我が名は魔王豚ゴブリンなり! ~豚ゴブリンと蔑まされた少年はVRMMOイアンカムスで魔王となり最強プレイヤーを目指す~

ぱいん

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 オレはスマホでイアンカムス関連の情報を眺めていた。
 現在、各掲示板やSNSでは、とある謎のプレイヤーの話題で持ちきりだった。
 豚ゴブリンみたいなアバターのプレイヤーが各エリアの狩場を荒らし回り、目についたプレイヤーを情け容赦なく片っ端からキルしまくっているというゴシップめいた内容だ。
 まあ、その謎の豚ゴブリンというのはオレのことで噂の大半はデマというか言いがかりでしかない。
 確かにオレは初心者の森から卒業後、各エリアに赴いてレベリングをしまくっていた。その時、何組かのパーティーから獲物を奪うような形になってしまったのは否定しない。でも、それはゲームなのだから獲物は早い者勝ちという暗黙のルールがあるはず。こんなデマを拡散したのはオレに獲物を奪われたプレイヤーの誰かだろう。PKしまくっているという噂は獲物をオレに奪われ逆恨みして襲い掛かって来たプレイヤーを返り討ちにしただけの話だ。
 そのおかげでオレはスキル『魂食い』の効果で楽々レベル上げをすることが出来た。でもオレは好き好んでPKをしているわけじゃない。魂食いのスキルを使ったのは降りかかる火の粉を払っただけの話だし、完璧に不可抗力だったと言える。
 そして噂は噂を呼び、ほんの数日の間で豚ゴブリンという亜種が現れプレイヤーを狩っているという都市伝説が誕生したというわけだ。
 今やイアンカムスでは『豚ゴブリン討つべし』と叫ばれ、ゴブリンの亜種を探索しそれを討伐するのが一番の流行りになっていた。
 まるで何十年か前に流行ったとされるツチノコブームと似ているな、とオレは微笑ましく思った。
 オレがエレウスから課せられた試験を開始してから6日が経過した。
 正確には後数時間で約束の時間を迎えることになる。
 オレはスマホの電源を切ると、ガラステーブルの上に置かれた魔王の兜と呼ぶに相応しいVRギアを見る。
 
「これから約束の時間までイアンカムスでゲームをプレイしてもいいけれども、豚ゴブリン狩りに襲われても面倒だな」

 オレはレベリングの必要を感じず、昨晩からゲームをプレイしていなかった。
 ゲームにログインしても他のプレイヤーに襲われ続け、ただヘイトとカルマを増やすだけだと気づいた。
 オレしか持たないユニークスキルの一つ『魂食い』はPKしたプレイヤーからレベルを奪い取るスキルだ。アバターのレベルを奪うということは他人の貴重な財産を奪い取ることに他ならない。こちらにその意思がなくとも敵を倒せば自動的にスキルは発動してレベルを奪い取ってしまう。可能ならそんなことは二度としたくなかった。奪われるより奪う方がオレにとってはストレスに感じたのだ。

「可能ならゲーム内とはいえ、二度と小学生をPKしたくないしな」

 あの時、オレが人生初のPKをした相手。それは予想通り小学生の子供だったとはあの後、エレウスから聞いた。悪意の大きさは子供だろうと大人だろうと差異が無いことをオレは改めて知った。持って生まれた性格は成長しても変わることがない。環境によって多少は左右されるのだろが、魂の本質は決して変わることがないことを思い知らされたのだ。
 噂を聞きつけたキッズプレイヤー達がオレを探していないとも限らない。オレそっくりのアバターを何とかするまで可能ならゲームにログインするのは止めた方がいいな。
 そうと決まればオレは少し外出することに決めた。
 オレは試験開始日から今日までの6日間、一度も外に出ることもなく毎日寝る間も惜しんでレベリングに明け暮れていた。
 このままでは自律神経に不調をきたして鬱にならないとも限らない。エコノミー症候群になる恐れもあるし、長時間ゲームをプレイし続けて背骨を骨折してしまったゲーマーの例もある。少しリフレッシュしようかと思ったのだ。

「さて、出かけるにしてもこの恰好のままじゃ散歩もままならないな」

 オレの服装は6日前に支給された冒険者の服のコスプレ衣装のままだった。流石にこの恰好のまま外に出るのは勇気が必要だ。
 確かクローゼットに入っている服は何でも自由に着ていいとメイド長のタマモさんから言われていたっけか。

