3 / 20
束の間の休息
しおりを挟む
獣人メイド喫茶エレウスと書かれた看板を見ながら、オレは途方に暮れていた。
「本当にここで間違いない、よな?」
オレは何度も黒い会員証と看板を交互に見比べた。何度確認しても間違いはなさそうだった。
あのエレウスは何故、ここに来るようになんて指定したんだろうか?
風俗店ではなさそうだが、こんな深夜に高校生が入るには相当の勇気が必要だった。
周囲の視線が背中にチクチク刺してくるような錯覚を感じ、オレは半ばやけくそ気味に店のドアに手をかけた。
「このまま警察に補導されるよりはましか」
オレは勇気を振り絞ってドアを開け店内に入った。
「お帰りなさいませにゃん、ご主人様!」
と、背中がむず痒くなるような若い女性の声が響いてきた。
見ると、胸元が開けたメイド服を着たピンク色のうさ耳メイドが笑顔でオレに話しかけてきた。
うさ耳メイドさんを前にオレは頬に熱を帯びるのを感じた。
「あの、オレ……」
と、オレがうさ耳メイドさんに話しかけた時だった。
突然、うさ耳メイドさんの笑顔が歪み、両手で鼻と口を覆って「うげええ!」と吐き洩らしたのだ。
「なになに⁉ こぼれた牛乳を拭いた雑巾を豚小屋で一週間は放置したようなこの悪臭、ありえないんですけれども⁉」
うさ耳メイドさんはそれまで浮かべていた笑顔を険相に変えてオレを睨みつけて来た。
「ご主人様とはいえ、流石にこの臭さはありえないっしょ……⁉ うわ、マジキツ」
侮蔑のこもった冷たい視線がオレの肌に突き刺さる。確かにオレは家では風呂も満足に入れず、庭にある水撒き用の水道で水浴びをする程度のもの。しかも唯一の寝床には絶えず生ごみが放置されていて、その匂いは服にも体にも沁みついているに違いなかった。その服も満足に洗濯することも出来ず、相当な悪臭を放っていることは分かっていた。
逃げるのに必死でそのことを失念していた。食べ物を買いに行くときは水浴びをして可能な限り匂いをマシにしてからコンビニに行くようにしていた。それでもオレは悪臭を放っているらしく、どの店に行ってもオレに近寄る者はいない。誰もが顔をしかめ鼻を押さえながら逃げるように離れていく。そんな時は頭の中を空っぽにしてさっさと会計を済まして店から出るようにしていた。
だから、このメイドさんの反応は当然なのだ。だからオレは彼女を非難しようとは微塵も思わなかった。
「あの、すみません。オレ、家庭の事情で風呂にも満足に入れなくって……」
「そんなのどうでもいいですから、さっさとお店から出て行ってもらえます? 当店は人間のご主人様のみを相手にしておりまして、豚ゴブリンの御入店はお断りさせていただいてますので!」
うさ耳メイドさんはそう嘲ると、まるで野良犬でも追い払うかのようにシッシッシッと手を払った。
やっぱりオレは何処に行ってもそう呼ばれる運命にあるのか。流石に初対面の可愛い女の子にそう罵られるのは心にくるものがあった。
まずいぞ。この際、うさ耳メイドさんの暴言はどうでもいい。このまま店を追い出されるわけにはいかなかった。
「違うんです! オレ、ここに来るように言われてきたんです」
「はあ? あんた、何言ってるの? 何処の誰がお前みたいな豚ゴブリンを当店にご招待するってんですかね? あんまりふざけたこと言ってっと、怖いお兄さんを呼んじゃうんだから」
うさ耳メイドさんはクスクスと嘲笑混じりの笑みを浮かべた。
「これがその証拠です。これを持ってこの店に来るように言われたんです」
オレは慌てて黒い会員証を取り出し、それをうさ耳メイドさんに手渡した。
うさ耳メイドさんは眉根を寄せながらオレの手渡したカードを、まるで汚物でも取り扱うかのように指で摘まんで訝し気に眺めた。
