我が名は魔王豚ゴブリンなり! ~豚ゴブリンと蔑まされた少年はVRMMOイアンカムスで魔王となり最強プレイヤーを目指す~

ぱいん

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獣人喫茶

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 あどけない幼さを残した美しい女神は、無邪気な笑みを浮かべながらオレに悪魔の取り引きを持ち掛けて来た。

 ボクと一緒に世界を滅ぼさないかい? と。

 オレは彼女が何を言っているのか理解できなかった。こんなシナリオ、このゲームに存在していたっけか? 現実世界での一件もあり、オレの思考回路はバグったかのようにフリーズしてしまった。何も考えることが出来なかった。

「おっといけない。焦り過ぎるのがボクのいけないところだ。順を追って説明しよう。君にはこれからテストプレイヤーになってもらいたいんだ。その過程で結果的に世界を滅ぼすことになるだけの話だよ」

 女神エレウスはまるで友達とでもお喋りしているかのような口調で陽気にそう語り始めた。
 オレは相変わらず彼女の説明を1割も理解できずにいた。そもそも彼女は何者なんだ? 見た目はゲームのキャラだが、NPCの類ではなさそうだ。多分、このアバターを操作して語りかけてきているのは運営の職員で間違いないだろうが、それにしてもオレみたいな最底辺ユーザーにコンタクトしてくる理由が分からなかった。

「オレみたいな最底辺ユーザーに何を期待しているんです? テストプレイヤー? そんなのトップランカーの誰かにでも頼んだらどうですか?」

 多分人違いでオレにコンタクトして来たんだろう。もしかしたらトップランカーの中にオレと似たような名前のユーザーがいるのかもしれない。

「人違いではないよ? あえて君を選んだんだ。そんな卑屈にならないでもっと自分を信じたまえよ」

 相変わらず妙な喋り方だと思った。確か女神エレウスはもっと気品溢れる淑女のような口調だったはず。こんな馴れ馴れしくて全てを悟ったような気取った口調ではなかったはずだ。中身の職員が勝手にキャラを作っているんだろうか。それはそれで問題になりそうなものだが。

「おいおい、随分な物言いだね。流石のボクもちょっと傷つくぜ? 中身の人なんかいないよ。これが本当のボクなんだ。チュートリアルに出てくる方が創作で本当のボクは気取らずフレンドリーなんだよ」

 オレは一瞬固まった。あれ? オレ、今の声に出していたっけか?

「おっと、うっかりだ。言い忘れていたけれども、ここでは声は意味をなさない。頭で念じるだけで会話することが可能なのさ。だから、さっきから君の心の声はボクにだだ漏れだよ」

「そうなのか⁉ でも、それは何でだ⁉」

 衝撃的な事実が分かっても理解は出来なかった。

「今、ボク達は魂で繋がっているからだよ。やれやれ、それくらいのことは少し想像を働かせれば理解できるだろう? あんまりボクを煩わせないでくれたまえよ」

 エレウスはやれやれ、と嘆息しながらわざとらしく両手を上げて頭を振った。
 そんなん分かるわけないだろうが⁉ と思わず怒鳴りそうになった。
 きっとこれは夢なんだ。あまりにも現実離れした話だった。ゲームじゃあるまいし、頭に念じるだけで会話が成立するわけがないのだ。この声も彼女に届いているのだろうが、そんなのはどうでもいい。
 オレはこれが夢であるという体で話を続けることにした。

「それでテストプレイヤーって何だ? オレに何をさせたいんだ?」

「今度、イアンカムスで新たなクラスを解放しようと思ってね。そのテストプレイヤーを探していたんだ。そこでちょうど条件にピッタリなシュウト君を見つけてね。明日にも正式に連絡しようかと思っていたら、現実の君が命の危機に瀕しているじゃないか。そこでボクは慌てて君にメールを送った次第さ」

 命の危機という言葉を聞き、真っ先に思い浮かんだのは偽りの家族からの脅迫だった。誓約書にサインしなければ遠回しに殺すと脅されたのだ。サインをしたらしたで、奴らはゆっくりと時間をかけてオレを毒殺するに違いない。でも、何故そのことを彼女が知っているのだろうか?