「何か適当な服……選ぶのは面倒だから、ジャージがあればそれでもいっか」

「良くありませんよ、シュウト様⁉」

 背後からメリルの大きな声がオレに話しかけて来た。
 不意を突かれ、オレは驚きのあまり変な声を出して振り返った。そこには腰に両手を当てながら頬を膨らませているメリルの姿があった。

「お出かけするならこのメリルがシュウト様のお召し物をコーディネートして差し上げます。さあ、こちらにいらしてください」

 メリルはそう言いながらオレの腕を引っ張って来た。

「いいや、オレなんかジャージで十分だよ。ここにある服は高そうだから気が引けるしな」

「ジャージなんてもってのほかです! 歓楽街でジャージ姿で歩いていたらそれだけで悪目立ちしちゃいますからね。警察に見つかりでもしたらすぐに職務質問されて補導されちゃいますよ⁉」

 警察に補導か。確かにそれはまずいな。

「それに、ここにある物は全てシュウト様の自由にしていいと我が主様から言われておりますでしょう? 遠慮せずお洒落してください」

「そ、そう? それじゃ、コーディネートをメリルにお願いしようかな?」

「はい! メリルにお任せください!」

 メリルはそう言ってはにかむと、嬉しそうに腕をまくって見せた。そしてオレをそのままクローゼットの前まで連れて行くと、次々と服を中から取り出す。
 
「これもいいし、こっちのもいいいですね。シュウト様はどんなのが好みですか?」

 メリルは色々な衣装をオレに見せて来るが、オレには服の知識は皆無だった。唯一分かるのはイアンカムスの装備全般くらいだろうか。完全にゲーム脳で、現実世界のオレがもしも未だに平穏な生活を送れていたらきっとプライベートでは常にジャージ姿だっただろう。

「オレなんかが何を着たって豚ゴブリンのままなんだしさ。適当でいいよ?」

 ちょっと外の空気を吸いに出たいだけだから、そんな大袈裟な衣装は求めていないのだが。
 すると、メリルの口から呆れるような声が吐き出された。

「シュウト様? 未だにご自分を豚ゴブリンと卑下なされていらっしゃるんですか? それ、いい加減に止めておかないと嫌味にしか聞こえませんからね?」

「いやいや。メリルだってつい数日前にオレのことを豚ゴブリンって罵ってきたじゃないか」

 豚ゴブリンと誰に罵られようとも怒りもしないけれども、実はちょっと根に持つタイプだったりする。殴った奴は殴ったことを忘れるが、殴られた奴が殴られたことを一生忘れない理論と同じであった。
 オレにそう指摘されたメリルは額から汗をダラダラ流し目を泳がせると、誤魔化す様に口笛を吹き始める。

「さ、さあ? メリル、そんな昔のことは覚えていないにゃあ?」

「たった6日前のことだぞ?」

「し、知りません! 忘れました! そんなことよりもお着替えしましょう!」

 そうして、オレはメリルに強引に着替えさせられてしまった。
 少しダボついた黒いパンツに白のトップス。首にはシルバーのネックレスをかけられ、頭にはイアンカムスのロゴの入ったバケットハットを被せられた。

「オレには大分派手じゃないかな?」

 鏡を見るまでもなく、今のオレは豚に真珠とか馬子にも衣裳状態に違いなかった。

「それでも地味なくらいですよ⁉ そろそろご自分を卑下する癖はお直しになってもっと自信を持ってください。せっかくいい素材なんですから」

「いい素材って、それだとまるでオレがイケメンみたいじゃないか」

 オレは苦笑しながら頬をポリポリかいた。お世辞を言われるのも慣れていないので正直どう反応して良いか分からなかった。罵られるよりかはマシだが、真実をオブラートに包まれて気を使われるのもそれはそれで傷つくものがあった。

「帰って来ましたら散髪しましょう。今は帽子でボサボサに伸びた髪の毛を隠してくださいね」

「いやいや、メリルにそこまでしてもらうのは悪いよ」

「何をおっしゃいますか。メリルは先日、我が主様より直々にシュウト様の専属メイドに任命されたんですから、むしろもっともーっと色んなことをご命じになってもよろしいんですよ? あの、その、夜のお勤めとかだって、メリルはいつだって準備万端ですし……」