「黒色の会員証? これってまさか……⁉」
黒い会員証を見た瞬間、うさ耳メイドさんの顔が一瞬で蒼白する。
「あの、もしかしてこのVIPカードをあんたに……いえ、ご主人様に渡したのって……?」
うさ耳メイドさんは顔を蒼白させながら滝の様な汗を額から垂れ流した。
「信じてもらえないかもしれないけれども、女神エレウスを自称する女の子から貰ったんだ」
その瞬間、うさ耳メイドさんの顔がムンクの叫びのように引きつった。全身をガクガクと激しく震わせガックリと膝から崩れ落ちた。
「た、大変失礼いたしましたああああああああ! まさか女神様のお客様とは露知らず、とんだご無礼をいたしましたああああああ!」
うさ耳メイドさんはそのまま額を床に打ち付けるように土下座のポーズを取って見せた。そして何度も何度も床に額を打ち付けた。ゴンゴンゴンと鈍い音が響き渡った。
あまりの剣幕にオレは正直ドン引きして数歩後ろに後ずさった。
「もしかして話は通っているのかな?」
「はい! これは超が百個くらいはつく超VIPな会員証になっておりますですううううう!」
うさ耳メイドさんは勢いよく顔を上げてオレにそう説明した。その額からダラダラと血が噴き出すように流れ落ちていた。先程豪快に額を打ち付けて土下座した時に出来た傷だろう。
「ちょ、メイドさん⁉ 血が、額から血が噴き出てますよ⁉」
「お構いなく! ただいまメイド長をお呼び致しますので、どうぞ空いているソファーにお掛けになってお待ちください!」
それだけをまくしたてるように告げると、うさ耳メイドさんは店の奥に走り去っていった。
オレは何が何だか分からず、疲れた身体を休めるためにソファーに腰を下ろした。
「あ、オレの匂いがうつったら弁償させられないだろうか?」
そんなことを心配しながらも、オレは背もたれに身体を預ける。ソファーの柔らかい感触が心地よく思わず睡魔に襲われてしまった。頭を振って眠気を必死に追い払った。
「そういえばここ一年、まともな布団で眠っていなかったっけか」
いつも寝るのに使用しているのは穴の開いた寝袋だ。寝床はコンクリートだったのでいつも背中が痛かった。あんな物置小屋でも寒さをしのげるだけでも最近は幸せに感じていた。このソファーだったら、オレは何時間でも眠れると確信した。
そんなことを考えていると、店の奥から二つの足音が聞こえて来た。
顔を向けると、そこには先程のうさ耳メイドさんともう一人別のメイドさんの姿があった。金色の狐耳にもこもこの尻尾を腰に巻いた金色の狐メイドさんだ。背丈は高く180cmはあるだろうか。一番目を引くのは雪の様に白い素肌と胸にたわわに実った二つの大きなメロンだった。見てはいけないと思いつつ、オレは強引に視線を下にずらず。そうしなければ彼女のメロンから目が離せなくなると思った。
狐耳メイドさんはキリリと引き締まった真剣な表情でオレを見つめて来る。
「初めまして、澄川シュウト様。私はメイド長のタマモと申します」
「こちらこそ初めまして。オレの名前は……」
「澄川シュウト様でいらっしゃいますね? 先程、VIP会員証の照会を完了し、シュウト様ご本人である確認がとれました。私共はシュウト様を歓迎いたします。ようこそお越しくださいました」
そう言ってタマモさんはオレに深々と頭を垂れた。それに続いて慌てた様子でうさ耳メイドさんも頭を垂れた。
「それで、オレはここで何をすれば……?」
すると、タマモさんは店の奥に来るように促してくる。
「我が主より全て承っております。まずはこちらへどうぞ」
オレは促されるがまま店の奥に入っていった。
店の奥にある扉の先はエレベーターになっていた。