「ボクは女神様だからね、何でも知っているのさ。シュウト君が家でも学校でも『豚ゴブリン』という不名誉な仇名で呼ばれていることも、そんな君が絶望の中で一抹の希望を抱いてゲームをプレイしていることもね」

 プロゲーマーになるという夢のこともお見通しってわけだな。うん、やっぱりこれは夢なんだろう。

「夢なんかじゃないよ? まあ、夢と現の狭間にいることは否定しないけれどもね」

「そういうのはいいから、とっとと詳細を教えてくれ」

「お、それはボクの申し出を受け入れてくれるってことでいいのかな?」

「お察しの通り、オレは明日にでも殺されるかもしれない身だからな。本当はこのまま川に行って身投げでもしようかと思っていたんだ。その前に話を聞くくらいはする」

「そんな状態だから、ボクは慌てて君に連絡したんだよ。お願いだから馬鹿な真似はしないでおくれよ。せっかくこうして友達になったんだ。友達が死ぬのは女神だって悲しくて辛いんだからさ」

「友達? いつオレと君が友達になったんだ?」

「こうして楽しくお喋りした時点でボク達はもう友達さ。さては君、友達を作ったことがないんだね? なら教えてあげる。一緒に話をして最後にまたね、って言いたくなったら、それはもう友情が芽生えた証さ。ボクは次も、そのまた次も君と会いたいって思っているから」

 こいつは何を言っているんだ? オレをおちょくっているんだろうか? それにいつ、オレは楽しくお喋りをしたのだろうか。

「イアンカムスはオレにとって人生そのものと言っても過言じゃない。もし本当にオレがそのテストプレイヤーに選ばれたなら光栄だと思う。だから、またオレが馬鹿なことを考える前に話を進めてくれないか?」

 オレはすがるような声色でエレウスに言った。
 エレウスは一言「分かった」と呟き笑みを止め真面目な表情を浮かべた。どうやらオレの心情を察してくれたらしい。

「今からシュウト君には新たなアカウントでキャラを作ってもらい初実装のクラスでゲームをプレイしてもらいたいんだ」

「二重アカウントは禁止されているんじゃないのか?」

「その辺は心配しなくても大丈夫だよ。イアンカムスの運営会社はボクの命令には逆らえないからね」

 それはつまり、エレウスが会社の社長ということなのだろうか? その話が本当であれば、彼女が絶大な権力を持っていることだけは理解出来た。

「とにかく君には初実装のクラスでゲームをプレイしてもらう。そして最終的にはこの世界を滅ぼしてもらいたいんだ」

 また出たよ。その世界を滅ぼすという部分でオレは再度思考を停止させた。

「世界を滅ぼす部分はともかく、新しいクラスでゲームをプレイするのは興味がある。でも、それは無理なんだ」

 プレイしたくてもゲームにログインするのに必要なVRギアは義兄に粉々にされてしまった。購入しようにもオレには何の財産も無い。明日食べるパンを買う小銭すら無いのだから。

「VRギアならこちらで用意するから大丈夫。そして支度金として500万Gを進呈するよ」

「500万Gだって⁉ そんな大金、貰えないよ!」

 意表を突く申し出にオレは固まってしまった。500万Gなら今のレートに換算すると50万円以上にはなるはずだ。ただの学生の自分には大金だ。以前、義理の兄弟共に奪われたGは20万円程度。小心者の自分には過ぎたる額だ。

「気にしなくていい。こちらの都合でもあるからね。それにお金と機材が確保できただけで君の心は落ち着くはずだ。これでもう馬鹿な真似はしないでおくれよ」

 さっきまでの絶望感が嘘のように晴れて行った。奴らから受けた屈辱と憎しみは晴れることはないが、今のところそれはどうでもいい。
 今は生きる希望を与えられたことを心から喜んだ。