 メリルは最後の部分は頬を染め、恥ずかしそうに口の中でゴニョゴニョ言っていたので何を言っているのか聞き取ることが出来なかった。
 
「むしろメリルは十分すぎるくらいオレによくしてくれて助かってるよ。食事とかオレの身の回りのお世話をしてくれたおかげで、オレはゲームに集中することが出来たんだから」

 オレはそう言って「メリル、ありがとうございました」と彼女に向かって深々と頭を下げた。

「シュウト様はメリルのご主人様なんですから、御礼なんて必要ありませんってば!」

「それでもオレはメリルには感謝しているから、言葉で気持ちを伝えたかったんだ。本当にありがとう」

 オレは安らいだ気持ちを感じながらメリルに微笑んで見せた。豚ゴブリンに微笑まれても嬉しくはないだろうけれども、思わず本心が顔に出てしまったのだ。
 メリルはオレの笑顔を見ると、突然、顔を真っ赤に染め上げる。
 顔が真っ赤になるほど気持ちが悪かったのかな? 昔、小学校の頃、教室で本を読んでいた時、面白いシーンがあったのでクスリと微笑んでしまったことがあった。それを見た隣の席の女子が「気持ち悪い!」と言って泣き出されたことがあった。
 またやってしまった。オレはあれ以来、人前では笑顔を見せないようにと心に決めていたのに。

「感謝の言葉じゃなくって、頭を撫でて欲しいです」

「頭を撫でる? メリルがして欲しいならそうするけれども嫌じゃないの?」

 頭を撫でる行為は海外では侮辱行為と見なされるし、日本国内でも侮辱では無いにしろセクハラ行為と認定される。
 オレみたいな豚ゴブリンが可憐なうさ耳メイドの頭を撫でて、果たして犯罪行為にならないだろうか?
 
「撫でて」

 メリルは瞳を輝かせながらオレに迫ってくる。
 仕方ない。ここは言われる通りメリルの頭を撫でるか。
 訴えられるかもしれない、と思いながらメリルの頭に右手を乗せる。激しく動悸する鼓動を感じながら、オレは緊張のあまり唾を飲み込んだ。
 オレは恐る恐るメリルのピンク色の頭を撫でた。

「もっと強く激しく撫でて欲しいにゃん」

 メリルは甘えるような声でそう要求して来る。

「分かった」

 オレは少し強めにメリルの頭を撫でた。オレが手を動かす度にメリルの頭についているうさ耳はピンと張ったりくたっと畳んだりとまるで一喜一憂しているみたいだった。 

「もういいかい?」

「ダメ。もうちょっと」

 そう言ってメリルは喉をゴロゴロ鳴らしてきた。
 これじゃ、まるでウサギというよりは猫メイドだよな?
 オレはハッとなる。
 そう言えば、メリルって初対面の時からうさ耳メイドなのに語尾が「にゃん」だったような。

「なあ、メリル。君って……」

 どうしてうさ耳メイドなのに語尾が「ピョン」じゃなくて「にゃん」なの? と訊ねようかと思ったのだが、何故か途中で言葉が引っ込んでしまった。
 
「シュウト様、どうかしましたかにゃん?」

「いいや、何でもないよ」

 きっと設定ミスなんだろうな、と思いながらオレはメリルを見下ろしながら最後の一撫でをする。
 メリルは嬉しそうに目を細めていた。
 その時、オレは違和感に気づく。
 あれ? メリルってオレより大分身長が高かったはずだけれども、今はオレが見下ろす感じになっているな。もしかしてメリルの身長が縮んだのかな? もしくはシークレットシューズ的なものを履いていたけれども今は脱いでいるとか。それにしても身長差があるように思える。まるでオレが急速に成長期を迎えたような違和感を覚えた。

「それじゃ、オレはそろそろ出かけて来るよ。2、30分で戻るから」

 オレはメリルの頭から手を離すと、そそくさと出口に向かった。

「ええ⁉ もっと頭を撫で撫でしてもらいたかったのに。シュウト様のいけず」

 背後からメリルの欲求不満な声が聞こえて来る。
 勘弁してくれ。女子の免疫が無いうえに小学生の時に負ったトラウマのせいでオレは女子とまともに会話どころか目線を合わせることすらS級クエスト以上の難易度なんだよ。
 そうして、オレはエレベーターに乗り込み、メイド喫茶エレウスの正面玄関から出ると、数日ぶりの外気に触れるのだった。