先にオレが奥に乗り込むと、続いてタマモさんとうさ耳メイドさんも乗り込んでくる。
そして、タマモさんは懐から黒いカードをを取り出すと、それをタッチパネルにかざした。
エレベーターは機械音を発すると、ゆっくりと下の階に降りて行った。
しばらく降りるとやがてすぐに止まり、エレベーターの扉がゆっくりと開く。
二人が先に降りると、その後に続いてオレが最後に降りる。
その先は通路になっていて、しばらく歩くとやがて扉が見えた。
「シュウト様、どうぞこちらへ」
タマモさんに促され、オレは部屋の中に入った。
部屋に入るなり、煌びやかな光景が目に入って来た。大理石の床。壁には絵画がかけられ、天井にはクリスタルシャンデリアが吊り下がっている。見ると部屋は一階だけではなく二階部分もあり、とてもメイドカフェにある空間とは思えなかった。
一泊百万円はくだらない高級ホテルのようだ、とオレは素直な感想を洩らした。
「あの、ここは?」
「本日よりシュウト様にご滞在いただくためにご用意したお部屋になります。どうぞご自由におくつろぎください」
そう言ってタマモさんはかいがいしく頭を垂れた。それに続いてうさ耳メイドさんも頭を垂れた。
「この部屋を⁉ 冗談でしょう? オレ、こんな部屋で一泊する金も資格もありません」
「お金は御心配にはおよびません。資格もおありです。このVIP会員証は我が主様がお認めになった方にしか贈られない特別なものです」
「いえ、そういうことではなくて。いや、確かにそれも重要か」
オレは自分の体臭のこととか、見た目が豚ゴブリンと呼ばれるくらい醜いことに引け目を感じていた。こんなオレが身分不相応な部屋にいていいわけがないと思った。
「その、オレ、すごく臭くて。見た目も醜いから皆さんにご迷惑がかかるんじゃないかと」
オレが申し訳なさそうにそう呟くと、一瞬だけタマモさんは目をしかめながら首を傾げた。
「それの何が問題なのですか?」
タマモさんにそう訊ねられ、オレは思わずうさ耳メイドさんに視線を向けてしまった。
オレに見られたうさ耳メイドさんは頭につけていたうさ耳の作り物をビンと伸ばし、たちまち顔を蒼白させた。
すると、タマモさんは何かを思い出したかのように目をしかめると、ギラっと隣にいたうさ耳メイドさんに鋭い眼光を発した。
「メリル。貴女、まさかシュウト様に何か粗相をしたのではないでしょうね?」
「あ、あの、その……粗相と言うか何と申しますか……」
「まさかとは思いますが、シュウト様の体臭に関することや見た目に関することで無礼を働いたりはしていないでしょうね?」
うさ耳メイド、メリルはブルブルと身体を震わせながらダラダラと額から汗を垂れ流した。
「万が一にもそのようなことがあれば、明日の賄はウサギ鍋になりますよ? さあ、メリル、正直に答えなさい」
タマモさんはメリルを睨みつけながら眼前まで迫った。
メリルは今にも泣きそうになっていて、このままでは失神しそうな勢いだった。
「いえ、メリルさんはそんなこと言っていません。ただ、オレが家とか学校でそれが原因で虐められていたもので」
オレは咄嗟にメリルを庇う様にタマモさんに言った。そんなことで折檻を受けては彼女が可哀そうだと思った。体臭が酷いのは事実だし見た目が豚ゴブリンと呼ばれるくらいには醜く目障りなのも事実だ。罵られるたびに言葉はナイフになってオレの胸を貫くが、そのことで彼女だけが咎めを受けるのも理不尽のように思えた。恩を売るつもりは無いが、誰かがオレのせいで罰を受けるのを見るのは心が痛んだ。
タマモさんはしばらくオレを見つめた後、ふうっと嘆息してから姿勢を正した。
「左様ですか。シュウト様がそうおっしゃるなら」
すると、その時、タマモさんはメリルの耳元で何かを囁く。