「それで、正式に契約を結びたいんだけれども今の気持ちはどうだい?」

 考えるまでも無い。オレの口から自然と言葉が零れ落ちた。

「やる、いや、やります! どうかオレにやらせてください!」

 オレは身体が自然に動き、エレウスに向かって深々と頭を垂れていた。
 すると、パチパチと拍手をする音が聞こえて来る。
 オレが頭を上げると、エレウスが満足げな表情でパチパチと両手を叩いている姿が見えた。

「君ならそう言ってくれると信じていたぜ!」

 エレウスはそう言って嬉しそうにオレの左肩に右手を置きながら左手の親指を立ててグッドのサインをして見せた。

「それじゃ、早速契約書にサインをお願いするね」

 エレウスはそう言うと、手のひらから一枚の紙きれを出現させた。指で紙切れを弾くと、それは意志でも持っているかのようにオレの目の前までやって来て空中で静かに静止した。

「その契約書の上に手を乗せてくれたまえ。それで契約は完了だ」

 先程、義母の礼子がオレにサインさせた誓約書を思い出す。一瞬だけためらってしまったが、オレにはもう失うものは何もない。例えこれが詐欺の類だとしても躊躇う理由は微塵もなかった。
 オレは空中に浮かぶ契約書に右手を押し付けた。
 すると、契約書は柑子色の光を放つと、再び自分の意志でエレウスの手の中に戻っていった。
 エレウスは契約書を確認すると、満面に笑みを浮かべた。

「これでシュウト君は正式にテストプレイヤーとなった。ではまず最初にこれを渡しておこう」

 エレウスはそう言って、今度は黒いカードを出現させた。

「受け取りたまえ」

 エレウスはそう言ってカードを指先で弾くと、それはオレの手の中に静かに滑り込んでくる。

「まずは最初のミッションだ。それを持って今すぐそこから脱出するんだ……!」

「脱出……?」

 見ると、エレウスは眉根を寄せ険相を浮かべていた。

「君の目算はどうやら甘かったようだ。早ければ今晩にも君は川に飛び込み自殺したことにされてしまうだろう。先程、君のスマホが何者かにハッキングされて各掲示板に穏やかではない書き込みが投稿されたのを確認した。どれも自殺をほのめかす内容でいずれも川に飛び込むと締めくくられている。ご丁寧に自殺する時間帯も書かれているよ」

「まさか……?」

「書かれている日付は今日だ。奴ら、もうやる気になったみたいだよ。もはや一刻の猶予もなさそうだ。早くそこから逃げたまえ!」

 スマホをハッキングして自殺をほのめかす投稿をしただって? あいつらならそれくらいのことはやりかねないのだろう。何しろ、オレの父さんを病気に見せかけて謀殺した奴らだ。何だってするに決まっている。警察も遺書が残されていたら事件性は無いと判断して捜査すらしないだろう。

「屋敷内の監視カメラは無効化しておいたから、目覚めたらすぐにそこから脱出してくれたまえ。そしてその会員証に書かれている住所に向かってくれ。仕事の詳細はその後で話すとしよう」

 エレウスの口調は穏やかだったが、緊迫した空気が漂っていた。
 これは本当に夢なんだろうか? これは夢だから、エレウスは色々とオレについても詳しいのかと思っていたが、この殺伐とした雰囲気はまるで現実の様に思えてならない。少なくとも、例え夢の中であろうとも偽の家族どもに殺されるのは御免だった。ここはエレウスの言うことに従い逃げることにした。 

「分かった! 恩に着る、エレウス!」

 オレはカードを手に取った。
 その瞬間、突如として視界がぐにゃりと歪んだ。セピア色の風景は闇と化し、オレの意識もそのまま闇に呑み込まれていった。
 意識を失う直前、エレウスの声が響いてきた。

「また会おう、わが友シュウト」

 その声色からは、とても深い気遣いと優しさを感じた。
 意識を失ったのはどのくらいだろうか? 時計も無いから確認は出来ない。
 オレはぬかるんだ地面の上で膝をついていた。

