ☆



 寝室に入ると、アーロンは紙袋からライム先輩に渡された冊子を出して、ケビンに差し出した。

 「兄上、ちょっとこれ見て欲しいんだけど」
 「え、なんだこれ。うわ」

 とケビンは受け取ると、ぱらぱらと捲りげらげらと笑い出した。

 「ウケる。何この厚さ!」
 「ちょっと、兄上真面目に見てよ」
 「分かってる。防音の魔道具使うわ」

 ケビンが左側の耳元で何やら弄るときーんと耳鳴りがした。

 「よし、オッケー。これだったんだな、アーロンちゃんが悩んでたの」
 「うん」
 「っ、はあ」

 とケビンは冊子を見ながらベッドに寝転んだ。アーロンはその横に、力無く座り込んだ。

 「ライム先輩が兄上と相談していいって」
 「おう。アーロン、いい奴捕まえたなあー。こんなちゃんとした契約書、俺初めて見たわ。さすがライムん家、糞真面目」
 「そうなの?」
 「おお。大抵は、用紙二、三枚だな、それかぺら一枚きり。酷いとこなんか、口約束だけだぞ」
 「ふうん」

 それなら喜んでもいいのかなと、アーロンは兄の横に寝転ぶ。

 「アーロン、この給与のとこだけど、使用人の初任給聞いたか? ライム伯爵家の愛し子じゃない」
 「え? ううん」
 「あー、それは聞いとくべきだったな」
 「そうなの?」
 「ああ。俺が見た感じ、いい金額だと思うけど、比較対象がなきゃな。普通の使用人と同じ金額なのか、それとも愛し子としてプラスアルファを付けてくれてるのか」
 「ごめん、金額の事なんて一切頭に浮かばなかった」

 そう答えるとケビンに頭をぐるぐると撫でられた。

 「まあ、初めてだからなあ。仕方ないか。俺が調べといてやる。あと、ジェフにも見せよう」

 その言葉にアーロンはすくっと起き上がった。

 「え! 二の兄上に見て貰えるの?」

 目が期待できらきらと輝いたが、直ぐにライム先輩の言葉を思い出してぽすんと寝っ転がった。

 「駄目だよ。ライム先輩と伯爵様とマーリー、僕と三の兄上の五人にだけ読めるようにしてあるって言ってたもん」

 それを聞くと、ケビンは持っていた冊子をひっくり返したり透かしてみたりして、

 「ふえー、マジかよ。ライムの息子、真面目な上に慎重派かよ」

 と感心したが、

 「誓約文書でも問題ねえ、ちょっと預からせてくれ。来週には返す」
 
 と受け合った。アーロンは力無く、

 「別にいいけど、無くさないでね」

 と答えるとごろりと兄に背中を向けた。その背中にケビンが引っ付いて来た。

 「何だアーロンちゃん、何で元気がそんなにねえんだ?」
 「なんか」
 「うん?」
 「なんか、このままじゃ駄目なのかなあって」
 「このまま?」
 「今の食事をしたり、お話ししたり」
 「そりゃあ駄目だ」

 アーロンの嘆きをケビンはばっさり切った。

 「だって、彼方さんはエッチがしたいんだからな。大体さ、なんのメリットも無いのに、お金だけ出します、なんて付き合いがある訳ないだろ?」
 「そうなの?」
 「うん。まあエッチがしたく無いなら、やらないで済ます方法はあるんじゃねえ? ゼロは無理だろうけどさ、たまに位にとか? 俺はやり方は知らないけどさ。逆なら教えてあげられるんだけどなあ。その気がない奴をその気にさせる方法とか」
 「そっか、そうだよね。僕、ライム先輩の家の馬車に乗せて貰ったり、夕飯をご馳走になったりしたんだった」
 「知りたいか? アーロンちゃん、俺の必殺技」
 「いらない。それより、それ一回返して。二の兄上に見て貰う前にちゃんと自分で読む」

 アーロンはケビンに背中を向けたまま、背後に手を伸ばした。

 「ほらよ」
 「ありがと」
 「じゃあ、俺は先に寝るわ。電気点けといていいから、アーロンが寝る時ちゃんと消せよ」
 「うん」

 ケビンは少し丸まって頼りなげな弟の背中を暫くの間じいっと見つめていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜

春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、 癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!? トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。 彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!? 
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて―― 運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない! 恋愛感情もまだわからない! 
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。 個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!? 
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする 愛され体質な主人公の青春ファンタジー学園BLラブコメディ! 月、水、金、日曜日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新) 基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

処理中です...