オレはその時タマモさんが「次は無いですからね」と囁くのを確かに聞いた。
「は、はい! もちろんです!」
メリルは酷く怯えた表情をしながら直立不動の姿勢で何故か敬礼のポーズを取って見せる。
「シュウト様、我が主様よりの言伝です。本日はゆっくりと休み、仕事の話は明日にしよう、とのことです」
「分かりました。正直な話、今日は色々とあり過ぎてもう限界でした」
これで休める、と思った瞬間、先程振り払った睡魔が再び襲い掛かって来た。
「お部屋には備え付けの温泉やサウナもございますし、冷蔵庫には軽食やお飲み物もご用意いたしております。タンスの中にお着替えもご用意いたしておりますのでご自由にご利用くださいませ」
室内に備え付けの温泉やサウナがあるとかって、どんだけ至れり尽くせりなんだろうか。特に温泉の部分に心が躍った。
「ええ、分かりました。ならお言葉に甘えてお風呂、使わせていただきます」
「他にも何かございましたら内線でお申し付けください。24時間ご対応させていただきますので」
そう言うと、タマモさんとメリルは一礼した後、部屋から出て行った。
1人残されたオレはホッと一息つくと、近くにあったソファーに倒れこんだ。
「お風呂に入って、それから何か食べさせてもらおう。それにしても、人間の扱いをされたのって随分久しぶりだな……」
少し休んでから温泉に入らせてもらおう。しかし、柔らかいソファーに寝そべった瞬間、抗いようのない睡魔が襲い掛かり、オレは一瞬で意識を失ってしまった。それは睡眠というよりは気絶に近かったかもしれない。
まるで魂そのものが深淵に落ちて行くような感覚を受けた。
このまま死んでもいい。それほどの安らぎと心地よさが全身を覆い包んでいた。
「やあ、シュウト君。よくぞ我が館まで辿り着いたね。まずはおめでとうと言っておこうか」
闇の世界に浸っていると、エレウスの声が響いてきた。
オレは目も開けずエレウスの声に耳を傾けた。
「今、ボクは君の魂に直接語りかけている。君も何か話したいことがあれば心に念じるといい。まあ、疲れすぎてそれもままならないと思うから、今はボクが一方的に話をさせてもらうよ。まずは一つ報告がある。危機一髪だったよ」
何のことだろうか? とオレが思うとエレウスは話を続けた。
「君があの物置小屋から脱出した直後、君の義兄とその子分達が現れた。多量の眠剤を所持しているのを確認したし、もう少し遅かったら今頃君の魂魄は天国〈エリュシオン〉に逝っていたことだろう。いやあ、危なかった」
エレウスは少し楽し気にそう言った。
「今宵は契約のことは忘れてゆっくりと休んでくれたまえ。仕事の話は明日、改めてさせてもらうとしよう。それと、テストプレイ用のアバターはこちらで勝手に作らせてもらったから、明日からはそれでゲームをプレイしてくれたまえ」
すると、オレは柔らかい感触が全身を覆いつくすような感覚を受けた。まるで誰かに抱き締められているような安らぎを覚えた。
「最後に一つだけ聞かせて欲しい。シュウト君は世界を救う勇者と世界を滅ぼす魔王とではどちらになりたいかな?」
実に興味深い質問だと思ったが、今のオレにはそれを答える余力は残されていなかった。
クスリ、と微笑む声が聞こえた。
「答えは何時でもいいから、今はお休み、我が友よ」
エレウスの声が聞こえるのと同時に、オレの唇に何か柔らかなものが触れたのを感じた。
それが何であるのかを確認することもなく、オレの意識は完全なる闇に包まれた。
「本当にここで間違いない、よな?」
オレは何度も黒い会員証と看板を交互に見比べた。何度確認しても間違いはなさそうだった。
あのエレウスは何故、ここに来るようになんて指定したんだろうか?