「さっきのは夢だったんだろうか?」

 独り言ちた後、オレは右手に握られている異物に気づいた。
 それを見てオレは固まる。

「この黒いカードはエレウスがくれたもの……? だとしたら、今のは夢じゃなかった⁉」

 一刻の猶予も無い。呆けていないで早くその場から離脱したまえ! というエレウスの声に叱責されたような気がした。
 まずい。エレウスの話が本当なら、オレは今晩中にも入水自殺したことにされてしまうだろう。
 オレは物置小屋に戻ると薄汚いリュックを手に取った。これがオレの全財産だ。いつ何が起きてもすぐ逃げ出せるように準備はしておいたのだ。それがまさか今日になるとは思いもしなかったが。
 そうしてオレは屋敷の鉄門に向かって走り出す。
 満月の明かりがオレを照らしていた。
 家から逃げ出した後、オレは可能な限り全力で走り続けた。同年齢の男子高校生なら早歩き程度の速度であっただろうが、オレは汗だくになり足が痙攣し始めても走るのを止めなかった。
 しかし、遂に限界に達し、遂にオレは足を止めてしまった。
 
「少し休もう」

 オレは周囲の目も気にせず、道端で寝転んだ。アスファルトのひんやりとした冷たさが汗だくの身体には心地よかった。
 呼気を荒らげながらオレは上空に視線を伸ばす。見ると満月がちょうど真上にあった。時間は分からなかったがそうとう夜も更けているみたいだ。あまりの疲弊にスマホに手を伸ばすのも億劫に感じられた。

「オレは遂にあの地獄から抜け出せたんだ」

 遺産放棄の誓約書にサインをしたのは悔しくてたまらない。でも、それ以上に奴らから逃げ出せたのが嬉しかった。今までの自分なら逃げる勇気すら湧かなかっただろう。でも、いざ殺されかけると不思議なくらいあっさりと足が動いたのには驚いた。
 もしあの時、VRギアを粉々にされていなかったら、オレはまだ殺される直前まであの豚小屋で喘いでいたに違いない。そんなことを想像するだけで悪寒が走った。
 その時、ふと耳に水が流れる音が響いてきた。
 慌てて起き上がると、そこは橋の近くだった。
 今日の予定では、オレはこの川に飛び込み人生を終わらせる予定だった。もしくは義理の家族達によって無理矢理この川に放り込まれていたかもしれない。
 オレは立ち上がると満月に向かって呟いた。

「オレは絶対に死んでやらん。殺されてもやるもんか。惨めに思われようともオレは足掻いて足掻いて足掻きまくってから死ぬと今決めた」

 オレは新たな決意を胸に秘めると、エレウスから貰ったカードを取り出した。
 彼女はオレにここに書かれた住所に向かえと言っていた。そこは一体どんな場所なんだろうか?

「まあ、いい。とにかく他に行く当てもない以上、早く指定された場所に向かおう」

 こんな深夜に高校生が出歩いていたら警察に補導されてオレは一巻の終わりだ。実家に連絡が行けばその時点でオレの人生は終わる。
 そうして、オレが向かったのは繁華街だった。しかも風俗店が立ち並ぶ歓楽街。

「住所はここで間違いないよな……?」

 カードの裏面を再度確認しても間違いはない。
 まずいぞ。早くしないと警察に補導されてしまう。それ以前に、ここは未成年の男子が長居していい場所ではない。
 その時、オレの目の端にエレウスの姿が見えた、ような気がした。
 オレはとっさに横に振り返る。
 視線の先にはエレウスがいた。しかし、その姿は先程のものとは違いメイド服を着ていた。その周囲には獣耳の美少女メイド達の姿もあった。
 正確にはそれらのイラストが描かれた看板だが。
 看板にはこうも書かれていた。

『獣人メイド喫茶エレウス ご主人様、貴方のハートを癒しますにゃん 24時間営業』と。

「獣人メイド喫茶エレウス……もしかしてここが指定場所なのか?」

 エレウスからもらった黒いカードの表面にはこう書かれていた。

『獣人メイド喫茶エレウス VIP会員証』と。
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