 さて、周囲を散策でもするか。でも、歓楽街だからあまり遠出はしないようにしなくちゃ。まだ朝陽も昇ったばかりの時間帯だが、街にはまだゴロツキやら酔っぱらいが徘徊していてもおかしくはない。輩に絡まれようものなら、オレはたちまち憂さ晴らしにボコボコにされて身ぐるみ剥がされてしまうだろう。警察の職務質問も恐怖でしかない。万が一補導されようものなら、オレは実家に戻され、そこで自殺させられるかもしれないのだから。
 そんなことを考えながら100mほど歩いたところでオレは決心した。

「店に戻ろう……!」

 一般的な渋谷の街に繰り出すことすらオレにとっては魔境を探索するに匹敵するほどの難易度なのだ。言うなれば歓楽街は魔王城同然の攻略難易度に匹敵すると思った。流石にここはソロプレイで探索するのは自殺行為だと判断し、オレは戦略的撤退を決意した。
 オレが踵を返し、店に戻ろうと歩き出した時に事件は起こった。それはきっとオレの心の中だけで起こった事件だった。
 目の前から複数人の若者達が歩いて来るのが見えた。彼等を確認した瞬間、オレの足が地面に根を張ったかのように一歩も動かなくなってしまった。身体が小刻みに震え、動悸が激しくなる。目の前の視界は霧がかかったかのようにぼやけ歪んで見える。心は恐怖一色に染まり、オレは完全にパニック状態に陥ってしまった。

「何であいつらがここに……⁉」

 目の前に現れたのは学校でオレを虐めているグループだった。奴らの顔を見間違えるはずがない。遠目でも奴らであることが一瞬で分かった。
 オレの脳裏に奴らから受けた数々の惨たらしい仕打ちが走馬灯のように過った。
 逃げなくては。ここで奴らに気づかれるわけにはいかない。もし気づかれれば半殺しの目にあうだけでは済まないだろう。見たところかなり顔が赤くなっている。酒精が入っている証拠だ。酔った状態で奴らに戯れという名の拷問を受ければ、最悪オレはうっかり殺されてしまいかねない。
 逃げろ! 頭の中で何度も自分に叫ぶがどうあっても身体は動かなかった。
 そうこうしている内に奴らはオレの目の前までやって来てしまった。
 もうダメだ。奴らに殺される! と覚悟を決めた瞬間、信じられない出来事が起こった。
 奴らはオレに気づくこともなくそのまま横を素通りしていったのだ。 
 オレは恐怖に身体を震わせながらただ奴らが通り過ぎるのを眺めていた。
 しばらくして足音が遠ざかり、気配が消えたのを確認すると、オレは安堵のあまり膝からがっくりと崩れ落ちてしまった。

「助かった……でもあいつら、何でオレに絡んで来なかったんだ?」

 こんな歓楽街にオレがいるわけがないと思っていたからなのか。酒精が入っていてオレと認識出来ないほど酔っぱらっていたのか。
 何にせよ絶体絶命の危機を乗り越えたオレは全力で走り出した。
 その時、信じられない出来事が起こった。100mは離れていたメイド喫茶エレウスまで、オレはわずか3秒で到着してしまったのだ。
 恐怖のあまり無我夢中になり過ぎて超人的な力が目覚めたのだろうか? 何て訳は無い。でも、確かに常識外の力が働いたことは確かだった。
 オレの全身から白い湯気の様なものが立ち上っていた。

「これはまるでイアンカムスで全力攻撃をした後のような状態じゃないか?」

 ゲームで起こる現象が現実世界でも起こった。これは何を意味するのだろうか?
 その時、オレはふとメイド喫茶エレウスのガラス窓に写る人物に気づいた。
 
「これは誰だ……?」

 そこには長身痩躯の引き締まったスタイルを持つ眉目秀麗の青年の姿が写し出されていた。
 オレは咄嗟に後ろを振り返るが、そこには誰の姿もなかった。
 
「もしかして、このイケメンがオレ、なのか⁉」

 窓ガラスに写る人物は顔を驚愕させながら、茫然とした表情でオレの方を見つめるのだった。
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