風俗店ではなさそうだが、こんな深夜に高校生が入るには相当の勇気が必要だった。
周囲の視線が背中にチクチク刺してくるような錯覚を感じ、オレは半ばやけくそ気味に店のドアに手をかけた。
「このまま警察に補導されるよりはましか」
オレは勇気を振り絞ってドアを開け店内に入った。
「お帰りなさいませにゃん、ご主人様!」
と、背中がむず痒くなるような若い女性の声が響いてきた。
見ると、胸元が開けたメイド服を着たピンク色のうさ耳メイドが笑顔でオレに話しかけてきた。
うさ耳メイドさんを前にオレは頬に熱を帯びるのを感じた。
「あの、オレ……」
と、オレがうさ耳メイドさんに話しかけた時だった。
突然、うさ耳メイドさんの笑顔が歪み、両手で鼻と口を覆って「うげええ!」と吐き洩らしたのだ。
「なになに⁉ こぼれた牛乳を拭いた雑巾を豚小屋で一週間は放置したようなこの悪臭、ありえないんですけれども⁉」
うさ耳メイドさんはそれまで浮かべていた笑顔を険相に変えてオレを睨みつけて来た。
「ご主人様とはいえ、流石にこの臭さはありえないっしょ……⁉ うわ、マジキツ」
侮蔑のこもった冷たい視線がオレの肌に突き刺さる。確かにオレは家では風呂も満足に入れず、庭にある水撒き用の水道で水浴びをする程度のもの。しかも唯一の寝床には絶えず生ごみが放置されていて、その匂いは服にも体にも沁みついているに違いなかった。その服も満足に洗濯することも出来ず、相当な悪臭を放っていることは分かっていた。
逃げるのに必死でそのことを失念していた。食べ物を買いに行くときは水浴びをして可能な限り匂いをマシにしてからコンビニに行くようにしていた。それでもオレは悪臭を放っているらしく、どの店に行ってもオレに近寄る者はいない。誰もが顔をしかめ鼻を押さえながら逃げるように離れていく。そんな時は頭の中を空っぽにしてさっさと会計を済まして店から出るようにしていた。
だから、このメイドさんの反応は当然なのだ。だからオレは彼女を非難しようとは微塵も思わなかった。
「あの、すみません。オレ、家庭の事情で風呂にも満足に入れなくって……」
「そんなのどうでもいいですから、さっさとお店から出て行ってもらえます? 当店は人間のご主人様のみを相手にしておりまして、豚ゴブリンの御入店はお断りさせていただいてますので!」
うさ耳メイドさんはそう嘲ると、まるで野良犬でも追い払うかのようにシッシッシッと手を払った。
やっぱりオレは何処に行ってもそう呼ばれる運命にあるのか。流石に初対面の可愛い女の子にそう罵られるのは心にくるものがあった。
まずいぞ。この際、うさ耳メイドさんの暴言はどうでもいい。このまま店を追い出されるわけにはいかなかった。
「違うんです! オレ、ここに来るように言われてきたんです」
「はあ? あんた、何言ってるの? 何処の誰がお前みたいな豚ゴブリンを当店にご招待するってんですかね? あんまりふざけたこと言ってっと、怖いお兄さんを呼んじゃうんだから」
うさ耳メイドさんはクスクスと嘲笑混じりの笑みを浮かべた。
「これがその証拠です。これを持ってこの店に来るように言われたんです」
オレは慌てて黒い会員証を取り出し、それをうさ耳メイドさんに手渡した。
うさ耳メイドさんは眉根を寄せながらオレの手渡したカードを、まるで汚物でも取り扱うかのように指で摘まんで訝し気に眺めた。
「黒色の会員証? これってまさか……⁉」
黒い会員証を見た瞬間、うさ耳メイドさんの顔が一瞬で蒼白する。
「あの、もしかしてこのVIPカードをあんたに……いえ、ご主人様に渡したのって……?」
うさ耳メイドさんは顔を蒼白させながら滝の様な汗を額から垂れ流した。
「信じてもらえないかもしれないけれども、女神エレウスを自称する女の子から貰ったんだ」
その瞬間、うさ耳メイドさんの顔がムンクの叫びのように引きつった。全身をガクガクと激しく震わせガックリと膝から崩れ落ちた。
「た、大変失礼いたしましたああああああああ! まさか女神様のお客様とは露知らず、とんだご無礼をいたしましたああああああ!」
うさ耳メイドさんはそのまま額を床に打ち付けるように土下座のポーズを取って見せた。そして何度も何度も床に額を打ち付けた。ゴンゴンゴンと鈍い音が響き渡った。
あまりの剣幕にオレは正直ドン引きして数歩後ろに後ずさった。
「もしかして話は通っているのかな?」
「はい! これは超が百個くらいはつく超VIPな会員証になっておりますですううううう!」
うさ耳メイドさんは勢いよく顔を上げてオレにそう説明した。その額からダラダラと血が噴き出すように流れ落ちていた。先程豪快に額を打ち付けて土下座した時に出来た傷だろう。
「ちょ、メイドさん⁉ 血が、額から血が噴き出てますよ⁉」
「お構いなく! ただいまメイド長をお呼び致しますので、どうぞ空いているソファーにお掛けになってお待ちください!」
それだけをまくしたてるように告げると、うさ耳メイドさんは店の奥に走り去っていった。
オレは何が何だか分からず、疲れた身体を休めるためにソファーに腰を下ろした。
「あ、オレの匂いがうつったら弁償させられないだろうか?」
そんなことを心配しながらも、オレは背もたれに身体を預ける。ソファーの柔らかい感触が心地よく思わず睡魔に襲われてしまった。頭を振って眠気を必死に追い払った。
「そういえばここ一年、まともな布団で眠っていなかったっけか」
いつも寝るのに使用しているのは穴の開いた寝袋だ。寝床はコンクリートだったのでいつも背中が痛かった。あんな物置小屋でも寒さをしのげるだけでも最近は幸せに感じていた。このソファーだったら、オレは何時間でも眠れると確信した。
そんなことを考えていると、店の奥から二つの足音が聞こえて来た。
顔を向けると、そこには先程のうさ耳メイドさんともう一人別のメイドさんの姿があった。金色の狐耳にもこもこの尻尾を腰に巻いた金色の狐メイドさんだ。背丈は高く180cmはあるだろうか。一番目を引くのは雪の様に白い素肌と胸にたわわに実った二つの大きなメロンだった。見てはいけないと思いつつ、オレは強引に視線を下にずらず。そうしなければ彼女のメロンから目が離せなくなると思った。
狐耳メイドさんはキリリと引き締まった真剣な表情でオレを見つめて来る。
「初めまして、澄川シュウト様。私はメイド長のタマモと申します」
「こちらこそ初めまして。オレの名前は……」
「澄川シュウト様でいらっしゃいますね? 先程、VIP会員証の照会を完了し、シュウト様ご本人である確認がとれました。私共はシュウト様を歓迎いたします。ようこそお越しくださいました」
そう言ってタマモさんはオレに深々と頭を垂れた。それに続いて慌てた様子でうさ耳メイドさんも頭を垂れた。
「それで、オレはここで何をすれば……?」
すると、タマモさんは店の奥に来るように促してくる。
「我が主より全て承っております。まずはこちらへどうぞ」
オレは促されるがまま店の奥に入っていった。
店の奥にある扉の先はエレベーターになっていた。
先にオレが奥に乗り込むと、続いてタマモさんとうさ耳メイドさんも乗り込んでくる。
そして、タマモさんは懐から黒いカードをを取り出すと、それをタッチパネルにかざした。
エレベーターは機械音を発すると、ゆっくりと下の階に降りて行った。
しばらく降りるとやがてすぐに止まり、エレベーターの扉がゆっくりと開く。
二人が先に降りると、その後に続いてオレが最後に降りる。
その先は通路になっていて、しばらく歩くとやがて扉が見えた。
「シュウト様、どうぞこちらへ」
タマモさんに促され、オレは部屋の中に入った。
部屋に入るなり、煌びやかな光景が目に入って来た。大理石の床。壁には絵画がかけられ、天井にはクリスタルシャンデリアが吊り下がっている。見ると部屋は一階だけではなく二階部分もあり、とてもメイドカフェにある空間とは思えなかった。
一泊百万円はくだらない高級ホテルのようだ、とオレは素直な感想を洩らした。
「あの、ここは?」
「本日よりシュウト様にご滞在いただくためにご用意したお部屋になります。どうぞご自由におくつろぎください」
そう言ってタマモさんはかいがいしく頭を垂れた。それに続いてうさ耳メイドさんも頭を垂れた。
「この部屋を⁉ 冗談でしょう? オレ、こんな部屋で一泊する金も資格もありません」
「お金は御心配にはおよびません。資格もおありです。このVIP会員証は我が主様がお認めになった方にしか贈られない特別なものです」
「いえ、そういうことではなくて。いや、確かにそれも重要か」
オレは自分の体臭のこととか、見た目が豚ゴブリンと呼ばれるくらい醜いことに引け目を感じていた。こんなオレが身分不相応な部屋にいていいわけがないと思った。
「その、オレ、すごく臭くて。見た目も醜いから皆さんにご迷惑がかかるんじゃないかと」
オレが申し訳なさそうにそう呟くと、一瞬だけタマモさんは目をしかめながら首を傾げた。
「それの何が問題なのですか?」
タマモさんにそう訊ねられ、オレは思わずうさ耳メイドさんに視線を向けてしまった。
オレに見られたうさ耳メイドさんは頭につけていたうさ耳の作り物をビンと伸ばし、たちまち顔を蒼白させた。
すると、タマモさんは何かを思い出したかのように目をしかめると、ギラっと隣にいたうさ耳メイドさんに鋭い眼光を発した。
「メリル。貴女、まさかシュウト様に何か粗相をしたのではないでしょうね?」
「あ、あの、その……粗相と言うか何と申しますか……」
「まさかとは思いますが、シュウト様の体臭に関することや見た目に関することで無礼を働いたりはしていないでしょうね?」
うさ耳メイド、メリルはブルブルと身体を震わせながらダラダラと額から汗を垂れ流した。
「万が一にもそのようなことがあれば、明日の賄はウサギ鍋になりますよ? さあ、メリル、正直に答えなさい」
タマモさんはメリルを睨みつけながら眼前まで迫った。
メリルは今にも泣きそうになっていて、このままでは失神しそうな勢いだった。
「いえ、メリルさんはそんなこと言っていません。ただ、オレが家とか学校でそれが原因で虐められていたもので」
オレは咄嗟にメリルを庇う様にタマモさんに言った。そんなことで折檻を受けては彼女が可哀そうだと思った。体臭が酷いのは事実だし見た目が豚ゴブリンと呼ばれるくらいには醜く目障りなのも事実だ。罵られるたびに言葉はナイフになってオレの胸を貫くが、そのことで彼女だけが咎めを受けるのも理不尽のように思えた。恩を売るつもりは無いが、誰かがオレのせいで罰を受けるのを見るのは心が痛んだ。
タマモさんはしばらくオレを見つめた後、ふうっと嘆息してから姿勢を正した。
「左様ですか。シュウト様がそうおっしゃるなら」
すると、その時、タマモさんはメリルの耳元で何かを囁く。
オレはその時タマモさんが「次は無いですからね」と囁くのを確かに聞いた。
「は、はい! もちろんです!」
メリルは酷く怯えた表情をしながら直立不動の姿勢で何故か敬礼のポーズを取って見せる。
「シュウト様、我が主様よりの言伝です。本日はゆっくりと休み、仕事の話は明日にしよう、とのことです」
「分かりました。正直な話、今日は色々とあり過ぎてもう限界でした」
これで休める、と思った瞬間、先程振り払った睡魔が再び襲い掛かって来た。
「お部屋には備え付けの温泉やサウナもございますし、冷蔵庫には軽食やお飲み物もご用意いたしております。タンスの中にお着替えもご用意いたしておりますのでご自由にご利用くださいませ」
室内に備え付けの温泉やサウナがあるとかって、どんだけ至れり尽くせりなんだろうか。特に温泉の部分に心が躍った。
「ええ、分かりました。ならお言葉に甘えてお風呂、使わせていただきます」
「他にも何かございましたら内線でお申し付けください。24時間ご対応させていただきますので」
そう言うと、タマモさんとメリルは一礼した後、部屋から出て行った。
1人残されたオレはホッと一息つくと、近くにあったソファーに倒れこんだ。
「お風呂に入って、それから何か食べさせてもらおう。それにしても、人間の扱いをされたのって随分久しぶりだな……」
少し休んでから温泉に入らせてもらおう。しかし、柔らかいソファーに寝そべった瞬間、抗いようのない睡魔が襲い掛かり、オレは一瞬で意識を失ってしまった。それは睡眠というよりは気絶に近かったかもしれない。
まるで魂そのものが深淵に落ちて行くような感覚を受けた。
このまま死んでもいい。それほどの安らぎと心地よさが全身を覆い包んでいた。
「やあ、シュウト君。よくぞ我が館まで辿り着いたね。まずはおめでとうと言っておこうか」
闇の世界に浸っていると、エレウスの声が響いてきた。
オレは目も開けずエレウスの声に耳を傾けた。
「今、ボクは君の魂に直接語りかけている。君も何か話したいことがあれば心に念じるといい。まあ、疲れすぎてそれもままならないと思うから、今はボクが一方的に話をさせてもらうよ。まずは一つ報告がある。危機一髪だったよ」
何のことだろうか? とオレが思うとエレウスは話を続けた。
「君があの物置小屋から脱出した直後、君の義兄とその子分達が現れた。多量の眠剤を所持しているのを確認したし、もう少し遅かったら今頃君の魂魄は天国〈エリュシオン〉に逝っていたことだろう。いやあ、危なかった」
エレウスは少し楽し気にそう言った。
「今宵は契約のことは忘れてゆっくりと休んでくれたまえ。仕事の話は明日、改めてさせてもらうとしよう。それと、テストプレイ用のアバターはこちらで勝手に作らせてもらったから、明日からはそれでゲームをプレイしてくれたまえ」
すると、オレは柔らかい感触が全身を覆いつくすような感覚を受けた。まるで誰かに抱き締められているような安らぎを覚えた。
「最後に一つだけ聞かせて欲しい。シュウト君は世界を救う勇者と世界を滅ぼす魔王とではどちらになりたいかな?」
実に興味深い質問だと思ったが、今のオレにはそれを答える余力は残されていなかった。
クスリ、と微笑む声が聞こえた。
「答えは何時でもいいから、今はお休み、我が友よ」
エレウスの声が聞こえるのと同時に、オレの唇に何か柔らかなものが触れたのを感じた。
それが何であるのかを確認することもなく、オレの意識は完全なる闇に包まれた。
0
あなたにおすすめの小説
ゲーム内転移ー俺だけログアウト可能!?ゲームと現実がごちゃ混ぜになった世界で成り上がる!ー
びーぜろ
ファンタジー
ブラック企業『アメイジング・コーポレーション㈱』で働く経理部員、高橋翔23歳。
理不尽に会社をクビになってしまった翔だが、慎ましい生活を送れば一年位なら何とかなるかと、以前よりハマっていたフルダイブ型VRMMO『Different World』にダイブした。
今日は待ちに待った大規模イベント情報解禁日。その日から高橋翔の世界が一変する。
ゲーム世界と現実を好きに行き来出来る主人公が織り成す『ハイパーざまぁ!ストーリー。』
計画的に?無自覚に?怒涛の『ざまぁw!』がここに有る!
この物語はフィクションです。
※ノベルピア様にて3話先行配信しておりましたが、昨日、突然ログインできなくなってしまったため、ノベルピア様での配信を中止しております。
親がうるさいのでVRMMOでソロ成長します
miigumi
ファンタジー
VRが当たり前になった時代。大学生の瑞希は、親の干渉に息苦しさを感じながらも、特にやりたいことも見つからずにいた。
そんなある日、友人に誘われた話題のVRMMO《ルーンスフィア・オンライン》で目にしたのは――「あなたが求める自由を」という言葉。
軽い気持ちでログインしたはずが、気づけば彼女は“ソロ”で世界を駆けることになる。
誰にも縛られない場所で、瑞希は自分の力で強くなることを選んだ。これは、自由を求める彼女のソロ成長物語。
毎日22時投稿します。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。
branche_noir
SF
<カクヨムSFジャンル週間1位>
<カクヨム週間総合ランキング最高3位>
<小説家になろうVRゲーム日間・週間1位>
現実に疲れたサラリーマン・ユウが始めたのは、超自由度の高いVRMMO《Everdawn Online》。
目的は“癒し”ただそれだけ。焚き火をし、魚を焼き、草の上で昼寝する。
モンスター討伐? レベル上げ? 知らん。俺はキャンプがしたいんだ。
ところが偶然懐いた“仔竜ルゥ”との出会いが、運命を変える。
テイムスキルなし、戦闘ログ0。それでもルゥは俺から離れない。
そして気づけば、森で焚き火してただけの俺が――
「魔物の軍勢を率いた魔王」と呼ばれていた……!?
癒し系VRMMO生活、誤認されながら進行中!
本人その気なし、でも周囲は大騒ぎ!
▶モフモフと焚き火と、ちょっとの冒険。
▶のんびり系異色VRMMOファンタジー、ここに開幕!
カクヨムで先行配信してます!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる